呼出し?
俺はランニングシューズの紐を、ぎゅっと結び直して家を出る。
時刻は早朝5時。俺は軽い準備運動の後、緩いスピードで走り出した。
早朝ランニングはちょっとした習慣みたいなものだ。週に2、3回程度。朝起きて、その気になったらやる程度。
運動不足の解消という理由もあるが、1番の理由はこの時間が好きだからだ。
騒がしさを失っている街をただ一人走っていると、なんだか特別なことをしているような気持ちになれる。
走るのは好きだ。今では全く触れていないけれど、昔はプロのサッカー選手を目指してた。俺にチームスポーツは不可能に近いので、早々に諦めることとなったわけだが。今だからわかるけど、才能無かったからどっちみち無理だっただろうけど。
「...この辺にしとくか」
およそ1時間ほどーー実際には半分ぐらいウォーキングになっているがーーランニングを終え帰宅した俺は、朝食及びお昼の用意を始める。
お昼はもちろんお弁当だ。お金に困っているわけではないが、それでもやはり、できるだけ節約はしたい。
料理も慣れたものだ。俺の中学校はお弁当方式で、それは自分で用意していた。祖父母が作ってくれなかったとかそういう話ではなく、祖母は料理が苦手な人だったから都合もよく、もともと高校に上がったら、こうやって一人暮らしをするつもりだったから、それに備えて練習してきた。
そのおかげか料理の腕はそこそこだ。レシピを見てもいいのなら、そこそこ難しいものだって作れる自信がある。もちろんそれでも、素人の域は出ないのだけれど。
布団を干し、ごみを出し、支度を済まして家を出る。登校するには少し早いが、その分ゆっくり行けばいいだろう。
ーーーー
(あれ、今日は鈴野休みなのか)
先生が出席確認をとり終え、一限の授業が終わっても鈴野は教室に来なかった。風邪でも引いたのだろうか。
休んだ理由は気になるけれど、別に特段心配することでもないと思いなおす。先生も鈴野が欠席している事には驚いていなかった。きっと連絡は入っていたのだろう。
昼休みになって、教室で一人食事をとる。ボッチ飯なるものだ。
(正直、今日はちょっと気が楽だな)
昨日いろいろと考え込んでしまったせいで、少し顔を合わせづらいとは思っていた。今日は金曜日だから、次に顔を合わせるのは早くても週明けだ。それまでにちゃんと頭を整理しよう。
「ーーねえ、ちょっといい?」
「...え?」
ボーっとしているところに急に声をかけられ、つい呆けた声をあげてしまう。語気の強い言葉に気圧され、つい言葉が詰まってしまう。
えっと、確か彼女の名前は...まずい出てこない。
「えっと...何か用?」
少々おどおどとした感じで答える。べ、別にビビったわけではない。断じてないったらない。
「私は2組の藤井ほなみ...できれば場所変えたいんだけど、いま大丈夫?」
『なんでおどおどしてるの...?...ことちゃんはどうして彼と...?』
あ、隣のクラスか。どうりで名前が出てこなかったわけだ。
それにしても、ことちゃん...とは鈴野のことだろうか。他に心当たりはないため、おそらくはそうだろう。
というか、自分が睨みつけていることに気づいていないのか?無意識?いや別にビビってるわけじゃないけど!
というか、鈴野絡みで俺に何の用だ?
うーん。恨みを買った覚えはあるけど、彼女に売った覚えはない。どうするべきか。呼び出しみたいで普通に怖いんだが。
「あーえっと...それって今日じゃなきゃいけないこと?」
できれば週明けとかがいいかなー。具体的には鈴野が学校に来てからにして欲しい。
「...できれば週明けまでには話がしたいの。明日か明後日も私は空いてるから、時間作ってもらえたら助かるんだけど」
『OKと言えOKと言えOKと言えOKと言えOKと言えOKと言えOKと言えOKとーー』
「は、はい!明日オッケーです!わかりました!」
ひ、ひい...。怖いってこの子!なんでそんな威圧してくるの!?俺なんか悪いことした!?
「そう、ありがと...。じゃあ、これ私の連絡先。また連絡するから」
『...よし』
「う、うん...」
半ば強引?に連絡先を教えられた。スマホを差し出す彼女に、たじろぎながらも応答する。
「じゃ、よろしくね。篠宮」
「よ、よろしくお願いします?」
彼女が教室を出るのを俺は見送る。
時間にしておよそ2.3分の問答。それでもなんかどっと疲れた感じ。
(鈴野絡み...だめだ、なんも思いつかん)
わからないことは、怖いことだ。できればどうでもいいような、そんな用事であることを願いたいものだ。
ーーーー
そして翌日、時計の針が11時を指した頃、俺は駅前の広場に到着した。休日ということもあって人はかなり多い。とはいえ普段よりは、という話で人込みと呼べるようなものではないのだが。
約束の時間まではあと10分ほどなのだが、待ち合わせに指定していたお店の前には、もうすでに彼女がいた。
肩口まで伸ばした髪に、少々幼さを残したその顔立ちによくあっている。昨日は終始威圧されて気が付かなかったが、こうして見ると高くない身長が相まって、どこか小動物を思わせる。
「お待たせ。待たせちゃった?」
「別に。私も今来たばっかだから」
『てか、まだ10分前だし』
やはりどこかそっけない態度である。一応お呼ばれしたのは俺なんだけどな...?
「じゃ、じゃあ入ろうか」
「ん」
『やっぱりオドオドしてるし...勘違いだったかな』
何が勘違いなんですかねぇ...?まぁそれもこれも、話を聞けばわかることか。
俺と藤井は二人揃ってファミレスへ入る。学祭のお財布に優しく、ドリンクバーで長居できる人気チェーン店である。
「えーっと、なんか頼む?」
「いらない。ドリンクバーだけでいい」
『デートじゃあるまいし』
「...そうだね」
なんだこれ。何?俺が勘違いしてるみたいに言うのやめてくれないですか?
や、心にちゃんととどめてるから、別に言ってはいないけどね?
二人とも何も頼まないのは、なんとなく居心地が悪くなるような感覚があり、無難にフライドポテトを頼む。値段よし味よし量よしの一品だ。
そしてお互いにドリンクを取ってきて、ひと段落したところで、彼女は本題に入る。
「ねえ、あなたはどうやってーー鈴野さんと仲良くなったの?」
「ーーどうやって仲良くなったか?」
第一声はそんな疑問。その真意をつかめてない俺をしり目に、彼女は続ける。
「そう。どうやってあの子に近づいたの?」
「何かその言い方だと悪いことしてるみたいだな」
いまいち全容がつかめない。色々と説明が足りてないんだが。
それに「鈴野さん」と藤井は言った。すごい違和感だ。心の中ではことちゃんと名前で呼んでいたはずだが。
「一体何が言いたいんだ?」
「ーーえっと、その...」
『...引かれませんように!引かれませんように!』
心の中でお祈り始める藤井。なんというか、彼女もまた内と外でギャップがあるな。
いや、彼女の場合はどちらも素か。単に表情に出にくいだけなのだろう。
「だから、その、つまりーー」
ためにため、やっとという感じで彼女は言った。
「鈴野さんと、友達になりたいの!」