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同情と彼女の気持ち

 翌日のことだ。それは昼休みのことだった。変わらず一人で昼食をとっていたところ、隣の席ではこんな会話がなされていた。


 「ねぇ鈴野さん。はっきり言わせてもらうけど、もうちょっとマシな対応があるんじゃないの?正直迷惑なんだけど」


 クラスメイトである宮原香織(かおり)さんが、鈴野にそんなことを言ってきたのだ。

 

 俺は隣に座ったまま、視線は前にとどめ耳を傾ける。


 二人の間には沈黙が流れており、鈴野はこの状況にだいぶ困っているようだった。


 『迷惑って・・・何のことだろ』

 

 困惑する彼女。彼女に心当たりはないようだった。困惑した様子で傍らに立つ宮原さんを見上げている。


 そんな彼女よりも先に、俺は状況を理解する。


 (嫌な感じね。声が出せないからって、みんなに気にかけてもらって可哀想ぶって。どうせ今回もまた「ごめんなさい」って言うんだろうし)


 ああ...そういうことか。これはあれか、いわゆる嫉妬ってやつか?人気とまではいかなくとも、そこにいるだけで注目を集めている鈴野に対してのやっかみというやつだろうか。


 自分には関係ないのに、人のことを決めつけるその態度に少しイラっとした。


 しかも宮原のその予想は当たっていた。鈴野はどこか諦めた様子で、()()ページを目指してノートを捲る。


 気づけば俺は、その手を止めるように口を挟んでいた。


 「ーー言いがかりはやめなよ、鈴野さん困ってるよ」


 『えっ、また・・・』

 (はぁ?誰だっけこいつ)


 「また」という反応からして、鈴野は前のことを覚えていたようだ。対して宮原さんは、俺の名前を覚えてすらいなかった。


 別にいいけど。仲良くするつもりなんかないし。


 「嫉妬でそんなことするなんて、よくないよ?」

 「んなっ!?嫉妬?ちょっとーーふざけたこと言わないでよ!!」


 ふざけてなんかない。大真面目だ。これは言いがかりなんかじゃなくて明らかな事実だ。

 

 宮原が大きな声を出したことで、教室中から視線を集める。 もちろん、わざわざそんな言葉を使ったのはわざとだけど。


 ともかく俺はイライラしていた。彼女に対する周りの態度に、辟易していた。


 だからつい口を挟んでしまったんだ。


 「あんた・・・覚えておきなさいよ」

 (絶対許さないんだから!)


 宮原はそう言い残して戻っていった。早くも忘れたいんだが...?


 『また助けてくれた・・・今度こそお礼言わなきゃ』

 (やばっ...)

  

 隣に座ったままの彼女の、そんな反応に反射的に席を立つ。早くこの場から離れるために。


 だけど彼女はそんな俺の行動を読んでいたのか、俺の腕をとっさに掴んできた。


 (無理だったか...)


 その場から離れるのを諦め、俺はしぶしぶ彼女のほうを向く。そして彼女は、俺の方を向いてそのページを開いて見せた。


 そこには・・・


 【ありがとう】


 そう書かれていた。


 それを見てバツが悪くなる。やめろ、そんなんじゃないんだ。


 感謝なんてされたくない。だってこれは、俺だって同じだからーー


 「別に、同情しちゃっただけだから」


 はっきりと、俺は彼女にそう告げた。


 その言葉に、彼女は呆気に取られていた。そんな言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。


 俺は席を外した。こんなことを言っておいてあれだが、気まずい空気に耐えられなくなったからだ。


 彼女は唖然としていて心は読めなかったけれど、きっと軽蔑しただろう。なぜって、それは彼女が最も傷つく言葉だから。


 きっとそれに、俺は耐えられない。


 自業自得なのに、それに耐えられないんだ。笑えるだろ。


 自己矛盾を抱えたまま、俺は教室を出た。


 当然だが、声がかけられることはなかった。


ーーーー


 翌日、変わらない風景を教室は映し出す。もしかして何か嫌がらせでもされるかと思ったが、今のところはそんなこともなく、何ら変わらない日常がそこにはあった。


 だけどそれは目に見える形で、だ。そこに生きる人間は、みなそれぞれ「内心」といった極めて個人的な世界を持ち合わせている。


 (あの野郎、いつか痛い目に合わせてやる)


 朝からキンキンと、そんな強い意思が俺の脳内に流れ込んでくる。やっぱり恨みを買ってしまっているようだ。

 

 (・・・)


 意外なことに宮原の胸中はおとなしいものだった。もっと明確に悪意を向けられるものだと思っていたんだが。


 ま、構わないけれど。実際何かされて実害が及ばない限りは問題ない。ある程度は慣れているし。


 そんな大倉は置いておくとして、もう一人明確に変わった人間が、一人。


 『ーー何考えてるんだろ、今。話しかけたら、迷惑かなー』


 話しかけられないけどね、文字通り。


 なんてお決まりのジョークを交えて、彼女はその想いを胸に秘めた。


 もちろん、俺には筒抜けなわけだけど。


 変わらず会話をしたりすることはなかったけど、彼女の俺に対する態度は少しだけ変わった。


 『お話、したいなぁ』


 どうやらこの前の一件で、俺に興味を持ったらしい。それはもちろん恋心なんてものじゃないけれど、俺の昨日の行動が、どこか彼女の琴線に触れたことは間違いないようだ。


 彼女の欲が、否応にもなく伝わってきてしまう。


 正直、心苦しかった。


 普段は毅然とした態度を崩さない彼女だが、それは自分を守る殻だってことを、俺は知っている。そんな彼女の気持ちに気づいていながら、それを無視するのは少し苦しかった。


 だけど俺の脳内では当然の疑問が浮かんでいた。

 

 (昨日の言葉、気にしてないのか...?)


 彼女にとって、最低な言葉を投げつけた。俺にはその自覚があった。彼女にとってそれは看過できないはずのもので、だからこそ俺の疑念は深まる。


 と言っても俺のすることは変わらない。彼女とこれ以上関わらないようにするだけだ。


 興味はある。彼女がどう考えているのが気になるし、どういうつもりなのかも気になる。


 だけどその先に、何があるのかを俺は知っている。

 

 だから弁える。踏み込まない。踏み込ませない。


 きっと彼女もおなじだ。


 彼女は別に人に好かれたいわけじゃないんだ。誰かに興味を持ってほしいわけでもなく、声をかけられたいわけでもない。


 ただ、嫌われたくないんだ。


 俺だってそうだ。別に愛されなくたっていいんだ。


 プラスはいらない。ただ、マイナスが嫌なだけ。


 彼女も俺も、同じだ。



 そう思っていたのだがーー







 【私と友達になってくれませんか?】


 翌日、そう書かれたスケッチブックを見て、俺はようやく理解した。


 彼女は俺なんかよりも、ずっとずっと強い人間だったのだ。

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