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第17話「新たな君主」

「我らが主よ、貴方こそ、我が国の新たな君主にございます」


 アーサーの言葉に私は口をあんぐりと開けて固まる。


 今、この男は何と言ったのか?


 ……我が国の新たな君主って。


 私が視線を移すと、12人の”始まりの子供達”も一様に片膝を地面に着き、私に対し敬意を表するように頭を垂れている。


 この広間の中で、唯一頭を下げず棒立ちになっているヒイラギを見遣る私。


「……ヒイラギさん、これは一体」


「……さあ……俺にもさっぱり」


 困惑のまま立ち尽くす私達。


 やがて、12人の”始まりの子供達”の中からヴァールと呼ばれていたサキュバスが立ち上がり、


「改めて、シロメ様。”始まりの子供達”が一人、ヴァールにございます。私の方から、少々お話をさせて頂きたいと思います」


 ”魅了”の能力の影響が残っている所為か、やや苦し気な様子のヴァールは取り繕う様子を見せながら、私の前に歩み寄る。


 私が話を促すように頷くと、


「我がトリフォリウム王国は始祖メアリー・トリフォリウムが建国した国にございます。しかし、世界の掌握を試みた始祖は、その戦いの末に敗北し、我らに戒めを残し、自らにも戒めを課して地上に封印される事となりました。その後、トリフォリウム王国はその玉座を空席にしたまま、どうにか独立を保ちつつ大いに栄えました」


 ヴァールの説明を静かに聞く。


 ここまでは、資料で読んだ通りの内容だ。


「しかし、他国による支配の脅威を我々は常に抱えて来ました。そして、此度、クロガネ王国とクトー王国の戦争が勃発し、”地下水道”の国々がどちらかの陣営に分かれて大きく争おうとしている折、そのどさくさに紛れて玉座の空席を理由に我が国を手中に収めんとする輩が現れて来ました」


 苦々しくヴァールは述べる。


「そんな我々の元に、一つの報せが届きます。クロガネ王国にてハーフインキュバスの魔王が誕生した、と」


 言わずもがな、私の事だ。


 ヘイロンが大々的に対外告知をしていたので、遠く離れたこの国にもその報せが届いていたのだろう。


「アクアは予言の力を有していまして____彼女の予言曰く、始祖メアリー・トリフォリウムの長男が新たなトリフォリウム王国の君主となるであろう」


 ちらりと背後に控える”始まりの子供達”の一人であるアクアを見遣るヴァール。


 私は話の流れから、次の彼女の言葉を予測する。


「……メアリー・トリフォリウムの長男、ですか。あの、それって____」


「その予言の者こそ、シロメ様に相違ありません」


 私がメアリー・トリフォリウムの長男。


「ハーフインキュバスと言う事は、片親がインキュバスであり、生まれながら男子であると言う事。それはメアリー・トリフォリウムの長男の条件に合致するもので、我々はシロメ様こそが、予言の者であると考えたのです。そして、その予測は血液検査により正しいと証明されました。血液検査の結果、シロメ様が始祖の子供である事が判明したのです。さらに、種族の遺伝子がインキュバスのそれに近い事から、恐らくハーフインキュバスである事も確認しました」


 血液検査____採血はそのためのものだったのか。


「そして、不躾ながら、真にシロメ様に君主たる資格があるのか、先程の試験にて試させて頂きました。結果、シロメ様は”魅了”の能力により、我ら”始まりの子供達”を圧倒し、その力と資格を見せつけられたのです。最早、シロメ様を新たな君主として崇める事に異を唱える者はおりません」


 ヴァールは私の前に跪き、やや強引に手を取って、乞うような視線をこちらに投げ掛けた。


「他国に呑まれぬよう、我々にはシロメ様が必要なのです。どうか、その身で我らが空の玉座をお埋め下さいませ」


 告げられ、私はヴァールと見つめ合ったまま固まる。


 ……私にこの国の王となれと。


 話が急すぎて____


「ヒイラギさん……どうしましょう?」


 思わず、ヒイラギに助けを求めてしまう。


 ヒイラギは私の方をちらりと一瞥してから黙考し、それから重い口を開く。


「俺に聞かずとも、答えは出ているのだろう?」


 ヒイラギは私の決意を促すようにそう述べる。


 ……彼は良く見抜いているようだ。


 答えは出ている。確かに、その通りだった。


 悠長に躊躇っている暇などない。


 今、私に必要な事、これから私が為すべき事を考えれば悩むまでもないだろう。


 クトー王国に対抗するためにはトリフォリウム王国の力が重要になって来る。


 そして、その先の事____即ち、地上へと打って出る私の野望の事を考えれば、これ(、、)を手放すのは愚かな選択と言える。


 私は自身を落ち着けるように深呼吸をする。


 そして____


「分かりました、私が貴方達の王となりましょう」


 ヴァールの手を強く握り返し、告げる。


 トリフォリウム王国の君主になると言う大事に一瞬及び腰になってしまったが、私がこれから為すことを思えば、この程度の事で立ち止まってはいられない。


 王国と言う大きな力を手にする機会を得られ、有難い限りだ。


「ただし、留意して頂きたい。私を王に据えれば、貴方達は否応なくクトー王国との戦いに、そしてリリウミアとの戦いに身を投じる事となる。いや____」


 私は覚悟を問うように重い口調で尋ねる。


「私の復讐に付き合って貰う事になる。それでも宜しいでしょう?」


「……復讐、とは?」


「私を苦しめたヒト族への復讐です」


 私は天井を仰ぎ見て、その先にある地上を睨むように目を細める。


「地上を我がものとし、ヒト族に報いを与える。それが私の全てです」


「地上を我がものに……シロメ様……貴方は____」


 ヴァールは熱のこもった視線を私に向け、


「やはり、我らが主に相応しい!」


 立ち上がり、感極まったヴァールに両肩を抱かれる。


「シロメ様はこの国の王位のみならず、始祖の大志をも受け継ごうとなされている! 世界を淫魔の手中に収めんとした野望を!」


 ヴァールは「ご無礼を」と一言謝罪し、私を解放してから、”始まりの子供達”に向き直る。


「我が同胞たちよ、今ここに始祖の御心を受け継ぎし新たな王が誕生した! この報せを王国中に行き渡らせ、盛大な祝いの場を設けようぞ!」


 ヴァールの一声で”始まりの子供達”は立ち上がり、私に恭しい一礼をした後、散り散りになっていった。


「さて、シロメ様、すぐにでも国王就任式を執り行いたいと存じます。こちらへどうぞ」


 それから、私はヴァールに連れられ、王宮のとある一室に通される。


 比較的小さな部屋で、室内にあるのはタンス一つと、こじんまりとした机と椅子だけだった。


「可及的速やかに就任式の段取りを決めましょう」


 ヴァールは私に着席を促すと、タンスから白紙を数枚引っ張り出し、胸ポケットからペンを取り出した。


 それから、私とヴァールの間で就任式の段取りが素早く決められる。


 二人で取り決めを行ったと言うよりは、勝手知ったるヴァールがそのほとんどを決めてくれた訳だが。


 就任式のおおよその進行が決まった所で、


「私は方々との打ち合わせを行って参ります。その間、シロメ様はスピーチの内容をお考え下さいませ」


「分かりました」


 ヴァールが退室すると、私は就任式の進行が記された紙面を見つめ、その内容を頭に叩き込む。


 それが終わると、言われた通り、就任時のスピーチを考える事に。


 国王就任用のスピーチと言う事で、色々と内容に悩んだ訳だが、私は見ての通りの子供な訳で、下手に堅苦しい感じにしなくても良いだろう。


 私がつらつらとスピーチ用のメモをしていると、部屋の扉が開いて、ヒイラギが姿を現した。


「大変な事になったな、シロメ」


 私は身体を捻って、背後のヒイラギに向き直る。


「ええ、まさか国王に担ぎ上げられるなんて。……ですが、おかげで目論見は達成出来ます」


 ヒイラギは私の傍まで歩み寄り、


「先程、俺もクロガネ王国の使者としてこの国の大臣達と話を付けて来た。無事、トリフォリウム王国をクロガネ王国の陣営に引き入れる事に成功したと言う訳だ」


 ヒイラギはそれからやや躊躇いがちに、


「ところで、お前はこれからどうするんだ……と言うか、このままで良いのか?」


「……? どう言う意味ですか?」


 ヒイラギの問い掛けは漠然としていて、何を尋ねられているのか分からなかった。


「お前はこの国の王となり、最早クロガネ王国やヘイロン王の庇護を必要としない。いや、お前が独立したこの国の王となる上で、その繋がりはむしろ邪魔になるだろう。お前はこのままクロガネ王国に身を寄せ続けるつもりか?」


「……ああ」


 ヒイラギが何を言いたいのか何となく理解する。


 彼の言う通りだ。


 私はトリフォリウム王国の独立を守るために国王に担ぎ上げられた。


 それなのに、クロガネ王国の一員として在り続けては、トリフォリウム王国はクロガネ王国の属国のような状態となってしまい、国王としての意義を失ってしまう。


 であれば____


「そうですね、ならば、私は今この時を以て、クロガネ王国から離脱します」


「……そうか」


 思い切りが良すぎたためか、ヒイラギは少しだけ面食らった様子を見せた。


 私は続けて、


「そして、クロガネ王国の使者ヒイラギ殿(、、、、、)、貴殿を通じ、我が国とクロガネ王国との五分の同盟関係を貴国の国王ヘイロンに提案します」


 私は立ち上がり、威厳のある口調でヒイラギにそう告げる。


 少しだけ茶番じみた一幕で、自分でも滑稽に思えたが、ヒイラギは茶化さずに乗ってくれて、


「承りました、トリフォリウム王国王太子(、、、)シロメ殿下」


 片膝を付き、恭しい態度を取るヒイラギ。


 国王就任前と言う事で、わざわざ”王太子”と言う名称を用いてくれたのであろう。


 余りにも仰々しいヒイラギの様子に私は慌てて、


「あの……そんな……出来れば、今まで通り接して貰えますか?」


「……そうか……そうだな」


 立ち上がるヒイラギ。


 私達の間に何とも微妙な空気が流れる。


「ならば、これからも対等な友人としてよろしく頼む。まあ、公式の場では、上下関係をはっきりとさせるがな」


「はい、そうですね」


 知らず、私とヒイラギは握手を交わした。


 ____さて、そんなこんなで、就任式の準備は進められる。


 私は採寸を受け、丁度良いサイズの礼装を与えられた。


 豪華な衣服を身に纏った私は玉座の間に通される。


「どうぞ、お座りください」


 付き添いのヴァールに促され、私は玉座に腰を据えた。


 しばらくすると、玉座の間にはまず”始まりの子供達”が集結し、続いて、この国の大臣らしき者達が列を連ねた。


 大臣達の顔ぶれを見ると、人間の男性半分、残りはサキュバスと言った構成だった。


 そして、続々とこの国の重鎮らしき者達が室内を埋め尽くし____


「これより、トリフォリウム王国国王就任式を始める」


 ヴァールの一声で、就任式は始まった。

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