第9話「挫けぬ心」
悪夢のような時間だった。
終わらない責め苦。
途絶えない悲鳴。
私の前で母親に対する拷問は続いた。
おぞましい光景にがたがたと震えるだけの私と、苦痛に懸命に耐える母親。
私は涙が止まらなかった。
絶望と無力感に苛まれ、頭がどうにかなりそうだった。
〇
無限のように続いた拷問が終わり、気が付いた時には、私は母親と共に元の居房へと戻っていた。
床でぐったりとして動かない母親。
放心状態から回復した私はそっとその身体に近付く。
拷問後に着せられたゆるゆるの囚人服から覗く肌を見ると、鞭打ちによって付けられた傷は既に癒えている。
母親は高レベルの【自然治癒】のスキルを持っているらしいので、身体の回復も異常に早いのだろう。
「……お母さん……大丈夫……?」
恐る恐る尋ねると、
「……大丈夫よ、シロメ」
小さな返事が返って来た。
「……私、身体が頑丈だから……心配しないで……今はもう、なんともないから……全然、痛みもないし……」
母親は少しだけもどかしそうに、
「……でも、拷問後に逃亡防止用の麻痺薬を投与されてるから……身体は動かせないかも……ごめんね、心配させて……」
母親の腕がぷるぷると震えている。
私の頭を撫でようとして、それが適わないようだった。
「ごめんなさい、お母さん……私のせいで……私が____」
「シロメ」
母親は遮るように私の名前を呼び、声を潜めて、
「上を見て」
「……上?」
「……上……天井の隅……」
私は母親に言われるまま、天井を見上げる。
すると、暗い天井の隅に何かが取り付けられていた。
目を凝らしてよく見てみると、それは録音機だった。
私ははっとなって、母親の警告を察する。
この居房内での会話は記録されているのだ。
もし、不用意な事____私がハーフインキュバスである事をほのめかすような事を口にすれば、それは証言として扱われる。
私は再び母親と目を合わせ、その意図を汲み取った事を伝えるように頷く。
「……良い子ね、シロメ……貴方は賢い子よ」
僅かに口元で笑みを作る母親。
私も無理矢理笑みを作り、母親の身体を担いで、寝床へと運んだ。
「お母さん、私達……これから、どうなるの?」
母親を寝床に横たえ、ふと不安な口調で尋ねる。
母親は困ったように黙りこくった後、
「分からない、けど……下手な発言をしない限りは、すぐに処罰される事はないわ」
母親は私を励ますように、
「大丈夫よ、シロメ。……お母さんね、これでも友達は多いの。だから、きっと……何かしらの光明はある筈よ」
母親の目には、僅かな希望の光が宿っていた。
酷い責め苦を受け、絶望的な状況に追い込まれ、それでも、諦めない。
”剣聖”に相応しい、強い心の持ち主。
……それに対し、私はどうだ。
私のせいで、母親は酷い目にあっているのに。
直接、拷問を受けている訳でもないのに。
惨めに、弱々しく、震えているだけ。
情けない。
あまりに弱く、ちっぽけな存在。
私は本当に”剣聖”クロバの子供なのだろうか。
こんな、どうしようもない私が。
〇
投獄され____それから、地獄の日々が続いた。
出される食事は少なく、味も酷いものだった。
毎日、地下の拷問室へと連れられ、私は母親が責め苦を受ける様を見せつけられる。
カーラは嬉々として拷問を行った。
日に日にエスカレートしていく拷問。
最近では、鞭だけではなく、刃物も使用されるようになり、流血の量も多くなってきている。
通常の拷問に加え、母親の尊厳を奪う様な凌辱も行われた。
イライザ____以前に顔を合わせた、聖月騎士団に所属するアンリエットの妹が、母親を性的な玩具にしたのだ。
具体的に、母親がどのような事をされたのか。
それは、あまり思い出したくはない。
例えば、犬のような格好をさせたり、三角木馬に跨がせたり……そう言った屈辱的な母親の姿を、イライザは私に見せびらかし、
「ほら、シロメちゃん! どうかしら、貴方の母親の、このみっともない姿! うふふ、傑作よね! これが、かの有名な”剣聖”クロバだなんて! ああ、たまらないわ!」
羞恥に歪む母親と私の表情を、イライザは存分に堪能していた。
母親の心身を徹底的に破壊しようと目論むアンリエット達。
しかし、母親は決して挫けなかった。
痛みに悲鳴を上げる事はあっても、私がハーフインキュバスである事を認める気配はなかった。
アンリエット達が、拷問の矛先を私に向けようとすれば、必死にそれを制止し、私を守ろうとした。
どれだけ傷付き、辱められようと、母親は____母親だった。
終わりの見えない苦痛の日々。
この地獄に光明は存在するのか?
出口は本当にあるのか?
次第に、私の方がおかしくなっていった。
私が、この世に生まれたのは間違いだったのではないか。
私のせいで、母親は苦しみ、不幸に陥った。
私は存在するべきではない。
そう思い立ち、食事の時に出されるフォークで自害を図ろうとする。
フォークの先端を、自らの喉元に突き付け、そのまま押し込もうとした。
私が死ねば、母親は助かるのではないか____
「やめなさい、シロメ!」
母親は動けぬ身体のまま、私に叫ぶ。
私は、硬直し、そして……涙を流した。
「……大丈夫だから」
母親はなだめるように続ける。
「大丈夫だから……自棄にならないで、シロメ」
願う様に、母親は____
「貴方が生まれてきた事は、間違いなんかじゃない……だから、生きて……ただ生きて、シロメ……」
ただ、生きて。
母親はそう口にした。
ここは出口の見えない地獄。
絶望の中、その言葉が、私の支えになった。
母親が闘っているのだ。
私も闘わないといけない。
私はクロバの子____”剣聖”の子なのだから。




