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第13話「ミン王国で目覚める」

 目を覚まし、上体を起こした私の視界には床の上にあぐらをかく多くのゴブリン達の姿が入って来た。


「あ、シロメの姐さん! 起きましたか!」


 やがて、一匹のゴブリンが私の目覚めに気が付き、皆の視線が私の元に集まる。


 私は周囲を見回し、それから天井を仰ぎ見て、


「……ここは?」


 と、ゴブリン達に尋ねる。


 見知っている顔が多い事から、彼らは全員、グン王国のゴブリン達と思われる。


「ここはミン王国の詰め所です」


「……ミン王国」


「俺達、取り敢えずここに避難する事になったんですよ」


 ゴブリンの答えに私は俯き、直前までの記憶を辿ろうとする。


 そして____


「……思い出した」


 そうだ。


 私は”剣聖”アニェスと戦っていた。


 しかし、アニェスは不死身で、しかも”支配”の能力で動きを封じてもすぐに解除してしまう。


 ”支配”の能力はその使用回数が上限に達し、ついに私はアニェスとの真っ向勝負を強いられ……あわやその大剣の餌食となりかけた。


 だが、私は大剣の一撃をギリギリで回避し、”催眠術”の能力を使用する事で、彼女に私の死を錯覚させる。


 私を仕留めたと思い込んだアニェスは自陣に引き返して行き、一方の私はダン達の後を追う事に。


 それで……確か……力を使い過ぎた所為で、私は道の途中で眠りについてしまったのだ。


「シロメの姐さん、道端で倒れてたんで、俺達で担いでここまで運んで来たんですよ」


「そうなんだ……うん、ありがとう。助かったよ」


 ゴブリン達の厚意に素直な感謝の気持ちを述べる。


「ところで、ダン国王は? 一緒じゃないの?」


 周囲にダンの姿が無い事を確認し、そう尋ねる。


 尋ねられたゴブリンは頬を掻き、


「あー、何か……ミン国王と揉めてるみたいで」


「揉めてるって?」


「ダン国王はクロガネ王国まで俺達を連れて行くつもりみたいなんですけど、ミン国王としては、俺達をここに留まらせておきたいみたいで。それで、今、激しく言い争っている具合です」


 そう述べるゴブリン。


 私はふと、詰め所の出入り口に物々しい様子で立ち並ぶゴブリンの兵士達の存在に気が付く。


 彼らは武器を手に持ち、私達を険しく睨んでいた。


 あまり友好的とは言えない視線。


 私達がここから出ないように監視している事が一目で分かるような態度だ。


「ここは次の戦場になる可能性が高いので……奴らとしては俺達をこのまま前線で戦わせたいみたいですぜ」


「……なるほどね」


 グン王国が陥落し、次の騎士団の目標はミン王国となる可能性が高い。


 それを理解しているので、ミン王国としてはグン王国のゴブリン達を引き留めて、騎士団と戦わせたいのであろう。


 まあ、それは理解出来るのだが……それにしても、彼らの敵対的な態度が気に障る。


「アイツら、俺達が戦線を離脱したせいで、次は自分達の国が攻められるって……それで、俺達の事良く思っていないみたいです。自分達は援軍の一つも寄越さず、戦いを傍観していただけのくせに」


「……はあ……まあ、身勝手な……」


 と、呆れてしまう。


 自分達の国が攻められるのが嫌なのであれば、グン王国が侵攻されている時点で助太刀をするべきだろうに。


 と言うか、ミン王国は私がグン王国の使いとして一度救って上げている国だ。


 もっとこう……恩を返すとか、そう言うのはないのであろうか。


 ムカムカして来たので、道理と言うものを分からせるために、一発やってやろうかと立ち上がる私。


 その時だ。


「おやおや、ようやく目が覚めたみたいだねえ、シロメ君!」


 出入り口の方からゴブリンの兵士達を掻き分け、一人の男が姿を現す。


 誰かと思えば、アカツキだった。


「え、アカツキさん……どうしてここに?」


 こちらの疑問には答えず、アカツキは相も変わらない胡散臭い笑顔で、私の肩を叩いて来る。


「いやあ、心配したよ、シロメ君! でも、こうやって無事に生きていて一安心だ!」


「……はあ」


「ダン国王とミン国王が口論している所為で、今ちょっとだけ暇しててねえ。良かったら、君の口からこれまで経緯を聞かせて貰えないかい?」


 そう言って、地べたに座り込むアカツキ。


 有無を言わせないこの態度……やはり相変わらずだ。


 まあ、良いだろう。


 私も再び床に腰を下ろし、彼の要望に付き合う事にした。


「ええと、ですね____」


 時間も忘れて、ダラダラとこれまでの話をする私。


 私が話をしている間、アカツキは相槌を打つだけで、特に口を挟んでこなかった。


 やがて、話を終えると、


「まさか、ポレットとマノンがここに来ているとはねえ」


 ワクワクとした様子でそう口にするアカツキ。


「二人の事、知っているんですか?」


「当然さ。悪名高いコンビだよ。それに何と言っても、ポレットの方は僕にとって貴重なサンプルでもある」


「貴重なサンプル? ……そうなんですか?」


 アカツキは「ああ」と大きく頷き、


「ポレットはハーフドワーフなのさ。ハーフドワーフの存在自体はそれ程珍しくも無いのだけれど、彼女はハーフドワーフはハーフドワーフでも、ドワーフとエルフのハーフ。これが何を意味するか、分かるかい、シロメ君?」


 急に尋ねられ、私は頭を傾けて、


「えーと……仲が悪いとされているドワーフとエルフでも愛の結晶を育むことがある、とかですか?」


「ふっ……愛の結晶って、君」


 私の答えにアカツキが馬鹿にした様な笑みをこぼす。


 ……何だコイツ、ボコボコにされたいのか?


「種族の遺伝子の顕性に関わる事実が、また一つ明らかになったと言う事を僕は言いたいんだよ。即ち、ドワーフの種族の遺伝子はエルフの種族の遺伝子よりも顕性が高いと言う事をね」


 睨む私を気にせず、説明するアカツキ。


「ヒト族の子は、その父と母から異なる種族の遺伝子を引き継いだ時、混血種となる。つまり、ハーフなんちゃらとか呼ばれる種族になる訳さ。じゃあ、どっちの種族の特徴をより濃く受け継ぐのかと言えば、それは種族の遺伝子の顕性で決定する。例えば、片親から人間の、もう一方の親からエルフの遺伝子を受け継いだ子供がいたとする。この場合、人間の遺伝子よりもエルフの遺伝子の方が顕性が高いので、その子供はハーフエルフとなる」


 嬉々として話を続けるアカツキ。


「では、ポレットの場合はどうだろうか? 彼女は片親からエルフの、もう一方の親からドワーフの遺伝子を受け継いだ。その結果、ハーフドワーフとなった。この事から、ドワーフの種族の遺伝子がエルフの種族の遺伝子よりも顕性が高い事が判明した訳だ。まさに、彼女の存在は、歴史的発見そのもの。僕はね、ヒト族の種族の遺伝子の顕性に何かしらの意義を見出している者の一人なので、彼女の事は貴重なサンプルだと認識しているんだ」


 種族の遺伝子の顕性については、私も学校で習った。


 ヒト族はその両親から種族の遺伝子をそれぞれ受け継ぐ訳だが、同じ種族の遺伝子を受け継げば純血種に、異なる種族の遺伝子を受け継げば混血種になる。


 そして、種族の遺伝子には顕性と呼ばれる概念が存在し、これによって混血種はどちらの種族のハーフとして生まれ育つのかが決定する。


 アカツキが説明したように、ドワーフの種族の遺伝子はエルフの種族の遺伝子よりも顕性が高い。


 よって、エルフとドワーフの遺伝子を持つ者はハーフエルフではなく、ハーフドワーフとなる。


 ちなみに、ヒト族の全種族の中で、人間の種族の遺伝子の顕性が一番低い。


 即ち、ハーフ人間(ヒューマン)と言う種族は存在しないのだ。


「そうだ、そう言えば、君の”支配”の能力もどきの事なんだけど」


 と、話題を変えるアカツキ。


「その能力を”支配”と呼ぶのは止めた方が良いと思うよ」


 そういきなり忠告される。


 もう何度も指摘された事だが、私の”支配”の能力は実は”支配”の能力ではないらしい。


 何か別の、よく分からない力のようなのだ。


「名が体を決める事もある。間違った呼称で能力を使えば、その力が十全に発揮されないかも知れない。君がその力を”支配”の能力と呼ぶことで、その力は不完全な状態のままとなり、本来の”支配”の能力も発現しなくなるだろう」


「それじゃあ……この力、別の名前で呼んだ方が良いですかね?」


「そうだね。何か名前の案はあるかい、シロメ君?」


 私はしばし考え、


「”命令”の能力、とか」


 言葉の通りに他者を操る力____ならば、この名前がピッタリだろう。


 私の案を検討するようにアカツキは顎に手を添え、


「では、”オルドーノ”はどうだろうか?」


「……オルドーノ? えーと、古代語で“命令”を意味する言葉ですよね」


 何故、わざわざ古代語に言い直すのだろうか?


 その疑問に答えるようにアカツキは、


「君のその力はもしかしたら、魔族の能力の範疇にはないものかも知れない。だとすれば、他の魔族の能力と同様の命名をするのではなく、別の命名形式を用いる方が良いと思うよ」


「成る程」


 敢えて古代語の名前を付ける事で、他の魔族の能力とは区別すると。


「じゃあ、これからこの力の事を”オルドーノ”と呼びますね」


 そう伝えると、アカツキは満足気に頷いた。


「ところで、アカツキさんはどうしてここに?」


 再度尋ねる。


 私の事ばかりで、アカツキの事情は何も聞き出せないでいた。


「僕かい? 僕は____」


 アカツキは声を潜めて、


「リリウミアの騎士団と交渉するための使いさ」


「……交渉?」


「クトー王国の件は知っているだろう? クロガネ王国はあっちの対処に手一杯で、リリウミアの相手をしている余裕がない。だから、停戦のための交渉を行う」


 私は目を丸くして、


「いや、停戦交渉って……相手にもされないですよ」


 馬鹿げた話だ。


 魔族の提案など騎士団に受け入れられる筈がない。


「まあ正直、停戦は難しいだろうね。だけど、交渉を引き延ばすことで、彼らの足を遅らせる事は出来る。そのために僕は行く」


 ……いやいや。


「無謀ですよ。交渉の席にすら付いてくれないですって」


「いや、そうでもないんだよね」


 やけに自信ありげにそう述べるアカツキ。


「僕、あっちに知り合いがいるから」


「あっちって……騎士団にですか?」


「そう、ベルティーユって騎士だけど。前に会った時は聖日騎士団の副団長を務めていたお偉いさんなんだ。恐らく、まだ現役の筈だよ。彼女に交渉の席に付いて貰う」


「……ベルティーユ」


 その名前……聞いた事がある。


「確か、現職の聖日騎士団団長ですよ」


「おや、彼女、団長に出世したのかい? ははっ、それはめでたい!」


 私は訝し気な目をアカツキに向ける。


「あの……本当にベルティーユ団長と知り合いなんですか?」


「ああ、直接会った事もあるし、手紙の遣り取りも何度か」


 真面目なトーンで答えるアカツキ。


 どうやら、ほらを吹いている様子は無さそうだ。


「兎に角、彼女を交渉の席に座らせる事が出来れば、時間稼ぎが出来る。その間に、クトー王国との蹴りを付ける。僕はクロガネ王国存亡のための重要な役割を任されたと言う訳さ」


 こんな剽軽な男の双肩に王国の運命が掛かっているとは。


「でも、あんまり無茶はしない方が良いですよ」


「まさか、それを君に言われるだなんてね。無茶と言う言葉を体現したかのような君に」


 何も言い返せない。


「心配をするのであれば、ヒイラギ君の事も心配した方が良い。君、彼とはかなり仲が良いだろ。向こうの戦闘はかなり激しいものとなる。そして、ヒイラギ君はあれで戦闘狂の節があるからね。きっと、隣に彼と並び立てる者がいないと、一人で突っ走ってしまうだろうねえ」


 アカツキはそう言うと、姿勢を正し、懐から木札を取り出して私に寄越した。


「馬車の使用札だ。これで、一足早くクロガネ王国に向かってくれ。ヘイロン国王もそれを望んでいる」


 私は手渡された札を見つめ、


「……いや、でも……こっちは」


「まずは向こうが優先だ。こちらが心配なのは分かるし、君としては魔族とではなく、ヒト族と戦いたいのも分かる。だが、どうか、よろしく頼む」


 アカツキの口調がいつもよりも真剣なものだったので、私は思わず頷いてしまった。


「分かりました」


 先程、アカツキはヘイロンの名前を出した。


 であれば、意固地にならずに帰還するのが筋であろう。


 それに、私自身のためにも一度場所を変えた方が良いようにも思った。


 過小評価をしているつもりはなかったのだが、敵は想像以上に強大で、私は己の成長の必要を感じた。


 私はもう一段階強くならなければいけない。


 そのために、色々な戦場を経験するべきだろう。


「ご武運を」


「互いにね」


 私はクロガネ王国への帰還を決意する。

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