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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
25/77

a-18_天罰

「こうか!」

 気の抜けたようなナギの掛け声と共に、生暖かい風が起こる。

 それは本来ならば火をも伴う高熱になるはずのものだったのだが、生憎とナギにはそこまでの深度でその法則を理解できていなかった。

「全然ダメじゃない。そんなんじゃ一日経っても釜に火すら入れられないわよ。というか、手でやった方がマシ」

 それをなじるのは隣の席のスー。

 彼女は早々に手元の蝋燭ろうそくに火を共し、暇そうにしている。

 とは言え、スーが普通なのかと言えばそうではなく、周りにはナギと同じように火が灯らない生徒もちらほらと見える。

「そうはいってもねぇ………」

 ぼやきつつ、ナギは目をつむり、耳を塞ぎ、息を止める。

 ぼんやりと感じる触覚を無視し、うっすらと浮かぶ思いを押しつぶす。

 そうすることでやっと目的の感覚を見つけ出し、ナギはそれを手繰たぐり寄せる。

 それをどうすれば良いのかは『神』が教えてくれる。

「ここ!」

 ナギの意思に従って発生した熱は、蝋燭ろうそくの芯ではなく蝋燭が立つ木造の机に焦げを作った。

 ナギの『御技』は机に無数に残る歴代の焦げ跡の仲間入りを果たしたのだった。

「ありゃ、やばいやばい」 

 水差しに手を伸ばす。

 振りかけられた机はじゅうと音を立てて一瞬だけ湯気を上げた。焦げた木の匂いが軽く鼻をつく。

「今度は指向性が良くない、か」

「感覚が鈍いのは仕方ないにしても、調整が下手なのは集中力が足りていないんじゃない?」

「集中はしてると思うんだけどなぁ」

 ナギは眉をひん曲げて蝋燭を睨む。

 今日の授業は御技を用いた「火起こし」だ。

 発生場所、生じさせる温度の調整、規模などを細かく調整する必要があり、担当教員曰く「基礎中の基礎」と言うことらしいが、ナギにはやはり難しい。

 ナギは何度か同様の試みをするが、十回に一回くらいの割合でしか思った通りの結果が得られない。

「これは、実用段階に至るにはしばらくかかりそうね………」

 スーは呆れながらも、ナギの練習に付き合ってくれるし、時折助言もくれる。

 ただ、如何いかんせん、彼女は「天才」だ。

 そして、こと「御技」は才能がものをいう技術であるだけに、他人にそのコツを伝えることは難しい。

「はい。今日はここまでにしましょう!」

 担任教師であり、基礎授業の担当をしているマギスの声が教室に響いた。

 それを契機に生徒たちは卓上の片付けを始める。

 いつものように溶けた蝋を薄紙で綺麗に拭き取り、それを屑籠くずかごに放り込む。

 一部のやんちゃな生徒がそれを遠くから投げ入れようとして失敗して結局直接、捨てに走る。

 生徒たちの誰も、マギスの号令がかかった後にも練習を続けるものはいない。

 まだまだ練習し足りないナギでさえ、それをしなかった。

 なぜなら「御技」には制限が存在するからだ。

 仮に『神』の意思に叛くような形で「御技」を行使した場合、『神』により制限が発生する。

 その制限は「天罰」と呼ばれており、当人の「御技」の一時的、もしくは永続的な剥奪はくだつ、出力の制限などが課せられる。

 これは『神』の監視のもとで自動的になされるため、いつわれない。

 そして、腕章を与えられていない新入生は、学校の規則として授業外での「御技」の使用を禁じられており、生徒たちの間では連綿れんめんとそれを破ることによっても「天罰」が降ることがあると伝わっているのだ。

 実際のところ、それらの噂は『神』の定めた規則ではないので、多少授業外で練習をするくらいならば「御技」が剥奪されることはまず・・ないのだが、学校側はそれを敢えて否定することなく利用している。

 生徒たちが余計な厄介ごとを引き起こしたり、巻き込まれたりしないようにするためだ。

 時に規則を破る者も存在するにはするのだが、それらは神衛隊に入ってしばらくした後で「御技」や学校にある程度慣れた頃なので、敢えて罰する必要もない。

 小事ならば変に気を回す必要もなく、大事を起こす者はどちらにせよ「天罰」が下るので学校内での安全を守るという観点で言えば全く問題がないのだ。

 いずれにせよ、新入生にとってこの噂は抑止力としての効力が非常に大きい。

「まだ練習したかったなぁ」

 そんなことを知る由もないナギの気分は浮かない。

 ただでさえ才能の差を感じているのだから、練習する時間くらいは多く取りたかった。

 教室を出てぼやく彼女の後ろを他の生徒たちが足速に歩き去っていく。

 その姿は和気藹々わきあいあいとどことなく楽しげだ。

「あ、そか、明日から休みか」

 上手くいかない「御技」について考えを巡らせていたナギは、彼らのその楽しげな姿を見て、スーと街に行く約束をしていたことを思い出した。

「何?忘れていたの?一緒に街に行くって約束していたと思うのだけれど?」

「ごめんごめん」

「私は食堂に行く前に外出許可をもらいに行くわ。先に食べていていいわよ」

「あ、私も許可もらいに行く」

 ナギは一足先に行ってしまったスーを追い駆けた。

 神衛隊学校では「御技」の制限の一環として、外出には事前に許可をもらっておく必要がある。とは言え、外出しようと思った当日に許可をもらうこともできるのでそこまで厳しいものではない。

 あくまでも生徒たちに対するいましめのような意味合いが強い。

 それでも事前に許可をもらっておいた方が、当日には楽しく遊ぶことができると言うもので、大抵の生徒は前日か、気の早い生徒のうちには前週のうちに許可をもらう生徒もいる。

 許可の発行、管理は寮の管理者、教導生が行うことになっている。 

 つまり、ナギたちの外出許可はクァルシンが行っていると言うことだ。

「こんにちは。クァルシンさん」

「こんにちは」

 寮の管理窓口に到着したナギとスーは、すっかり仲良くなった寮の管理者に声を掛けた。

 ああ見えてクァルシンは教導生であるらしく、その腕に巻かれた腕章は黄色に「成鳥」の刺繍ししゅうが施されていた。

 しかし、黄色の腕章ということは「三の徒」ということだ。なぜ彼女は四の徒の管轄である学校の寮の管理など行なっているのか。

 もしかしたら同じく教導生のリンやリノバなどは知っているかもしれないが、をナギはまだ知らない。

「やや、イールちゃんにスーちゃん。今日も元気でかわいいね〜」

 相変わらずのオヤジ臭いというか、妙に粘っこい言動だが、それはある種の冗談というか、彼女自身がそうと分かってやっていることだということは、一緒にいて分かった。

 彼女は時折、ふと我に帰るかのように普通の口調に戻ることがあったのだ。

「明日の外出許可をもらいに来たのですが」

 スーはクァルシンの言葉になんら反応も示さず、自分の要件を伝えた。

 スーはナギほどクァルシンとは親しくない。それでもナギという存在がスーとクァルシンとを繋いでおり、他の生徒たちよりは親しいと言えた。

 なので、多少は彼女の言動に慣れていたし、どこまでが反応すべきところなのかも知っている。

 今のは別に反応しなくてもいいところだ。

「許可?ああ、外出する時に鍵預けてもらうでしょ?その時でも十分なんだけど………ま、でも事前に行動しておくその心意気はいいことかな?いいよ、こっちで許可証は発行しておくから、ご飯でも先に食べてきな?戻ってきた時に渡すから」

 クァルシンの行為に甘え、二人は食堂へと向かった。


 クァルシンの他には誰もいなくなった寮の管理窓口。

 夕暮れ時の野鳥が鈍い声を上げているのが聞こえた。

 クァルシンはかわいい後輩二人のために書類の作成に入る。

 とは言え、その作業自体は簡単なもので、あらかじめ用意しておいた書類に簡単な記入事項を記入していくだけだ。

 殊更ことさら記憶力の良いクァルシンにとっては、その作業は片手間でもこなせるものだった。

 作業を続ける彼女の耳に、一つの足音が聞こえてきた。

 クァルシンは顔を上げると、そこに現れた人物の顔を見る。

 そこに立っていたのは、整ってはいるが胡散臭い笑顔を浮かべた軽薄そうな男。

「こんばんわ。クァルシンさん」

 その男は、彼女たちの担任教師そして自分の教育係でもあった「タラメシオ・マギス」だった。

 いつの間にか外ではしとしとと雨が降ってきていた。

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