第11話「”剣聖”アニェス」
“先に逃げろ”と言う私の言葉に大人しく従うゴブリン達。
「シロメ姐さん、どうかご無事で!」
そんな無事を祈る言葉を背に、私は”剣聖”アニェスと向き合う。
アニェスは手に持った大剣を曲芸のように振り回し、こちらを観察している様子だった。
「あれあれ、全員逃がしちゃうんだ? 助太刀を頼まなくても良いの? 言っておくけど、私、かなり強いよ?」
「……だろうね。きっと、真正面から戦っても、勝てないと思う」
私の言葉にアニェスは「ふーん」と意味深な笑みを浮かべる。
「真正面からじゃ勝てない。だけど、勝算はあるんだよね? 真正面からは戦わない方法で」
「さあ、どうかな」
「楽しみだなあ! どんな手で私に勝つつもりなのかなあ!」
お互いの腹の内を探り合う様に、私達は言葉を交わす。
アニェス____“剣聖”を相手に真っ向勝負を仕掛ける気は無い。
私も随分と力を付けたが、さりとて……いや、だからこそ、身の程を知っている。
であれば、卑怯な手だろうが、勝って生き残るために、手段は選ばないつもりだ。
「____”動くな”!」
やにわに、私はダガーを持っていない方の手の平をアニェスに差し向け、そう命令する。
”支配”の能力。
ヒト族であれば、言葉の通りに操る事が出来る力だ。
如何に”剣聖”だろうが、この力の前には為す術がない筈。
果たして、その効果は____
「おお!」
と、インキュバス紋に包囲され、驚きの声を発するアニェス。
「これは、凄い! 本当に身体が動かないや!」
どうやら、無事、”支配”の能力が通用したようだ。
しかし、何か様子が変だ。
動きを封じられ、絶体絶命のピンチだと言うのに、アニェスは呑気な態度を変えない。
もっと、慌てふためいてくれても良いのに。
……だが、そんな事はどうでも良い。
じっくりと”剣聖”の奇行を観察するつもりはない。
このまま、何か行動を起こされる前に、アニェスの息の根を止める。
「死ねッ!!」
私はすぐさまダガーから黒い光を放ち、それをアニェスに向ける。
黒い閃光が、少女の身体に収束し____その身体を真っ二つにした。
飛び散る鮮血に千切れる胴体。
それは、”剣聖”の死を意味していた。
「……え……やった、のか?」
余りの呆気ない勝利に私は拍子抜けしてしまう。
いや、これは計画通りと言うか、想定通りの結果なのだが。
それでも、あの”剣聖”を相手にこんなあっさりと勝てるものなのかと、疑念を抱いてしまう。
「……死んだ……のか?」
私は警戒しつつ、アニェスの千切れた身体に近付く。
すると____
「なっ!?」
それは全てが一瞬の内に起きた事だった。
まず始めに、アニェスのバラバラになった身体が光の粒子となって消失したかと思うと、同じ地点に一糸まとわぬ姿のアニェスが出現した。
そして、全裸の”剣聖”は近くに落ちていた大剣を手に取り、凶悪な笑みと共に、その巨大な刃を私に振るう。
私はほぼ反射的に斬撃をかわし、背後へと大きく跳躍した。
「へえ! 良い反応だね! さすがはクロバの子供!」
アニェスは地面に落ちていた血濡れのマントを拾って身に纏い、私に無邪気な笑顔を向けた。
「……死んで、いない?」
……一体、今何が起きた?
先の一撃でアニェスは絶命した筈。
それなのに、今彼女は無傷の状態で目の前に立っている。
幻術の類か?
いや、アニェスの血濡れの衣服が、確かに彼女が致命傷を負った事を証明している。
だとすれば____
「生き返った、のか」
死んで、生き返った。
今起きた事象を、そのまま受け入れるより他なかった。
「ふふん! そう、生き返ったんだ! 私、定命の種族、ピクシーだから!」
「……ピクシー」
「あれ、ピンと来ていない顔だね。まあ、珍しい種族だから、知らない人もいるらしいけど。でも、名前くらい聞いた事ない?」
……確かに、名前は聞いた事はあるが……どのような種族なのか、あまり詳しくは知らない。
「定命の種族ピクシー____私達は定められた寿命を持っている。生れた瞬間に、その最期の時間が決められた存在なんだ」
と、親切に説明を始めるアニェス。
「私達の身体はマナって呼ばれる魔力の塊で構成されている。そして、時が来ればマナは崩壊して、私達は消えてなくなる。つまり、死ぬ。そして、その最期の時間は、他のヒト族が何らかの努力でその寿命を延ばすのと同様に延ばすことは出来ない。だけど、その代わり、その時が来るまで、私達は決して死なない。いや、死にはするけど、生き返るって言った方が良いかな?」
つまり、それって____
「不死身の種族って事か」
「ははっ! まあ、確かに、不死身の種族だね! 寿命を迎えるその時までは!」
「……いくら殺しても、お前はその度に蘇るんだな」
だとすれば、私がアニェスに勝つ事は不可能なのではないか。
殺しても蘇る相手に、殺し合いでどう勝利すれば良いと言うのだ?
思わず後退りしてしまいそうになる私だが。
「____“動くな”!」
立ち向かう様にアニェスを睨み付け、再び、”支配”の能力を使用する。
不死身の存在を殺す事は出来ない。
それは理解した。
ならば、殺す事は諦める。
その代わりに、仲間達が撤退を終えるまで時間を稼ぐ。
それが今の私が為すべき事だ。
”支配”の能力を持つ私ならば、”剣聖”アニェスをこの場に縛り付けておく事が可能だった。
「!?」
しかし、“支配”の能力が発動し、インキュバス紋がアニェスを包囲するその瞬間の事だ。
突然、アニェスの身体が赤く発光し始めた。
その異変に身構える私だが、さりとて、”支配”の能力は効いているようで、彼女の動きはぴくりと止まっている。
「……な、何だ」
不気味に発光するアニェスとしばし見つめ合う事になる私。
ただ、無言でこちらを見つめるアニェスに底知れぬ恐怖を感じてしまう。
そして____
「なっ!?」
奇妙な時間の果て、急に発光が止まったアニェスの身体が傾いだかと思うと、彼女を包むインキュバス紋が崩壊し、その手にある大剣が目前に迫って来た。
なんと、アニェスは私の”支配”の能力を解き、疾駆と共に斬撃を放って来たのだ。
「やあっ!!」
「……くっ! 【赤電】ッ!」
アニェスの斬撃をギリギリで回避した私は【赤電】のスキルを発動させ、赤い稲妻のドームを展開して己の身を守りつつ、背後に跳躍して彼女との距離を取る。
十分に距離が開いた所で、アニェスと再び見つめ合う事に。
彼女はしてやったりと言う顔をしていた。
「……何が起きたんだ」
困惑の声を漏らす私に、
「君の能力についてはポレットから聞いている。そして、その手の能力に対処する方法を私は心得ている! だから、私が来たのさ!」
アニェスは得意気な笑みを浮かべて、
「その能力は死ねば解除される類のものだ。それは、最初の私の死で明らかになってる。じゃあ、対処法は簡単! それは自害! 自ら死ぬことで、その力を無効化出来る!」
「……自ら死ぬことで」
それは……何とも、無茶苦茶な方法だ。
「私は“絶死ノ境地”と呼ばれる魔法を体得している。この魔法は数秒間、身体能力を飛躍的に向上させる代わりに、使用後には絶命してしまうものさ。他の種族にはデメリットが大きすぎる魔法だけど、ピクシーの私には関係ない。いや、それどころか、デメリットである筈の死を今みたいに利用する事が出来る!」
そう説明するアニェスの身体が再び赤い光を放ち始める。
恐らく、赤い発光は“絶死ノ境地”の発動を意味しているのだろう。
「”動くな”!」
”支配”の能力で再びアニェスの動きを止める私。
しかし、アニェスの発光が止まった瞬間、即ち、”絶死ノ境地”の持続時間が終了してその術者が死を迎えた瞬間____
「ははっ! 無駄無駄!!」
即座に蘇生したアニェスが赤い発光と共に私との距離を詰め、斬撃を放とうとする。
「ッ!! う、”動くな”!!」
アニェスの大剣が届くより先に、私の”支配”の能力がその動きを止めた。
「もー、無駄だって。何度やっても私は死んで蘇るよ!」
「……くそっ」
「まあ、好きにすると良いよ。でも、その力、無限に使い続けられる訳じゃないよね?」
その後、私とアニェスは”支配”の能力と”絶死ノ境地”を交互に使用し、同じ一幕を繰り返し続けることに。
だが、アニェスが言ったように、私は無限に能力を使い続けられる訳ではないので____
「……ッ」
「どうやら、限界が来たみたいだね!」
私がこれ以上能力を発動する事が出来ない事を悟ったアニェスがぎらついた笑みを見せる。
「じゃあ……正々堂々、真っ向勝負と行こうか!」
赤い光を纏ったアニェスが大剣を手に私の元に疾駆する。
速い____余りにも、速い!
大振りの斬撃を危機一髪回避し、続く返しの一撃を頬に掠らせる私。
それは、恐らくアニェスにとって様子見の攻撃に過ぎなかったのだろうが、私はその対処にほぼ全力を注がねばならなかった。
”剣聖”の名を持つ少女。
その称号は伊達ではない。
圧倒的な実力差が私達の間には存在する。
分かってはいた事だが……真正面から戦っても、勝てない。
「さあ! クロバの子供なら、これぐらいで音を上げないでよね!」
「くうっ!!」
次々と斬撃を繰り出すアニェス。
その回数を重ねるごとに、剣筋の鋭さは増して行く。
速く、速く、更に速く____
やがて、アニェスの剣速が私の反応速度の限界を越えようとして、
「貰った!」
歓喜の声と共に、終わりの一撃が私に放たれた。




