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心の檻

 彼女についてわかったことがある。


 それは「同情」の目に当てられるのをとても嫌がるということ。


 これに関しては人間誰もが持っている感性かもしれないが、彼女はそれが特に強いようだった。


 人に不幸だと決めつけられることは確かにつらい。俺も両親の件で、何度もそういう視線にさらされた経験があるからよくわかる。


 それでも心の中では仕方ないと、その感情をあらわにすることはない。誰よりもその感情に当てられ、その仕組みを理解しているからこそ、やるせない思いを彼女はしているようだった。


 そして...


 『・・・めんどくさいなぁ。嫌だなぁ。・・・つらいなぁ』


 今日はいつにも増して、「声」が多かった。


 その理由は昼休みのことだ。


 それぞれのコミュニティで昼食をとる生徒たち。俺は自分の席で一人お手製のお弁当をつまんでいたのだが、今日は隣の席が何やら騒がしかった。


 「ね?だから今日の親睦会、鈴野さんもきてよ!」


 原因は大倉健二おおくらけんじという、早くもクラスのリーダー的な立ち位置にいる奴だ。


 サッカー部の推薦ーーちなみにうちのサッカー部はめちゃくちゃ強いーーによって入学してきた彼は、そのルックスの良さも相まって、すでにかなりの人気を集めているようだった。


 【ごめんなさい】


 彼女はさっきからそのページを彼に見せている。


 だけど彼は諦めなかった。


 「え?だからどうしてさ。理由があるんだよね?ーーーもしかして、声のことを気にしてる?」

 「っ!」


 「別にそんなことかにする必要ないよ!声が出ないからって、みんな仲間外れになんかしないって!」


 (あーそんなところまで気にしてあげれる、俺優しいなー。何か、ワンチャン好きになってくれないかなー。鈴野、顔だけはいいし)


 最悪である。発言も内心も、彼女のことを何ら考えていない。無条件に流れてくるその言葉の波に、内心俺はイライラを重ねていく。


 そして彼女はーー


 『なんなの・・・そんなの気にしてるに決まってるじゃん。なのに、そんなふうに聞かないでよ・・・それにそんなことって...って同情に対してそう直接書くのも感じ悪いよね・・・どうしよう』


 彼女は諦めていた。そんなふうに「同情」を向けられることも、それを返すこともできない自分の境遇も。


 なぜって、彼女は喋れない。心の声は、普通届かない。


 きっとこの先、同情されることは無くならないだろう。

 きっとそれは、彼女の宿命だ。


 これに関しては下心ありありの、ただ嫌な発言であるのだが、外目から見てそれが直接わかるのは俺だけだろう。


 だから彼女は困っていた。強い言葉で返せないそのシチュエーションに。


 「特に理由はないんでしょ?じゃ、決まりね?放課後ーー」 

 「ーー鈴野さん、今日は用事があるって書いてたよね?大丈夫なの?」


 「え?」

 『えっ?ぼっち君?』


 口を挟んだのは俺だ。って言うかぼっち君て。そんなふうに思ってたの、君?


 確かにぼっちですけどね?ぼっちですけどね!!


 「さっき書いてたよね?今日は遊びに行くんだって。だから無理なんじゃないの?親睦会」

 「ーー!」


 俺と目を合わせ、そしてこくんと彼女は頷いた。どうやらこちらの意図を察してくれたようだ。


 「あーなんだ、そうだったの。もー早く()()()()()()()


 『ーー喋れないの、わかってるくせに』


 確かにな。まったく、デリカシーのないやつだ。

 大倉は渋々といった様子で自分の席に戻っていった。瞬間、こちらに鋭い視線が向けられた気がしたが、あれは気のせいである。そう、気のせいなのだ。そう信じたいものである。


 ともかく、彼女は誤魔化すのが苦手なようだ。まぁ、文字で誤魔化すのも難しいんだろうけど。


 『今のーー助けてくれたんだよね・・・って、あっ』


 そんな「声」が聞こえる前に俺は、すぐにその場を離れることにした。


 結局戻ってくるのだが、これで多少お礼も言いづらくなっただろう。


 お礼は言われたくなかった。


 ーーだって俺が彼女を助けたのも、結局は彼女が可哀想だったから、同情ゆえにそうしたに過ぎないのだから。



ーーーー


 入学から一ヶ月がたった。


 授業にも慣れて、人によっては部活動が本格に始まり、青春を謳歌せんとそれぞれのコミュニティでライフワークを形成している。


 そんな中、俺と彼女を取り巻く環境は何一つ変わってはいなかった。


 俺はただただ一人で。入学時に思い描いていた生活そのものだ。


 一方彼女はその容姿から、一部の男子から結構言い寄られたりはしているようだ。


 その全てを彼女は【ごめんなさい】と、そう返していた。


 下心ありありの男子たちを除いて、それは本心からの関わり方ではなかった。


 『・・・いいなぁ』


 それはクラスで談笑する生徒に向けてのものだった。ただ会話しているだけ。それだけで楽しめるその関係性に彼女は羨望のまなざしを送っていた。


 その「声」に、想いに不意にイラッとしてしまった。


 (別に、誰かの誘いに乗ればいいだろ)

 

 確かに彼らに同情がないとは言わない。言いよる人たちにはそれぞれの思惑があったから。


 だけど悪意が全てなわけじゃない。純粋に彼女を心配してくれていた子だって中にはいたのだ。


 それらを全て一括りとして同情とするのは、どこか納得がいかなかった。


 もっとも、彼女にその違いは文字通りわからないのかもしれないが。どころかわかるのはきっと俺だけだなのかもしれない


 あるいはそれに気づいていて、それでもなおそう決めつけてしまっているのか。


 彼女の気持ちもよくわかる。要は、傷つきたくないのだ。俺も彼女も。


 仲良くなったとしても、その先が続かなければ意味がない。


 踏み込めば、いつかは人が離れていく。そうわかっているから踏み込めない。


 それがわかっているのに、だ。


 なぜだか彼女から目が離せなくなったのは、どうしてなのだろうか。





ーーーー


 放課後、およそ一週間程前から始めたバイト先であるコンビニへ。制服を着て、勤労の時間である。


 今の生活は豊かでもなければ貧しくもなかった。ありがたいことに祖父母から仕送りは貰っている。本当はそれを受け取るかも迷ったのだが、それに甘えず生活できるほど優秀な人間ではない。いつかは返すつもりだが、今はありがたく受け取ることにした。


 とはいえ、お金は沢山あるに越したことはないし、仕送りだけではどうしても足りないのは明らかだ。毎日ずっと、と言うわけではないが多めに入るようにするつもりだ。


 「ありがとうございましたー」


 与えられた職務を機械的にこなしていく。客の不満不平は何度もぶつけられるが、それは「店員」に対するもので、俺個人を攻撃するものではないので特には気にならない。


 家から近いと言う理由で選んだのだが、変に関わってくるような他のバイトの人もいないし、環境としては文句なしだ。


 進みの遅い秒針を眺めながら、客のいない店内で暇を持て余す。ここ、立地のせいか客が少なくてバイトの身としてはありがたい限りである。


 「あっ....」


 なんて考えていたのも束の間、自動ドアの開く音が客の入店を知らせる。内心めんどくさいとは思いつつ、別に大した仕事をするわけでもないし、別にいっかーという気の抜けた状態でお会計を待つ。


 「あっ...鈴野さん...?ーーあっ」

 「!」


 つい反射的に、客が見知った顔であることに反応してしまったのだ。これがある程度集中していれば、知らんぷりするなりしただろう。


 だけどこの時俺は、油断していた。だからこんな反応をしてしまった。


 『わっ...!篠宮君!?何で?バイト?やばっ、私超変な格好だ...!』

 「......」


 俺はマスクをしていたから、声をかけなければ気づかれなかったかもしれないのに、これは失敗したな。


 変な格好と言っても、上下ジャージのラフな格好ってだけで、別に変ってわけではないけどな。


 てか、名前覚えてくれたんだな。


 『どうしよ...!ここ人来ないから油断してた!と!とりあえずお会計して早く帰ろう!』

 「...520円です」


 鈴野の慌てっぷりはそれはもうすごかった。

 小銭はぶちまけるわ、商品は落とすわでちょっとした一大事である。いいから一旦落ち着いてくれないかな...。


 「ありがとうございましたー」

 『あ、ありがと...』


 まさしくボロボロ。疲れ切った様子で店を出る彼女の背中を見送る。

 

 「...まるで嵐だな」


 落ち着きを取り戻した店内で、俺はそう一人ごちたのだった。


 何というか、ギャップがすごい。学校ではあんなにクールな感じを装っているのに、実際は結構ポンコツというか...。


 ま、今日のこれは見なかったことにしよう...。

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