a-12_寮
「『神気あたり』っていうのはね、別に身体が不調だから起きている訳ではないの」
リンとリノバの先輩二人によって『神気あたり』と診断されたナギは、他の生徒たちよりも一足早く、寮へと向かっていた。
「どういうことですか?」
体調不良でなければ、この倦怠感は何だというのか。
ナギは今や歩くのも億劫なほどの倦怠感があったが、自分が今侵されている症状については知っておきたかった。
「あなたは今日、『神授の儀』を通じて『神』と繋がった。そしてその結果、拡がった感覚の多さに身体がついていけていないの。分かりやすく例えるならば、眩しすぎて周りが見えていないような状態。そして当然、一時的には眩しくて周りが見えなくとも、いずれは順応が起こる。だから、心配しなくてもそれは治るわ」
「つまり私は今、大絶好調過ぎて絶不調な訳ですね」
絶好調過ぎていつもの調子でいられない、というのはなんとも皮肉な話だが「薬も過ぎれば」ともいうくらいだ。そこまでおかしな話でもないのかもしれない。
「それを聞くと元気そうに見えてきたわ。ただまあ、言ってることはそう言うことよ。さて、着いた。あと少しよイールさん」
リンはそう言って、寮の受付口に向かった。
その生徒は椅子に座って暇そうに何もない空を空虚に見つめていたが、リンが近づくと居住まいを正したのが見えた。
「これは、リン先輩。食事中ではなかったのですか?」
「クァルシン。暇なのは分かるけど、あの格好はどうかと思うわ」
「あらら、見られてましたか。うまく誤魔化せたと思ってたんですけどね」
『クァルシン』と呼ばれたその生徒は、はっきり言って肥満気味だった。
いかにも物臭な表情と相まって、とても働きに出るようには見えない。
しかし現に彼女はこうして寮の受付窓口に座っているのだ。
人は見かけによらないと言うことだろうか。
「まあ、あなたがいいならいいわ。そんなことより、この子の部屋の鍵を用意して貰える?」
「やや?新入生ですか?と言うことは、神気に当たりましたか。お嬢さん、お名前は?」
なんだその口調は、という感想はお首にも出さず、ナギは自分の名を名乗る。
と言うか、もうすでに立っているのも億劫で、余計なことをする余裕もない。
「イール・ナギさんね、確かナギさんは………。あった、これこれ」
彼女は何かを確認するでもなく棚の中から、初対面のはずのナギの名前一つで一組の鍵を取り出した。
その二本の鍵には、ナギが教えてもらっていた部屋番号が振られていた。
驚いてクァルシンを見返すと、彼女は不器用な笑みを浮かべる。
次に、ナギが説明を求めてリンに視線を移した時、彼女もその意図を察して説明をしてくれた。
「凄いでしょ、彼女。人の名前と部屋番号を覚えさせたら、右に出る者はいないわ」
「いやぁ、それほどでも」
「もう少し、他のところでも活かせれば良いのだけれど」
「それはちょっと………」
「とまあ、彼女がこの寮の部屋の管理をしている、『タオ・クァルシン』。ここにいるのは大体が彼女だけど、そうでなくても休日以外は人は常駐しているはずだから、出かける時にはここでその鍵を預けて行ってね」
リンとクァルシンは親しい仲であるらしく、交わす言葉の節々からその様子が見てとれた。
「さて、もうそろそろ限界みたいだし。私が背負って行くわ」
「おっと、それは貴重な体験ですねぇ。羨ましい」
「あなたも痩せれば考えるわよ」
「ふむ………」
「悩むのね………。さ、イールさん、遠慮しないで」
立っているのも辛くなってきたナギは、リンの好意に甘えてその背に負ぶさった。
「………意外に重いのね、あなた」
そんなことを言われたような気がしたが、その頃にはナギの意識は深く沈み込んでいた。
そして、その夜。
ナギは奇妙な夢を見た。