a-8_四徒-2
謎の老女が教室を出ていき、教室の中には騒めきで満ちた。
彼女の放つ緊張感が一気に空気が緩み、風船に穴が空いたかのように萎んでいく。
そして、それはナギも例外ではなく、隣で静かに本を読み始めたスーに語りかける。
「なんか凄い人だったね」
「そう?」
予想とは少し違う返答に少し戸惑うも、その態度はどこか彼女らしい気がして、しっくり来た。
「なんか、雰囲気あったじゃん。いるだけで威圧感というか」
「………あぁ、確かに、そういう意味では凄かった。でも、話していることは別に、って感じかな?色々周りくどいことは言っていたけれど要は、ちゃんと具体的な目標を持ちなさいってことでしょ」
スーは「もっと分かりやすく言って欲しいものね」と嫌味に笑った。
ナギはそれを聞いて素直に感心する。
あの演説の中から、それだけのことを受け取って考えている彼女を真面目だと思ったのだ。
ナギは何となく嫌味なことを言われた、くらいにしか思っていなかった。
「というか、あの人誰だったの?」
「え?知らないの?あの腕章は………」
「はい、皆さんお疲れ様」
彼女の声を遮るようにして聞こえてきたその声に、生徒達は一瞬、彼女が戻ってきたのかと反射的に身構える。
しかし耳にその声が浸透するにつれて、声質が全く違うことに気がついた。
今度は男声だ。
ナギはスーとのおしゃべりを中断して教壇に目を向ければ、腕を背中に組んで優しそうな笑みを浮かべた若い男が立っているのが見えた。
しかし、その笑顔はどことなく胡散臭い。
というか、いつからそこにいたのだろうか。
先ほどの女性からは威圧感を感じたが、こっちの男性には威圧感どころか碌な気配を感じられない。
「始めまして、皆さん。僕は『タラメシオ・マギス』。君達、新入生の担任の教師です。気軽に、『マギス先生』とでも呼んでくださいね」
マギスはいかにも人が良い人物であることを振りまくように、大袈裟な身振りを踏まえて自己紹介をした。
先程の警戒心からか教室がまた静かになるが、それを察知した彼は軽い口調で言う。
「ああ、いいよ。そんなにかしこまらなくて。僕は『徒長』のように厳しくはないから」
「先生〜、さっきの人が『徒長』で合ってますか?」
マギスがとっつき易い性格に見えたためか、あるいは彼女のような威圧感を感じられないためか。ナギの後方の席から、少しやんちゃな雰囲気のある男子生徒の声が聞こえた。
「………やっぱり名乗ってないのね、あの人」
マギスが嘆息混じりに小声で呟いたのを、一番前の座席に座っていたナギは聞き取った。
「ご名答。さっき君たちに挨拶をしたのが、『四の徒』の長であり、この神衛隊学校で一番偉い人。つまり、『四の徒長:ジス・イプリナ』だよ」
(ああ、そりゃあ、いきなり偉そうに話し始める人なんだもん、偉くて当然だよね)
ナギはそれを聞いて納得する。同時に、スーが何を言いかけたのかも想像がついた。
金糸の腕章は、徒長の証なのだ。
神衛隊を支える四本柱。
そのうちが一人。
「教導」を掌り、それを武器に「御化」と戦う最高齢の「徒長」。
「ジス・イプリナ」。
人呼んで「言葉足らずのジス」。
ナギら生徒達を導き、正しき道を歩ませる神衛隊の母のような存在。
そして同時に、彼女達がいずれは打ち破らねばならない存在でもある。