a-1_転生-2
最初に目に入ったのが大穴。
その次には、木肌を思わせるような硬質な白濁した表皮。
鈍く、ぬらぬらとした光沢を持っていて、それが一層の不気味さを醸し出している。
その体躯は、あたりに林立している樹木ほどもある。
姿身は四足獣のようにも見えるが、歪な腕が、細かい突起だらけの背中の辺りからもう一対はえている。
それは、弓形に弧を描く長い首をもたげ、覗き込んでいた。
その黒い大穴が、それの顔なのだ。
顔と呼べるような部分はないのにも関わらず、不思議とそれと目が合っていることが分かった。
「ひぅ」
緊張から漏れた吐息は、情けない悲鳴となって口から飛び出した。
後退しようにも逃げ場がなく、少しでもそれから離れるために、ずるずると座り込んだ。
しかし、それを見越したかのように、化け物はずいとその巨躯を一歩、前へと進めた。
覆いかぶさるかのように追い詰められ、視界が化け物の体躯でいっぱいに埋まる。
恐怖、とはこういうものを言うのだろう。どうにもできないような脅威が今、自分の目の前に鎮座している。
目を逸らしたくとも、逸らしてしまうことの方がなお怖く、目が離せない。
弄ぶように、化け物がゆっくりと手を伸ばした。
その手には、巨大な象牙質の黒爪が生え揃っていた。
それから逃れるために上体を倒すが、そんなことはお構いなしに、化け物の爪が胴体へと突き立てられた。
「いっ」
爪が食い込み、痛みが走る。
歯を食いしばって痛みに耐えていると、その反応を楽しんでいるかのように、化け物の身体は小気味良く揺れる。その少し後、指が離された。
「ぁ………」
気が抜けて漏れた吐息と共に、白かった服に赤黒い染みが拡がっていく。命に関わるような傷ではないだろうが、見ていて気持ちの良い光景ではない。
傷口から視線を逸らすと、その視線の先に化け物の虚空が浮かんでいた。
先から、化け物は頻りにこちらを覗き込むような動作を繰り返しているように思った。
(見られてる………)
何もしてこないということは、それだけ舐められているということ。
逃げられることも、自分が痛い目に遭うことも、そのどちらも起こり得ないのだと。
そして、それは事実。今のままでは、そのどちらか一方でも実現するだけの手段が思いつかなかった。
化け物は正しくそれを認識して、理解して、行動に移しているのだということをひしひしと感じる。
その悪質さは、凶暴で粗野な暴れるだけの獣の比ではない。
残虐で、狡猾な、正しく「化け物」だった。
彼女は覚悟を決め、化け物の顔を睨め付ける。それが、せめてもの自分にできる抵抗だった。
視線を受けながらも、化け物はまた気まぐれに動き出した。
巨大な両腕を大きく広げ、覆こむように近づいてくる。
その穏やかにも見える動作には、むしろ臓腑が絞られるような気持ちにさせられた。
恐怖で鈍っていく思考。
そんな中でも腹部の痛みだけは、嫌に強く残っている。