第9話「妹への疑念」
再びの会議場では、ポレットとマノンに対する叱責が飛んでいた。
どうやら、予測地点にグン王国の残党を発見したポレットとマノンは、敵勢力を一網打尽にするべく化学兵器を使用したようだった。
それに対し、騎士団の重鎮達は怒りをあらわにする。
「ヒト族が囚われていたのかも知れないのに、毒ガスを用いるとは何事だ!」
残党がヒト族を擁していた可能性があっただけに、二人の行動は軽率としか言いようがなかった。
もしかしたら、保護するべき対象を殺してしまったかも知れないのだ。
会議場の怒りに対し、マノンは青ざめた顔で反省する素振りを見せていたが、ポレットは平然とした表情で、
「まあまあ、いいじゃないですか」
「……貴様! 良い訳が____」
「孕み袋として囚われていた女性は収容所に放棄されていましたし、彼らがヒト族を擁していた可能性は低いと思われますよ。私が残党だったら、お荷物になるような存在をわざわざ連れて行こうとは思いませんけどねえ」
ポレットの意見も一理ある。
騎士団は収容所のような場所に孕み袋として囚われていた女性達を救出する事に成功した。
グン王国に存在するヒト族はそれで全てと考える事も出来る。
彼女の言う様に、合理的に考えれば、残党はわざわざお荷物になるようなヒト族を連れて退避などしないだろうし、化学兵器を使用した場所にヒト族がいた可能性は低い様にも思われる。
「それよりも、ですよ! 私、例の半魔に出会ったんです!」
例の半魔____シロメの事だ。
「高汎用性自律型ロボットとの視界及び聴覚共有が継続する限り、アレの戦闘を観察したのですが、予想以上の強敵でして____」
嬉々としてシロメについて語り出すポレット。
話を聞くに、いつの間にかシロメは化け物じみた強さを得ているようだった。
初めて会った時は、あんなに弱っちそうだったのに……もしかしたら、今はもう私と比べても劣らない程なのでは?
クロバの子供なだけはある、か。
「皆様、少しよろしいでしょうか」
と、不意に会議場の最後方から澄んだ声が響き、ポレットの話を遮った。
皆の視線が背後に集まる。
誰かと思えば、そこに居たのは会議には不参加の予定だったイライザだった。
「イライザか。どうした? 会議には不参加だと話を聞いていたが、何か急の用件でも?」
「ええ、そうです」
尋ねるベルティーユに頷き、イライザが前へと進み出る。
「たった今、有益な情報を入手しましたので、皆様と共有をしようと」
そう前置き、ベルティーユが「話してくれ」と促すと、イライザはいつもの落ち着いた様子で話し始める。
「クトー王国と言うヴァンパイアの国がクロガネ王国に宣戦布告をし、両国間で戦争が始まるようです。これに伴って、クロガネ王国及びその属国群からほぼ全ての戦力が二国間の戦線に投入されます」
「……魔族の国同士で争いが始まると言う事か」
「ええ、クトー王国は今の状況をクロガネ王国に攻め入る好機と見なしたようです」
……魔族の国同士の争い。
どうやら、クトー王国とやらは火事場泥棒を働こうと言う魂胆らしい。
「これは我々にとっての好機となり得ます。戦力があちら側に割かれるとなれば、それに乗じてこちらの進軍は容易になります」
ベルティーユはイライザがもたらした情報を吟味するように腕を組み、
「なるほど……確かに、それは我々にとって、この上なく有難い話だ。だが、その話の信憑性は? イライザ、その情報は何処から手に入れた?」
「捕えたゴブリンの数匹を個別に尋問し、それぞれの口から吐き出させました。嘘が判明したら、拷問すると脅しましたので、罠に掛けるための偽の情報である可能性は低いかと」
イライザの話に会議場は騒がしくなる。
彼女の情報が正しいのであれば、これに乗じる以外の手はない。
今なら、楽に魔族の国々を制圧する事が出来るだろう。
ベルティーユは決心したように、
「ならば、進軍速度を上げるとしよう。一気呵成に魔族達を叩く! 無論、罠は警戒するが」
そう宣言する。
「それと、例の厄介な半魔についてだが、居場所が判明している今、”剣聖”アニェスをぶつける。すぐにでも彼女を出動させよう」
と、付け加えるベルティーユ。
今次戦争において、強敵と遭遇した際の対処法は事前に決まっていた。
それは”強者には強者を”と言うシンプルなやり方だ。
一般の騎士達は遅滞戦闘か、さもなくば、逃亡を推奨され、エース級の騎士の到着を期する事になっている。
そして、緊急時以外はその力を温存させていたエース級の騎士達が全力を以て強敵と戦う。
そのエース級の騎士達の一人がアニェスだった。
どうやら、居場所が判明している今、アニェスにシロメを討伐させようと言うつもりらしい。
ポレットの説明では、どうやら、シロメは相手の行動能力を奪う力を使うようだが、アニェスにはその手の能力に対応する術があった。
ベルティーユの配役は適切にして迅速と言えよう。
「……イライザ?」
ふと、イライザの表情が目に留まる。
いつも通りの涼し気な表情……に、見えるかも知れないが、姉である私には普段のそれとの若干の差異が気になった。
まるで、獲物を狙う獣の様な顔にも見える。
この表情をしている時のイライザは、図り事の最中である事が多い。
……何か隠し事でもあるのだろうか。
そう言えば、イライザはクトー王国の宣戦布告の情報を尋問で聞き出したと言っていたが……よくよく考えれば、それは胡乱に思える。
尋問用に確保しているゴブリン達は開戦初期に”地下水道”の地理を把握するために捕らえた者達ばかりだった。
即ち、最新の、それも遠方の情報を知っている筈がない。
つまり、イライザは私達に嘘を吐いている。
「……怪しい、わね」
イライザが騎士団を罠に掛けようとしている?
いや、でも……彼女がヒト族に仇成す理由がない。
謎の多い妹であるが、イライザはヒト族を裏切るような存在ではない。
……だが……いや……分からない____
「……少し、探りを入れる必要があるわね」
イライザの事は信じているが、さりとて、このまま見過ごす事も出来ない。
白であれ黒であれ、はっきりさせなくては。




