第19話「驚きの関係」
調停による一時的な停戦が為されてから、3日が過ぎる。
アカツキは約束通り私達の前に再び単身で現れ、
「全遭難者の所在を把握するのに、後1週間ほど要するでしょう」
簡易会議場でそう述べる。
途端、集った騎士達は顔を見合わせ、1週間と言う期間について話し合いを始める。
1週間____正直、何とも言い難い期間だ。
長いと捉えるべきか、妥当と捉えるべきか。
「所在を把握するだけだろう? ……もう少し、早く出来ないのか?」
ベルティーユが問い詰めるようにアカツキに尋ねるが、
「全遭難者の行方を調べるとなると、これくらいかかります。最低でも1週間です」
重ねて1週間と言う期間を強調するアカツキ。
例えそれが長いと感じても、”地下水道”の事情に詳しくない私達騎士団は、理屈による抗議が出来ない。
ベルティーユは溜息を吐いて、
「多数決で決める」
立ち上がり、騎士達に毅然と告げる。
「1週間待つか、それとも停戦を破るか。1週間待つ事に賛成の者は挙手せよ」
ベルティーユが問い掛けると、騎士達はぱらぱらとその手を挙げ始める。
結果____
「……では、1週間待つとする」
最終的にほとんどの騎士が挙手し、1週間と言う期間がアカツキに与えられる。
ちなみに、イライザは挙手していなかったし、私も挙手はしなかった。
アカツキと言うオーガがどうにも信用ならないように思えたからだ。
まあ、私が反対の意を表明した所で、多数決の結果は変わらないのだが。
さて、さらに1週間後、再び私達の前に現れたアカツキは、
「申し訳ありません。把握にはもうしばし時間を要するようです」
皆の前でそう告げる。
当然、騎士達は騒然となった。
「……もうしばしとは、どれくらいだ?」
低い声でベルティーユが尋ねると、アカツキは少しだけ間を作って、
「____分かりません」
その発言で更に騎士達は騒然となった。
怒声が飛びそうになる中、しかし、当のアカツキは泰然としている。
ざわざわとした騒ぎが収まってきた頃、
「申し上げにくいのですが、グン王国のゴブリン達に相当の被害が出ておりまして……遭難者達を取り扱っていた者達がことごとく姿を消しているのですよ。ですから、捜査の方が想定の数倍も難航しています。……はあ……彼らが生きてさえいれば……いえ、これは言ってもせん無き事ですね」
アカツキのその言葉に騎士達は押し黙る。
彼の言う”被害”とは、私達騎士団の攻撃によるものだと言う事は言うまでもない。
その所為で、捜索の当てにしていたものが消失し、予想以上の苦戦を強いられている。
つまり、私達の所為で捜索が上手く行っていないのだ。
だから、騎士達は強く文句を付けられなくなった。
「……取り敢えず、現状を報告書にまとめて貰おうか」
会議場が静まり返る中、口を開いたのはベルティーユだった。
「それから、一日毎に報告書を作成し、それを我々に提出するように」
苦々しい顔で告げ、ベルティーユは周囲に「それで良いか?」と確認する様に視線を送る。
騎士達は無言で頷き、一先ずは様子見をすると言うベルティーユの方針に賛同した。
それから私達は解散し、アカツキの飄々とした背中を見送る事になった。
しかし、散り散りになった騎士達にその後、再招集が掛けられる。
再びの簡易会議場にて、ベルティーユは困った顔で、
「本国から進軍を急かされた」
まずはそう短く告げる。
それから、やや言い辛そうに事の詳細の説明に入った。
「実は____」
どうやら、つい先ほど、リリウミア本国から通達があったようだ。
その内容は、アカツキとの調停を無視し、戦争を継続させる命令を発するものだった。
「魔族との和平など言語道断らしい」
遭難者救助を目的とした今回の戦いだが、上はこれを機に“地下水道”内の一部地域に存在する魔族の勢力を駆逐し、リリウミアの領土とする事を目論んでいるらしかった。
だから、遭難者返還の交渉などせずに、武力で魔族の国を占領せよ、と。
さて、そんな上層部からの指令に対し、
「我々は進軍の準備を進めつつ、アカツキ殿との交渉を出来る限り継続し、遭難者情報の取得に努める。そして、頃合いを見計らい、調停を蹴って進軍を開始する」
戦争を続けるのは絶対だ。
しかし、最優先は遭難者救助と定める。
であれば、アカツキから可能な限り遭難者達の行方に関わる情報を入手し、その後に進軍を開始する。
これは、リリウミア本国の命令を半分無視する事になるし、アカツキを騙す事にもなるが、理に適った判断と言えた。
魔族相手とは言え卑怯な決断なので、騎士達の中には微妙な表情を浮かべる者もいたが、皆おおむねベルティーユの判断に同意だった。
私も異議はなかった。
そして、次の日からアカツキは約束通り報告書を作成し、律義に簡易会議場で私達にその要点を説明しに来るようになる。
アカツキの捜索はかなり難航しているようだった。
騎士達の中にはこれ以上の見込みは無いと調停の打ち切りを提言する者もいたが(イライザが特にそうだった)、アカツキの作成した報告書とその説明はかなり誠意あるものだったので、私達は疑心を抱きつつも、何だかんだで彼との協議を継続する事にした。
何だか、アカツキに化かされているような気にもなったが……それを言い出せば、お互い様と言える。
もやもやとした現状が続くある日の事____
私は出来心から簡易会議場を去ったアカツキの後を付けてみる事にした。
ちょっとした気慰みだ。
アカツキは占領地となったグン王国を抜け出すと、ふと、一つの岩陰の中で立ち止まった。
私も近くの岩陰に身を投じ、アカツキの観察を始める。
オーガが動く気配はない。
どうやら、アカツキは誰かを待っているようだった。
しばらくすると、グン王国の方から何者かがアカツキに近付いて来る。
して、その者とは
「……ベルティーユ団長」
何と、聖日騎士団団長ベルティーユだった。
周囲を気にする様子を見せ、ゆっくりとアカツキの元まで歩み寄って行く。
そして____
「お疲れ様、アカツキ君」
親し気にアカツキに話し掛けるベルティーユ。
思わず私は目を丸くしてしまった。
「ああ、そっちこそ、お疲れ様。毎度毎度フォロー助かるよ」
そう返すアカツキも、会談時よりもかなり親し気な雰囲気だった。
ベルティーユとアカツキ……一体、二人きりで何をしようとしているのか。
私は息を潜めて、二人がどのような会話をするのか耳をそばだてたが____
「……いや、ほんと……何の話をしてるのよ」
二人の会話を黙って聞いていたのだが、そのあまりの内容の無さに思わず一人で突っ込んでしまう。
昨日はよく寝れたのかだとか、昼食は何を食べたのかだとか……そのレベルの雑談を彼らは交わしているだけだった。
この会合に何の意味があるのか。
訝しむ私の目に、ふと髪で隠れていたベルティーユの横顔が飛び込んでくる。
その表情で私は全てを察した。
普段の堅苦しい面構えは何処へやら。
うっとりとした目でアカツキを見上げるその表情……それは、所謂”女の顔”と言う奴だった。
これはもう、確信して良いのではないだろうか。
ベルティーユはアカツキに惚れている。
アカツキの方は分からないが、少なくとも友人としてベルティーユに接している様子はあった。
つまりこれは____
「……逢引きってやつかしら」
だとすれば、大変な事だ。
聖日騎士団団長が魔族に恋心を抱くなんて、醜聞どころの話ではない。
しかも、相手は交渉中の魔族。
恋愛感情を利用され、向こうのいい様にされる可能性があった。
「……どうにか____いえ」
私の中に、焦りとは同時に野心が芽生える。
これは、ベルティーユを失脚させるチャンスなのでは。
もし彼女が騎士団団長の地位を追われる事になれば、私がその座につく可能性が大きかった。
騎士団団長になる事が出来るのは人間だけなので、副団長のイストワールはその候補から除外される。
となれば、騎士団団長にはイストワールの下位の者____即ち、私が選出されるのが道理と言う訳だ。
「……良いわね」
と、思わず笑みがこぼれる。
ピンチはチャンスとはよく言ったものだ。
「兎に角……動くなら、今ね」
どの道、この一件を見過ごすことは出来ない。
直ぐにでも行動を起こし、リリウミアのため、そして私自身の出世のため励まなくては。
「……そうだ、丁度」
私は映像と音声を記録する魔道具を携帯していた。
ポレットが開発した飛行可能なドローンタイプの記録装置で、機体を二人に近付けてその会話を鮮明に記録する事が出来る代物だった。
取り敢えず、これでベルティーユを失脚させるための証拠を残す。
私は少しだけ操作の練習をして慣らした後、気が付かれないように機体を二人の元に放った。




