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第16話「サキュバスの国へようこそ」

 馬車での旅路を終え、トリフォリウム王国に到着する私とヒイラギ。


 目的地に到着して、まず感じたのが、街の清潔さだった。


 色々な物がごった返しになっているクロガネ王国と比較すると、街の何処にも無駄がないように見える。


 サキュバスの国と聞いていたので、もっと乱れた雰囲気を想像していたのだが。


 馬車から降りると、待っていましたとばかりに、迎えの一団が目の前に現れた。


「シロメ様とそのお供の方ですね」


 妖艶な女性を先頭に、その背後にも美しくスタイルの良い女性がずらりと並んでいる。


 サキュバス達だ。


 そう言えば、その存在を生で目にするのは初めてだった。


 他の種族の女性と比べると、やはり全体的に容姿が整っているし、それに、容姿以上の魅力的なものを感じる。


「はい、シロメです。クロガネ王国からの使者として参りました」


 私がそう挨拶すると、サキュバスは一礼し、「こちらです」と恭しい態度で私達の誘導を開始する。


 歩いて数分、私達はトリフォリウム王国の王宮に足を踏み入れる。


 そのまま、王宮内の一室に通され、


「少々お待ちください。今、外務大臣をお連れしますので」


 そう言って、仲間を数人残し、サキュバス達が退室する。


 室内の椅子に腰掛け、しばらくすると、サキュバス達が男性____恐らく、外務大臣のアーサー・ムーアを引き連れて戻って来た。


「ご足労感謝致します、シロメ様。私、トリフォリウム王国外務大臣のアーサー・ムーアと申します」


 アーサーがお辞儀をしたので、私も同様の作法で礼を返す。


「クロガネ王国から使者として参りました、シロメです」


 挨拶の最中、私はアーサーを観察するように見つめる。


 人間の男性だ。


 歳は……30手前ぐらいだろうか?


 落ち着いた大人の雰囲気があるが、妙な若々しさもある。


 精悍であり、顔立ちからその知性が窺えた。


 それにしても……ヒイラギから前もって聞かされていたが、本当に人間がサキュバスの国で外務大臣をしているとは驚きだ。


「さて、貴国を取り巻く状況はかねがね承知しております。そこで、すぐにでも本題に入らせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」


「ええ、そちらの方が助かります」


 アーサーは「では」と前置きをして、


「まずは、採血の方をさせて頂きます」


 突拍子もないアーサーの言葉に私は目を丸くして固まる。


 私は首を傾げ、


「……採血? それって……私の血をですか」


「はい、シロメ様の血液を、です」


 私はアーサーを訝しんで見つめ、


「一体何のために?」


「それは後程説明いたします」


 そう答えるアーサーのすぐ隣には、注射器を手にしたサキュバスが既に控えていた。


 私は思わずヒイラギの方を見遣る。


 ……これは、何を意図しての事だろうか?


 理由も伝えられず血を抜かれるのは、少し怖いのだが。


「……まあ、構わんだろ。血を抜かれる程度の事」


「……ですよね」


 かなり怪しいが、ここは素直に従っておくべきか。


 こんな所で、話を滞らせたくはない。


 私は「どうぞ」と右腕を差し出し、採血を促す。


 サキュバスの手際は良く、採血はすぐに終了した。


 少し警戒したが、採血後の身体の異常はなかった。


「それでは次に、試験を行いますので、付いて来て頂きたい」


「え? ……試験、ですか?」


 またしても突拍子もない事を。


 再度、ヒイラギを見遣る私。


「失礼だが、試験とは? 一体、何をなさるお積りで?」


 私に代わり、ヒイラギがアーサーに問う。


「それは直ぐに分かります」


 そう淡白に返答して立ち上がるアーサー。


 私とヒイラギは顔を見合わせ、躊躇の後、アーサーに黙ってついて行くことにした。


 アーサーを先頭に私とヒイラギ、その背後にサキュバス達が続き、廊下を移動する。


 ……何か、怪しい空気だ。


 ヒイラギは警戒を露わに、腰元の刀に左手を添えていた。いつでも抜刀が出来る態勢だ。


 私もアーサー達に仕掛けられてもいつでも対処出来るように心掛けておく。


「こちらです、シロメ様」


 アーサーはそう言って、広間に私達を通す。


 視界が開け、眼前には正装状態のサキュバス達が横一列に並んでいた。


 格式高いその姿は、一般的なサキュバスのイメージとはかなりギャップがあった。


「この方々は始祖メアリー・トリフォリウムの”始まりの子供達”。この国の最高権威者とも呼べる存在です」


 メアリー・トリフォリウムの”始まりの子供達”____メアリー・トリフォリウムが最初期に産んだサキュバス達と言うことだろうか。


 それなりの歳月を生きて来た者達と言う事で、確かに各々に貫禄があった。


「今から、シロメ様には彼女達を”魅了”して頂きます。それが試験の内容となります」


「……”魅了”って……”魅了”の能力を使用すれば良いのですか?」


 アーサーは「左様です」と答え、私に前に出るように促した。


 困惑しつつも、私は指示に従う事に。


 私が前に足を踏み出すと、”始まりの子供達”の中から一人のサキュバスが前に進み出て、私と向き合う形となった。


「十二の“始まりの子供達”の一人、ピスケ。お手合わせ願います」


 丁寧に自己紹介をするサキュバス。


 私はピスケと見つめ合った後、背後を振り返り、アーサーに視線を送る。


「どうぞ、ピスケ様に“魅了”の能力をお使い下さいませ、シロメ様」


 妙な圧を発しながら、アーサーは促す。


 ……どうやら、やるしかないようだ。


 まあ、何かを”される”訳ではない分、安全ではある。


 私は意を決し、ピスケと対峙する。


 サキュバスとしては当然ながら端正な顔立ちで、それとは別に他と一線を画す高貴さもある。


 何か……ドキドキとして来たんだけど。


 これは、美しい女性を前にした男の性と言う奴だろうか。


「では、行きます」


 私はピスケに視線を注ぎ、”魅了”の能力を発動させる。


 途端、ピスケの表情に変化が現れた。


 それまでは、落ち着き払って淑女然としていた彼女だが、”魅了”の発動後は熱っぽい目で私を見つめようになる。


 それは、私の能力がその効果を彼女に及ぼしている証拠だった。


 ”魅了”により、今、ピスケは私に性的な魅力を覚えているのだ。


 ____そして、しばらくすると、私は妙な感触を覚える。


 誰にも触れられていないのに、何か前方から押し返されるような感覚がある。


 私は本能で、それがピスケからの抵抗だと察する。


 どうやら、ピスケは私の”魅了”の能力に対し、何らかの力で対抗しようとしているようだった。


 だが、無駄だ。


 私はピスケの抵抗を跳ね除けるように”魅了”の力を強め、更に彼女を私の虜にする。


 やがて____


「ああ……シロメ様!」


「!?」


 理性のタガが外れたようにピスケが惚けた表情で私に抱きついて来た。


 私を地面に押し倒し、そのまま身体をまさぐって来たので、思わず力任せにピスケを蹴り飛ばす。


「がはっ!!」


「……あ……やば……!」


 ピスケの身体が宙を舞い、地面に激突する。


 起き上がる私。


 ……まずい!


 先に相手から仕掛けてきたとは言え、自分が粗相をしてしまった事に青ざめた。


 使者としてあるまじき行為だ。


「あ、えと……も、申し訳ありません!」


 私はすぐさま全方位に向けて謝罪し、ピスケの元まで駆け寄る。


「あの____」


「大変な無礼を致しました、シロメ様!」


 声を掛けようとすると、ピスケは跳ね起き、それから膝をついて私に頭を下げた。


 様子を窺うように、ピスケを、そして周囲を見遣る。


 私が右往左往していると、


「お見事です、シロメ様」


 アーサーは純然たる称賛の言葉と拍手を私に与え、


「では、お下がり下さいませ、ピスケ様。お次はシシ様、どうぞ前へ」


 平然とした様子で、機械的に試験を続行させる。


 私の乱暴についてはお咎め無しのようだ。


 アーサーの言葉で、ピスケが下がり、シシと呼ばれたサキュバスが私の前に立つ。


「十二の“始まりの子供達”の一人、シシです。よろしくお願い致します」


 ピスケと同様の自己紹介。


 そして、以降は先程の繰り返しとなった。


 私は”魅了”の能力で次々とサキュバス達を虜にしていった。


 そして、12人の”始まりの子供達”を”魅了”し終えて、試験は無事に終了。


 さすがに12人も相手に能力を使用したので、それなりに疲労感はあったが、至って簡単な試験だったと言える。


 私の目の前にはこちらに熱い視線を送る12人の美女が立ち並ぶ。


 ちょっと……怖い。


 これは、実に胸焼けしそうな光景だ。


「お見事です、シロメ様」


 アーサーが私に歩み寄り、


「試験は以上となります。後は、もうしばらくこのまま検査の結果をお待ち下さいませ」


「……検査?」


「はい、先程頂戴いたしましたシロメ様の____おお、丁度あちらも終わったようです。少々、失礼」


 アーサーは一言断りを入れると、足早に広間の出入り口付近に現れたサキュバスの元に移動する。


 そして、何やら話し込んだ後、私の元に戻って来て、


「シロメ様、いえ____」


 アーサーはその場に膝をついて、恭しく首を垂れる。


「我らが主よ、貴方こそ、我が国の新たな君主にございます」

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