a-17_千蔦木
スーは明から様に苛立っていた。
何が彼女の逆鱗に触れたのかをナギは知らない。
とは言え、そのスーの行動がナギをシンを押しとどめてくれたのは確かだ。
「ありがとう、スー。助かったよ。どうすればいいのか分からなくて」
「………別に、気にしないで。私が個人的に気に入らなかっただけだから」
照れ隠しという感じでもなく、ナギは口を閉ざしてスーの後ろに静かに歩いた。
しばらくそのまま歩いていると、あの中庭に辿り着いた。
中庭は食堂と寮の部屋の真ん中辺りに位置しているので、部屋に戻る時には大体その前を通ることになる。
「ナギ、あの木が何か知ってる?」
スーが立ち止まったので、ナギはその視線を追う。
彼女が見ているのは中庭の巨木。
薄暗い中でかろうじて見える、幾重にも幹が捻じ曲がり、絡まり、一本の幹になっているように見えるその巨木のことを、奇しくも今のナギは知っていた。
「千蔦木?」
「よく知ってるわね」
「ちょっとね。最近教えてもらったんだけど、秋には実がなるって話だよ。少し食べてみたいんだよね」
話しつつ、ナギは植物について語るクァルシンの活き活きとした顔を思い出す。
「………物にもよるけど、酸っぱいわよ。それに」
スーは千蔦木について知っていたらしく、実を食べた感想を述べてから皮肉げに笑った。
「あれは、『搾取の木』よ。そんなものに成る木の実なんて、もう食べたくはないわね」
「搾取の木?」
ナギの聞いていた話では、あれは『神』を象徴する植物の一つだった。
痩せた土地にも育つ強靭性と、支え合うようにして伸びるその様が、かつての人々の目には神聖なものとして写ったようだと、クァルシンは楽しそうに語っていた。
しかし、スーの口ぶりからすると、クァルシンが語るそれとは真逆の印象を抱いているように感じる。
「あれらがあんなふうに一本の木のような形になるには、芯が必要なのよ。文字通りの一本の木のようなね。そして、幾重にも蔦を伸ばすようにして絡みついて伸びて行く。次第に元々の芯は朽ち果てて無くなってしまうのだけれど、ある程度育って仕舞えばそんなの関係ないのよね。あの木みたいにどんどん巨大になる」
ナギはスーが何を言いたいのかを図りかねて、彼女が語るに任せて様子を見た。
秘密主義的なスーが折角何かを話してくれているのだ、この機会を逃す手はない。
「そして、巨大になった千蔦木はその巨体を維持するために、他の植物たちが育つための養分を全て吸い取ってしまう………こっちでは、あれが『神』を象徴する植物だなんて皮肉な話よね。あれは北部では『邪悪』の象徴よ」
ナギはそれを聞いて、思わず「へぇ」と感心してしまった。
住む地方が違うだけでここまで認識が変わるものかと、同じ人間であるのに、まるで正反対の見方をしている。面白い。
だが、共通点もある。
「同じ『場』にはいるんだね。それぞれ立ち位置が違うけど」
「?」
「神聖も邪悪もどちらも信仰という基準で測るものじゃない?」
ナギは首を傾げたスーに対して説明する。
「………そうね。でも、私にとってはあの木は『邪悪』なものなのよ」
日も暮れて完全に暗くなった中庭。
サワサワと千蔦木の葉が立てる音を背景にして、二人は静かに廊下に立っていた。
中庭を見つめる彼女の目に、ナギは強いの感情の光を垣間見たのであった。




