第15話「トリフォリウム王国へ」
トリフォリウム王国はクロガネ王国から馬車で2日程の遠方に存在する国だ。
”地下水道”においても、トリフォリウム王国は異質であり、まずこの国はサキュバスの国なのだ。
そして、どこの国も支配せず、どこの国からも支配を受けていない国でもある。
これは強大な宗主国が複数の属国を束ねる体制を常とする”地下水道”の魔族の国としては珍しい事だった。
そして、奇妙なのが、君主の不在。
トリフォリウム王国には国王も女王も存在していない。
一応、”王国”の名を冠しているので、これはおかしな事だった。
「トリフォリウム王国って、どんな感じなんですか?」
クロガネ王国からトリフォリウム王国へと馬車で移動する最中、私はトリフォリウム王国に関する資料から顔を上げ、車内の前の座席に座るヒイラギに尋ねる。
今回の旅路に、彼には護衛として同行して貰う事になっていた。
「トリフォリウム王国、か。俺も現地に行った事はないのだが____」
ヒイラギはそう前置きをして、
「重要な国である事に違いはない。こちらの陣営に引き入れる事が出来れば、大きな助けとなるだろう」
ヒイラギの言葉に私は首を傾げ、
「ペイハイさんもそう言っていましたけど……サキュバスの国ですよ? サキュバスって戦力としてはそんなに重宝しないんじゃないですか?」
「トリフォリウム王国は”安全なサキュバス”による性産業で、”地下水道”随一の富裕国になっている。そのため、その気になれば金の力で兵を集め、巨大な傭兵団を組織する事が出来るんだ」
私は「へえ」と頷いてから、気になった単語があったので、
「ところで……”安全なサキュバス”ってどう言う事ですか?」
「トリフォリウム王国のサキュバスは他種族に危害を加える事を禁じられているんだ。それは法の類によるものではなく、彼女達の始祖であり君主でもあるメアリー・トリフォリウムの”支配”の能力によってだ」
「メアリー・トリフォリウム……って、あれ? トリフォリウム王国って、君主不在ってこの資料にあるんですけど」
私は手元の資料をヒイラギに示す。
「メアリー・トリフォリウムは最強のインキュバスだった。その力で魔族とヒト族の両種族を支配しようと企み、しかし、彼の存在を恐れた者達との戦いに敗北し、地上に封印される事となったのだ」
「……封印?」
「敗北し、命乞いをしたメアリーは”支配”の能力で、配下の全サキュバスに他種族への加害を禁じ、自身にも同様の禁則を設けた上で、自身が地上のとある場所から外界へ抜け出す事を禁じた」
メアリー・トリフォリウムは命を見逃して貰う代わりに、”支配”の能力を配下のインキュバス、そして自身にも行使し、その行動を制限したと言う訳か。
「怪我の功名とでも言うべきか。皮肉なもので”支配”の能力による禁則のおかげで、トリフォリウム王国は性産業を発展させ、かつてない大繁栄を築く事となった。彼女達の産業は”地下水道”に留まらず、地上のヒト族の国々にまで広がっている」
「え、ヒト族を相手に?」
「他種族に危害を加える事が出来ないトリフォリウムのサキュバスは、性交し、その子を孕む事によってヒト族の男性を死に至らせる心配がない。なので、向こうでもかなり人気を博し、大金を稼いでいるらしい」
ヒト族の国にまで産業を発展させているとは驚きだ。
「トリフォリウム王国はそんな貴重な”安全なサキュバス”を抱えているため、他国とのコネも強い。彼の国を引き入れる事が出来れば、連鎖的に他の国も我が方へ引き入れる事が出来るかも知れない。さらに、地上のヒト族の国ともコネを持っているため、上手く行けば、リリウミア側の戦線でヒト族の国の協力を得られるやもしれん」
どうやら、想像した以上に重要な仕事を任されたようだ。
私の働き次第で、この戦の趨勢が大きく変わるかも知れない。
まさか、トリフォリウム王国がそこまで重要な国だったとは。
私はペイハイに託されたトリフォリウム王国からの招待状を取り出し、改めてその紙面に目を走らせる。
そして、ふと気が付いたのだが____
「……あれ、この招待状の送り主の名前……外務大臣アーサー・ムーアってなってる」
アーサー____それは男性の名前だった。
サキュバスの中には、男性の名前を名乗る者もいるのだろうか。
「その送り主は、恐らく人間だ」
私の疑問に答えるようにヒイラギが告げる。
……送り主が人間?
「トリフォリウム王国は人間を官僚として起用している国だからな」
ヒイラギのその言葉に目を見開く私。
「人間を? ……どうして、また人間なんて」
「恐らく、政治能力が高いとされているからだろうな。国の運営に優秀な人材を求めたが故だろう」
そう答えるヒイラギ。
そう言えば、人間はその政治能力の高さ故にヒト族の支配種と呼ばれているのだった。
ところで____
「人間って本当に政治能力が高いんですかね?」
ふと、そんな素朴な疑問を抱いてしまう。
そもそも政治能力が高いとは? 賢さとは違うのであろうか?
知力に関してはどの種族が高いのか諸説ある筈だが。
「ああ、その手の話か。表面的にはその通りなのだが……結局のところ、種族の寿命が事の本質だったりする」
「種族の寿命ですか?」
「人間の寿命は50前後。他の種族に比べ短命であり、だからこそ、地上ではヒト族の中で人間の国が栄える事となった。故に人間は政治能力が高いとされ、ヒト族の支配種と称されるようになったのだ」
ヒイラギはそう述べるが、私は首を傾げてしまう。
「寿命が短いから人間は栄えたんですか?」
むしろ寿命の短さは繁栄に不利な要素に思えるが。
「人間は寿命が短いので、必然的に若者が国を運営する事になる。そうすると、新しい価値観や技術を積極的に取り入れた国家運営がなされるので、国は飛躍的に発展する。一方で長寿の他の種族の国は年配者により国が運営される。常に変化する世界において、どちらの国が栄え、どちらの国が衰退するかは明らかだろう」
「……言われてみれば」
「人間の国が栄えたと言うよりは、その他の種族の国が衰退したと言う見方をした方が正しいだろう。50歳を超えた半世紀前の価値観を持つ者達の集団が、変動する世の中で、まともに政治を行える筈がない」
長寿にもデメリットがあったと言う事か。
「そう言えば、リリウミアでも、政治的に重要なポストには人間しか就けないって決まりになっていましたね」
例えば、リリウミアの各騎士団の団長に就任できるのは人間だけだった。
副団長までなら他の種族でもなる事は出来るらしいのだが、団長の地位に就く事だけは騎士団の規則で禁じられているらしい。
「……とは言っても、人間を官僚に……それも、外務大臣に起用するのってどうなんですかね? 裏切られたり、乗っ取られたりする心配とかないんですかね?」
私は招待状の末尾に走る”外務大臣アーサー・ムーア”の署名を睨み付けながら言う。
「それに関しては、サキュバスの方が一枚上手だろうし……それに、あの国の人間達はリリウミアのダンジョンから逃げて来た、ヒト族に少なからず恨みを持っている者達の集まりだ。ヒト族に恨みがある分、サキュバス達には恩を感じている筈だと思うが」
「……ダンジョンから逃げて来た……ですか」
ダンジョン____そう言えば、ダンジョンってどんな場所なのだろう?
断片的な情報しか持ち合わせていないので、いまいちどのような場所なのか想像が付かない。
「ダンジョンって実際、どんな所なんですか?」
「お前も知っての通り、冒険者が魔物を倒し、魔核を採収するための場所だ。だが、リリウミアのダンジョンは特殊で、あそこは男を地上から隔離するための場所でもある」
「それって……まるで牢獄みたいな感じなんですかね」
ダンジョンへの追放と隔離。
リリウミアに居た頃は、それが当たり前の事として認識していたが、考えてみれば非道極まりない事だ。
「牢獄と言えば、まあそうだが……巨大な歓楽街が形成されていて、人によっては楽園のような場所だとも聞いた事がある」
「そうなんですか?」
「美味い食い物、美味い酒、そして女……欲望を満たす様々なものが、あそこには集まっていると聞く。トリフォリウムのサキュバスもあそこで店を開いているらしい」
ヒイラギの話を元に、私はダンジョンがどのような場所なのか想像する。
イメージとして思い浮かんだのがクロガネ王国の歓楽街だった。
暗い天井の下に光が満ち、華やかで、煩わしくもある街並み。
ダンジョンもそんな所なのだろうか。
「強者にとっての楽園であり、弱者にとっての墓場。それがダンジョンだ」
外の景色を遠い目で見つめながらヒイラギは言う。
そう言えば、彼は元冒険者だった。
やはり、ダンジョンと言うものに何か思い入れがあるのだろうか。
そんな事を思いながら、私も車窓の外を眺める。
トリフォリウム王国まで、まだまだ距離はある。
非常時とは言え、折角の機会だし、ヒイラギから色々と話を聞きたいものだ。




