a-9_信心
マギスはナギたちを引き連れて、神授堂を粛々(しゅくしゅく)と進んでいった。
長い廊下を大分歩いたな、とか考えていたところにマギスが振り返った。
「気をつけて降れよ」
マギスの気の抜けたような忠告を耳にしつつも、ナギは目の前の景色に言葉を失った。
長大な階段。
仄暗い地下へと続く、十人は余裕で並んで歩けそうな階段がその大口を開けていたのだ。
地下へと続く大階段を目の当たりにした時、彼女は思わず隣をあるくスーへと語りかけた。
「先が見えないんだけど?」
「暗いから………以前にとてつもなく長いみたいね」
「………これ、帰りはどうするんだろう」
当然、降りたなら降りた分だけ登るしかない。
ナギとスーは、これから辿るであろう道の長さに思いを馳せ、顔を見合わせてお互いに苦笑するのだった。
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階段を降り始めると、階段は思っていたよりも明るいことに気がついた。
目が慣れた、と言うのもあるとは思うが、謎の光源の影響も大きい。
壁の隙間から滲み出すように光っている透明の光が、強まったり弱まったりしながら絶えず当たりを薄く照らし出しているのだ。
それはまるで、何かの生物の脈動のようである。
しばらく無言の行進が続いたが、不意に思い出したかのようにマギスが口を開いた。
「ぶっちゃけ、この階段をわざわざ下る必要はなくてね。昇降機があるんだ」
それはどういう意図を以って口にされた言葉なのか、少なくともナギには理解できなかった。
このマギスという男は本当になにを考えているのか分からない。
「それなら何故こうして無駄………失敬、苦労してまで階段を下るのかというと、こうして長い道を降るのも、由緒ある儀式の一部だからなんだ」
生徒達からは碌に反応は返ってきていないというのに、マギスは気にする様子すらなく滔々(とうとう)と話を続ける。
ともすれば罰当たりにさえなりそうな話だ。
(この人、よく神衛隊の教育係なんてやってるな………)
ナギの思いを他所にマギスは話を続けた。
「この道には『神気』とされるものが満ちているとされていてね。それが君たちに馴染むことでこの後の『儀式』が滞りなく進むことを目的としている………とまあ、それが名目。本当のところは箔付と言ったところかな。だってほら、こういう場所を歩くと、それっぽい気がするだろ?」
あくまで適当な口調を崩さないマギスだったが、一通り彼が話し終えて口を閉ざした頃だろうか、ナギは自分の後ろの方から怒気を孕んだ声が彼に向かって飛んでいくのを聞いた。
「貴方には、『神』に対して敬意はないのですか!?」
それを聞いたマギスが立ち止まったので、後ろに続くナギ達も必然的に立ち止まった。
ナギとしては「やっぱりな」という感想だったが、横のスーも同じように思ったのだろう。呆れたように、肩をすくめたのが見えた。
仮にも『神衛隊』という『神』が作り上げた組織なのだ。マギスの明け透けな態度が気に入らない生徒がいても何らおかしいことはない。
手持ち無沙汰なナギは後ろを見遣る。
声の主はいかにも真面目そうな表情をした幼げな面影を残した男子生徒だった。
こう言っては何だが、全身から敬虔な信徒であることを体現しているかのように見える。
それゆえに彼の怒りは分かりやすく、その怒りは尤もなものだとナギにも理解できた。
そしてそれは生徒達の多くがそうなのだろう。物理的にはともかく、態度的には遠巻きにマギスの言葉を待っている。
とは言え、ナギはどちらかといえばマギス寄りの思想と言えるかもしれない。
『神』という存在についてはよく分からない。
だが、どうやら実在はしているらしいことは分かる。
だからこそ、他の生徒達とはまた別の理由で彼女もマギスがどう答えるのかが気になっていた。
自分が『神』に対してどういう態度でいるべきなのか、それを見定めるために。
「ん?あるよ。ただ、それとこれとは話は別というだけの話。気に障ったならごめんね」
ナギの期待に反して、彼の返答は拍子抜けだった。
弁明するでもなく、かと言って強固に主張する訳でもない。
ただただ「問い」に対する「返答」と怒らせたことに対する謝罪のみ。
誠実とも言えるのかもしれないが、彼自身が抱える「考え」をほとんど表に出さないその姿勢は、むしろ誠実さとは真逆の態度のようにも映る。
(分からない人だ)
そしてマギスは結局それだけを口にしてまた胡散臭い微笑を浮かべ「行こうか」と歩き始めてしまった。
それが怒りを発露した生徒にはどのように映ったのかは定かではないが、それで納得する筈もないとはナギは思った。
しかし、一応は謝罪を表明したマギスに対してそれ以上に何をいうべきかも思いつかなかったのだろう。
それきり特別なやりとりがある訳でもなく、一行は地底への行進を再開したのだった。