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第8話「クトー王国のヴァンパイア」

 ヴァンパイアは人の血を糧とし生きる魔族だ。


 オーガと同様、戦闘能力が高く、やや傲慢なきらいがあって、”地下水道”においては他の魔族を支配する立場にある。


 ただ、両者の気質は正反対で、豪胆で実直さを美徳とするオーガに対し、ヴァンパイアは気品を重んじ、そして大の皮肉家であった。


 オーガとヴァンパイアはそのため、犬猿の仲なのだ。


 クロガネ王国王宮____


 そんなそりの合わない2つの種族は、香の匂いが立ち込める豪勢な客間で顔を突き合わせていた。


 長机を挟んで片側にヴァンパイアの一団。


 もう片側にはオーガの一団とそれに混じる獣人の俺。


 一触即発とまでは行かないが、険悪な空気が室内に漂っていた。


 正面に居並ぶヴァンパイア達を前に、思わず腰元の刀に手が伸びそうになる。


「今、何と言った?」


 俺達、オーガの一団の代表者であるヘイロン国王が、今しがた話を終えたヴァンパイアの一団の代表者であるクトー王国国王ベルナールにどすのきいた声で尋ねる。


 ベルナールは嫌みったらしく溜息を吐いて、


「おやおや、話が長かった所為で、オーガの脳では理解出来なかったのかな? ならば、貴殿にも分かるように簡潔に用件をお伝えしよう。リリウミアの騎士団との戦闘を即時中止されよ」


 ベルナールの言葉にオーガ達は騒然となる。


 怒号が飛び、立ち上がり身を乗り出す者もいた。


喧騒が最高潮に達した時、ヘイロン国王は拳で机を叩き、


「突然、何の報せも無しに我が国に足を踏み入れ、図々しくも俺様との面会を要求し、話し合いの席を強引に設けさせたかと思えば……何をたわけた事を!」


 牙をむいて咆えるヘイロン国王にベルナールは涼しい顔で肩をすくめる。


 リリウミアの騎士達を迎え撃つべく、シロメが先行して戦いの最前線に赴いたその翌日、援軍の準備を整えていたクロガネ王国の元にベルナール率いるクトー王国のヴァンパイア達は訪れた。


 突然の来訪だったが、ヘイロン国王は不本意ながらもクトー王国の一団を迎え入れ、家臣達を集めて会合の場を設ける事にした。


 俺も召集を受けた一人で、今こうしてヴァンパイア達と相対している訳だ。


 こんな緊急時にどのような用件かと思えば、どうやら彼らはクロガネ王国にリリウミアの騎士団との戦闘中止を要求しに来たらしかった。


「別に馬鹿げた事を要求しているつもりはないのだが」


 ベルナールは冷笑を浮かべる。


「さっきも説明しただろう? リリウミア側の要求は遭難者達の返還。貴殿らが矛を収め、捕えたヒト族を解放すれば戦いは終わるのだ」


「……ふん!」


 ヘイロン国王は腕を組んで、ベルナールを睨み付ける。


(いくさ)上等! リリウミアの騎士団など返り討ちにしてくれるわ!」


「ふう……やれやれ、これだからオーガは」


 ベルナールはふと紙束をヘイロン国王の前に放り投げ、


「貴殿、『H文書』を知らない訳ではないだろう?」


 皮肉っぽく尋ねる。


 ヘイロン国王は紙束を拾い上げ……それから、豪快にそれらを破り捨てた。


「貴様に言われるまでもないわ! だが、『H文書』など俺様には関係ない!」


 ぶっきら棒に吐き捨てるヘイロン国王。


 破られた紙片の一つが俺の前にふわりと舞い降りて来た。


 さっと紙面に目を通すと、どうやらそれは『H文書』の書き写しのようだった。


 『H文書』____ヒト族と魔族との間で勃発した先の大戦の秘密の講和条約の内容を記したものだ。


 講和条約と言ってもあくまで秘密のものであり、その存在について知る者は少ない。


 一部の支配階級の魔族及びその家臣団と、ヒト族側は”H氏”なる者との間で取り交わされた約定であり、この密約を以て戦争は終結し、その後の”地下水道”の在り方が決定されたのだ。


 その大骨となっているのは、相互不干渉の原則。


 ヒト族はヒト族の領域で、魔族は魔族の領域で生活し、互いに関りを持たないと言う決まりだ。


「『H文書』には両種族の不戦の誓いが記されている。それを破られては困るのだよ」


「不戦など馬鹿げたことを。いや、そもそも、此度の戦はリリウミアから仕掛けて来たものだぞ! 矛を収めるのであれば、奴らが先ではないのか!」


「その原因を作ったのは貴殿らだろう。そもそも____」


 ベルナールは破られた紙束を指差し、


「『H文書』に記述されているように、ヒト族の捕獲は禁じられている。貴殿らの行いはそれに違反しているのだ。今回だけではない。今まで、大目に見てやっていたが、我々は貴殿らが未だ何処ぞからかヒト族を攫っているのを知っているぞ。今までは看過してきたが、さすがに此度はそうはいくまい」


 ヘイロン国王はベルナールの言葉に舌打ちをして、


「ふん、貴様の国のヒト族牧場は良いのか」


「貴殿、本当に文書の内容を知らないようだな。文書によると、ヒト族牧場の存在は認可されている。ほら、丁度そこ、”人道的な経営が為されている限りにおいて、ヒト族牧場の存続を認めるものとする”と記されているではないか」


 嫌みったらしくベルナールは言い放つ。


 魔族の中には、ヒト族の存在がその営みに必要な種族が存在する。


 例えば、ゴブリンはその繁殖にヒト族の母体を必要とするし、ヴァンパイアは生命活動そのものにヒト族の血液を必要とする(一応、魔族の血液でも代替が可能なようだが、栄養効率が段違いなようだ)。


 そのため、地上に出る事のない”地下水道”の魔族達にとって、ヒト族の所有は必要不可欠とも言えるのだ。


 『H文書』にはそんな魔族側の事情を考慮して、ヒト族牧場の存在を認可する一文が存在している。


 ヒト族牧場とは、その名の通り、ヒト族を家畜として飼育する施設の事だ。


 同じ牧場内で何世代にも渡ってヒト族を繁殖させるため、血の濃さを考慮して必然的にその規模は巨大なものとなり、それを経営する事が出来る国は限られてくる。


 クトー王国は数少ないヒト族牧場を有する魔族の国であり、”地下水道”内におけるヒト族の輸出大国であった。


 先程までのヘイロン国王とベルナールの遣り取りから、まるでベルナールがヒト族に友好的な魔族であるかのような印象を受けるがそうではない。


 ベルナールがヒト族の肩を持ち、『H文書』の遵守を求めるのは、ヒト族の輸出大国としての地位を確固たるものとし、”地下水道”内における覇権を握るためなのだ。


「人道的な経営、か……人を家畜として扱う時点で、人道的な訳がないだろう……卑しい外道が」


 思わず、ぽつりと呟く。


 俺はヴァンパイアと言う種族が嫌いだった。


 他の魔族と同様、残虐性を本質として有し、数々の蛮行を行っているにもかかわらず、上っ面の気品でそれらを覆い隠す種族だからだ。


 まるで、ヒト族と魔族の悪い所取りをしたような奴らだと思っている。


 俺の言葉を耳ざとく拾ったようで____


「貴殿、名は何と言う?」


 ベルナールの視線がこちらに向く。


「ヒイラギですが」


「そうか、ヒイラギか。時にヘイロン王よ」


 ベルナールは冷笑を浮かべ、


「他国の王と会談するのにペットの獣を持ち込むのはどうかと思うぞ」


 国王の言葉に臣下のヴァンパイア達がくすくすと笑い声を漏らす。


 ペットの獣。


 それはヘイロン国王を介して俺に向けられた侮蔑の言葉だった。


 ヘイロン国王は僅かに眉を吊り上げたかと思うと、


「獣ならば、貴様らヴァンパイアもそうであろうが。ん、いや、コウモリは鳥類だったか?ふむ、獣か鳥か……お前はどう思う、ヒイラギ?」


「蚊は昆虫ですが」


「ははっ、そうであったな! お前の言う通り、虫であったな!」


「……なっ……虫」


 この咄嗟の意趣返しに、ベルナールは額をひくつかせ、静かな怒りを現していた。


 今のはそこそこに良い返しだったのではないか。


 ベルナールはふうと怒りを静めるように溜息を吐いてから、


「野蛮人共が……まあ、良い……兎に角、リリウミアとの戦闘は断固として認められない。もし、戦闘を止めるどころか、貴殿らが軍を派遣するような事があれば、我々は軍事力で以てそれを制止する」


 ベルナールは立ち上がり、


「話は以上だ。これにて失礼する。何時までもむさ苦しい鬼どもの顔を見ていたくはないのでな」


 そんな捨て台詞を吐き、こちらの言葉も待たずして勝手に退室を開始する。


 ヴァンパイア達が去って行くと、室内には再び喧騒が満ち始めた。


「ヴァンパイア共が! ふざけやがって!」

「奴ら、ヒト族の肩を持つつもりか!」

「今度会ったら捻り潰してくれるわ!」


 激怒するオーガ達の中、ペイハイは腕を組み、冷静な面持ちで何か考え事をしているようだった。


 俺はペイハイに近付き、


「ペイハイ、お前はどうするべきだと思う」


「どうするべき、か。難しい状況だな、これは。奴ら、もし我々が援軍を送れば、それを阻止するために軍事力を行使すると言っている。いや____」


 ペイハイは苦い表情を浮かべ、


「恐らく、クトー王国は此度の一件を好機と見ている。我々が軍事力をリリウミアとの戦いに割けば、それは大きな隙となる。そして、奴らは『H文書』だとかを持ち出して、クロガネ王国に攻め入る大義名分を得ようとしているのだ」


 ペイハイの意見に俺も同意だった。


 クトー王国のヴァンパイア達はこの機会にクロガネ王国を獲ろうとしている。


 『H文書』の遵守だとかは、本当はどうでも良いのだろう。


「奴らの事など、知った事か!」


 そう怒声を放ったのはヘイロン国王だった。


「愚かなヒト族を撃退する! そして、それを邪魔するのであれば、ヴァンパイア共も容赦はしない! 皆、それで異存はないな!」


 ヘイロン国王の言葉に応じ、オーガ達が各々賛同の雄叫びを上げる。


 どうやら、戦いの方針に変更はなく、援軍は送られる事になりそうだ。


 慎重になった方が良いとは個人的に思うのだが……それがオーガの性に合わない事はもう既に理解している。


「さあ、ヴァンパイア共に無駄な時間を取られてしまったが、今より迅速に派兵準備を整えようぞ!」


 頼もしい国王の言葉。


 その後、直ぐに援軍の準備が進められたのだが……。


 ____しかし、援軍の派遣は叶わなくなった。


 と言うのも、ベルナールが去ったその半日後、クトー王国は『H文書』の遵守を大義名分として掲げ、クロガネ王国に宣戦布告をして来たからだ。


 このあまりに突然の宣戦布告にヘイロン国王含めクロガネ王国のオーガ達はど肝を抜かれ、その対処を余儀なくされた。


 元より、ベルナールはクロガネ王国に侵攻する予定だったのか、既に戦いの準備を済ませたクトー王国の大軍が、クロガネ王国周辺に集結していたらしい。


 会合はあくまでも話し合いの場を設けたと言う(てい)を成すためのものだったのだろう。


 どこまでも、醜悪な連中だ。


「クソッ! 忌々しくも卑しいヴァンパイア共が! よくもやってくれたな!」


 臣下達を再集結させたヘイロン国王が怒りの感情を露わにそう叫ぶ。


「良いだろう! ヒト族の前に、まずは魔族の面汚しどもを蹴散らしてくれるわ! 皆の者、ヴァンパイア共を皆殺しにしてやるぞ!」


 かくして、クロガネ王国とクトー王国との戦争が始まる事となる。


 そして、クトー王国との戦いに全戦力を回すため、リリウミアとの戦いに割く戦力はクロガネ王国には残っていなかった。


 グン王国の、そして先行したシロメの身を案じつつ、援軍を送る事が叶わなくなった旨の報せをグン王国へと断腸の思いで飛ばす事に。


「あちらは無事だろうか」


「シロメならば、大丈夫だろう」


 戦いの準備を進める中で、そんな不安気な呟きをペイハイに聞かれる。


「それよりも、クトー王国だ。卑劣な奴らだが、その力は侮れん。全身全霊でもって迎え撃たねば、クロガネ王国は滅亡する」


「……ああ、その通りだな」


 あちらも心配だが、こちらだって大事だ。


 クトー王国の力はクロガネ王国のそれに匹敵する。


 万全の準備を完了させた彼らを相手にするとなると、こちらは相当の覚悟で挑まねばならない。


 ……既に乱世の状態にある”地下水道”だが、今、戦いの炎が更に燃え広がろうとしているようだ。

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