第18話「怪しい男、アカツキ」
その男は唐突に私達の前に現れた。
「失礼ですが、貴方達がリリウミアの騎士団で間違いないでしょうか?」
物腰の柔らかそうな紳士が一人、穏やかな歩みと共にそう尋ねて来る。
……怪しい。
この場において、余りにも異質な存在。
私達は困惑して、互いに顔を見合わせた。
「そちらは、どなたかしら?」
居合わせている中で一番の上司であるところの私が進み出て対応する。
「僕はアカツキと言う者です。クロガネ王国と言うオーガの国から使者としてやって来ました」
「!? ……オーガ!」
アカツキと名乗る男が帽子を取ると、隠れていた頭部から角が現れた。
角____それはオーガの証。
警戒する私にアカツキは、
「貴方のお名前を窺っても宜しいでしょうか?」
依然穏やかに尋ねて来る。
私は警戒を緩めずに、
「……聖日騎士団所属アンリエット・ダランベール」
「アンリエットさんですか。どうも、初めまして」
アカツキは握手を求めるように右手を差し出してきたが、私はそれに応じなかった。
アカツキは私の敵意など意に介さず、
「本日は貴国との交渉のため、単身でこちらに伺わせて頂きました」
「……交渉?」
「ええ、現在進行中の貴国とグン王国との戦闘に関する交渉に」
私が探るような視線でアカツキを観察している内に、周囲から騎士の仲間達が集まって来る。
「取り敢えず、話し合いの場を設けては頂けないでしょうか?」
騎士達が身構えて包囲を固める中、アカツキは友好的な態度を崩さない。
私は改めて男を、そして、周囲を観察する。
アカツキが何か武器を隠し持っている様子も、周囲に彼の仲間が潜伏している気配もない。
ここで彼を始末するのは簡単な事なのだろうが……私の勝手な判断で非武装の相手を殺すのは、出世の評価に関わる気がする。
私がアカツキの処遇について迷っていると、
「どうした、何の騒ぎだ?」
背後からの声____それは、聖日騎士団団長ベルティーユのものだった。
「……! おい、その男は」
ベルティーユはアカツキの姿を認めると、目を丸くして、こちらに駆け出した。
「……これはどう言う状況だ?」
私とアカツキの間に割って入り、ベルティーユが鋭い口調で尋ねて来る。
「実は____」
ベルティーユの謎の気迫に少しだけ尻込みした後、私は事情を説明する。
説明後、ベルティーユは落ち着かない様子でアカツキを見たり、私や周囲の騎士達を見遣ったりしていたが、
「……分かった。取り敢えず、話し合いの場を設けよう」
どうやら、アカツキの要求を受け入れる事にしたらしい。
「この者を会議場に連れて行け。くれぐれも挙動には用心せよ」
ベルティーユはそう言うと、来た道を引き返して行く。
後に残された私達は、命令の通り、アカツキを簡易会議場へと連れて行く。
警戒していたが、道中アカツキが怪しい行動を取る事はなかった。
簡易会議場には既にベルティーユが到着していて、他の重鎮達も勢揃いだった。
「着席願おう」
そう言って、ベルティーユはアカツキに着席を促す。
皆に警戒される中、男は一礼の後、席に腰を下ろした。
さて、それからアカツキを迎えた会談が始まった訳だが。
この男、かなりくせ者である。
まず開口一番____
「さて、改めて自己紹介を。僕はクロガネ王国王宮官吏のアカツキと言う者です。以後お見知りおきを。この度は貴国とグン王国の戦闘に関して、第三者として調停に参った次第です」
アカツキは”第三者”と言う単語を強調して言った。
それは、あくまでもクロガネ王国は此度の戦争に関与していないと言う体裁を表明しているのだろう。
だから、自分達とリリウミアは現在敵対関係にない、と。
だが、それはとんだ欺瞞だ。
グン王国はクロガネ王国の支配下にあり、此度の戦争に関しても何らかの指示や支援を宗主国から与えられている筈だった。
「今回、貴国は遭難者の奪還を目的にグン王国に戦闘を仕掛けた。その認識で宜しいでしょうか?」
「ああ、国民がゴブリン達に囚われているとの情報を我々は得た。奴らが返還に応じる筈もなく、我々は武力による奪還を試みている所だ」
アカツキの問いにベルティーユが答える。
アカツキは「確かに」と理解を示すように頷き、
「であれば、我々が貴殿らに代わり、遭難者達を救助いたしましょう」
そう申し出るアカツキ。
ベルティーユはそんなオーガを睨みつけて、
「だから、我々にこれ以上の戦闘は控えよと」
「はい、そちらとしても無駄な血は流したくはないでしょう?」
ベルティーユはしばし間を空け、重い口を開く。
「貴殿の言葉を信じろと?」
「魔族の言葉は信じるに値しませんか?」
「……」
問い掛けるアカツキにベルティーユは無言の肯定を返す。
そして、それはここに居る騎士達の総意でもあった。
如何に誠実な紳士然としていても、アカツキは魔族だ。
彼の言葉を信じる事など出来ない。
「では、お聞きしたいが、貴殿らはどのように遭難者達の回収をなさるお積りで? 察するに遭難者達の行方が掴めていないのでは?」
「……それは」
と、ここでアカツキが揺さぶりに来る。
ベルティーユは口籠り、苦い表情を作った。
「ゴブリンに捕らえられた遭難者達は既に”地下水道”中に散り散りになっています。その全てを救助するのに五里霧中の捜索では、途方もない労力と損失を要するのではないですか? 貴方がたの目的を成すためには、一帯の国々を制圧する必要があるように思えます。果たして、それは現実的な救助方針でしょうか?」
……確かに、アカツキの言う通りではある。
考えてみれば、私達は遭難者救助のために馬鹿馬鹿しい程の労力を投じなければならない。
此度の戦争はどちらかと言えば魔族に対する嫌悪の方が先んじていて、労力と成果が到底釣り合うようなものではなかった。
今、建設的な提案を持ち掛けられ、少し冷静になった騎士達は____
「確かに、このまま無闇に進軍しても」
「実際、我々は遭難者救助の目途は立っていない」
「……これで、この戦いが終わるなら……あるいは……」
アカツキの提案に傾きつつあった。
それも当然。
予想以上に戦争が長引く事が分かり、かねてより騎士団内には厭戦気分が広がっていた。
そして、今回のアカツキの調停は、グン王国制圧に対する成果とも受け取れ、これを利用しようと欲するのは人の心理であった。
さて、騎士達の間に調停に前向きな雰囲気が漂って来たところで、
「遭難者達のリストをお渡し頂きたい。まず、こちらでその行方を捜索いたしましょう」
正式な回答も無いのに、話を進めようとするアカツキ。
ベルティーユはとても不本意そうに、
「……救助には如何ほどの日数を要する?」
その質問は、アカツキの提案を受け入れてのものだった。
アカツキはにっこりと笑みを浮かべ、
「それは捜査を始めて、おおよその全容を把握してからでないと分かりません。ですので、取り敢えずは和解を受け入れて頂きたいのです」
「まずは戦闘を停止させろと言う事か」
「当然です。でなければ、こちらとしても落ち着いて調査が出来ませんから」
腕を組み、黙考するベルティーユ。
最終返答に悩んでいるようだが、和解に賛同するのは時間の問題のように思えた。
だが____
「とんだ甘言ですね」
それはイライザの鋭い一言だった。
あまり耳にしない妹の強い声色に私は少しだけ驚いてしまった。
「騙されてはいけません。概ね、戦線を立て直すための時間稼ぎをするべく、履行する意思など端からない約束を持ち掛けているに過ぎません。我々はこのままこの男の提案を無視し、迅速な進軍を敢行すべきです」
本当に珍しく強気な主張をするイライザ。
故に、会議場の騎士達は目を丸くして発言者の方に一斉に向き直る。
一方のアカツキは、
「確かに、貴方達ヒト族にとって、魔族の言葉など信用に足りないものかも知れません。ですが……どうか、信じて頂きたい。少なくとも僕は貴方達を信じて、単身で話し合いに来たのです。命の危険もあるのに」
今度は情に訴えかける話し方をする。
そして、それは存外に効果的だった。
アカツキは紳士的かつ理知的で、尚且つどこか抜けた印象があった。
この抜けた印象と言うのがポイントで、彼に魔族のイメージとはかけ離れた人情的な温かさを与えている。
わざとそう言う雰囲気を醸し出しているのかは不明だったが、とにかく、この抜けた印象のおかげで、騎士達の総意は彼に味方しているようだった。
「____取り敢えずは、3日与えよう。それまでに救助に要する日数を報告して貰う」
そして、最終的にベルティーユはアカツキに同調するようにそう告げる。
一時的な停戦が成立したようだ。
ベルティーユの決断に警戒感を抱く者はいたが、さりとて抗議の声を上げる者は皆無だった。
イライザもこの場で自身の意見が通る事は無いと察したのか、大人しく引き下がる。
私はと言うと……どちらかと言えば、イライザと同意見だった。
アカツキと言うオーガ____やはり、どこか油断ならない感じがする。
油断を誘うような容姿をしているのが、また油断ならない。
会話の主導権を握るのが上手く、思い返せば、騎士達____特にベルティーユはアカツキの手の平の上で転がされていたようにも思えた。
「……ん?」
ふと、ベルティーユの方を見遣る私。
そして、その目が捉えたのは、熱い視線をアカツキに送る女性の相貌だった。
熱い視線……それは、どちらかと言えば、警戒や、ましてや敵意に基づくものではなく____
「……いや……まさか、ね」
一瞬、馬鹿げた妄想を抱いてしまうが、そんな筈はないとすぐにその考えを脳内から追い払った。
ヒト族の女が魔族の男に……ましてや、ベルティーユは聖日騎士団団長だ。
だから、それはあり得ない。
あり得ない、が____
「……あり得ない……筈よね……?」
ベルティーユのアカツキを見る目は、やはりどこかおかしいように思えた。




