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第4話「撤退の判断」

 目を覚ました私は、いつの間にか自身が気絶していた事実に気が付く。


「……! しまった! 戦いは____」


 慌てて起き上がる。


 傷が癒えたら、すぐにでも戦場に再突入すると意気込んでいた私。


 どうやら、休息の最中に疲労からか寝落ちしたようだ。


 呑気に眠りこけていたとは何とも不甲斐ない。


 戦況は依然こちらが押されている。


 一刻でも早く、前線に助太刀しないと。


「おいおい、そう慌てなさんな」


 浮足立つ私に、ダンの気の抜けるような声が掛けられる。


 はっと声の方に向き直ると、持ち運び可能な小さな丸椅子に腰掛けたダンがそこにいた。


 私は問い詰めるように、


「ここはどこですか!? 私はどれくらい眠っていましたか!? 今、戦況はどうなっていますか!?」


「だから、そう慌てなさんな」


 呆れた視線をこちらに向け、ダンはなだめるように両の手の平で私に着席を促す様な仕草をした。


 私はダンの真正面にある椅子に腰掛け、深呼吸をする。


 ゴブリンの王はこちらが落ち着きを取り戻したのを確認すると、静かに口を開く。


「ここは野営地の救護テントの中だ。そして、今はお前が戦場から帰還してから約6時間が経過している」


 順番に私の問いに答えていくダン。


「で、戦況なんだが……お前が想像以上に暴れてくれたおかげで、相手方の進撃は一時的に停止した。まあ、でも、一時的にだと思うぜ。恐らく、明朝までに態勢を整え直して、再度侵攻を開始するだろうさ」


 ダンは肩をすくめて、


「お前は想像以上に暴れてくれたが、あっちさんの暴れ具合も相当なもんでな。俺達は想定以上に消耗した。人員も、武器も、もうほとんど底が見え始めている。だから、俺達が取る選択は一つだ」


 ダンは諦観したような口調で告げる。


「グン王国を放棄する」


 それは軽い口調で放たれた言葉だったが、鈍く、ずっしりとした重みのあるものだった。


 私は目を丸くして、それから歯軋りをした。


「……王国を放棄するって」


「だが、奴らに俺様の国をくれてやるつもりはない。持ち出せるものは全て国外に持ち出す。そして、王国には代わりの土産として、罠を仕掛けてやるつもりだ。地雷をたくさん設置して、後は街中に毒をばら撒く。ああ、そうだ、狂暴な魔物達を街におびき寄せてやるのも良いな」


「いや、ちょっと待って下さいよ!」


 私はダンの言葉を遮る。


「クロガネ王国からの援軍が到着するまで、私が時間を稼ぎますよ! いや、何なら、私達で騎士達を全滅させて____」


「いやいや、シロメ。現実的な話をしようぜ」


 ダンは私を説き伏せるように、


「戦争って言うのは、総力戦なんだよ。ただの集団戦闘とは訳が違う。仮にお前が一度に100人の騎士達と戦って絶対に勝つ事が出来るとしても、戦争の中では100人の騎士達を相手に敗北する事もある。この意味が分かるか?」


 ダンの言葉に私はきょとんとする。


 こんな時に一体何の問答だ?


 と言うか、ダンの言葉は矛盾していないだろうか。


 彼が何を言いたいのか訳が分からないのだが。


「いや、難しい事を聞いているんじゃないぞ、俺は。現実の話をしているだけだ。例えば、お前1人と100人の騎士達とが戦争をするとする。そして、お前には100人の騎士達以上の戦力があるとする。騎士達はきっと、真正面から全戦力をお前にぶつけたりはしない。何か策を仕掛けて来る筈だ。罠を仕掛けたり、あるいは持久戦に持ち込んだり。戦争は1度の衝突で勝敗の全てが決まるものじゃねえから、きっと騎士達は敢えて敗戦を重ねつつお前を消耗させて、体力が尽きた所でとどめを刺してくる。その様子だと、お前も既に、それを痛感したんじゃないのか」


 ボロボロの身体の私を指差すダン。


 確かに、実際に私は戦況をひっくり返すことが出来なかった。


 過大評価になるのかも知れないが……戦力で言えば、私はもっと大きな戦果を上げられる筈だった。


 それこそ、騎士達を撤退に追い込む程の結果が伴っても不思議ではなかったように思う。


 だが、現実の結果は違う。


 騎士達は自軍の被害を巧みに抑えたし、後少しの所で、私を仕留める所だった。


「それと、クロガネ王国からの援軍だが、多分、いや絶対に間に合わねえと思うぞ」


「……間に合わないんですか?」


「お前、クロガネ王国からここまで軍を動かすのに、どれくらいかかると思う?」


 ダンに問われ、


「……半日くらいですかね」


 私はそれくらいでここに到着した。


 ダンは私の答えに首を横に振り、


「それは、馬車で最短距離を全速力で飛ばせばの話だろ。お前、言っておくが、クロガネ王国が軍を動かすのに馬車は使えねえぞ」


「え、そうなんですか?」


「クロガネ王国が保有する馬車の数は10台余りだ。その内、ほとんどが交易用で使用中。軍を動かすのに使うのには数が少なすぎる」


「たった10台余りって……あ、でも、そうか」


 その少なさに驚く私だが、考えれば当然のように思える。


 ”地下水道”は地形的に馬車での移動が難しい場所が多い。


 主要な交通手段として発展するには条件が悪すぎる。


 と言うか、この地底で馬車が存在する事自体、おかしな事だった。


「いいか、そうなると、兵士達はクロガネ王国からここまで徒歩での移動になる。重たい物資を担いでだ。しかも、最短距離を移動する訳じゃない。体力を回復するために、途中の街に寄り道するし、”地下水道”は時間帯によって、通行が不可能な場所があるから、大きな迂回行動をする必要もある。そうなると____」


 ダンはピンと人差し指を立て、


「およそ7日。クロガネ王国からここまで軍を動かすのに、7日必要だ」


「え! そんなに、ですか!?」


 私は半日で移動出来たので、そのギャップに驚いてしまう。


「そして、7日もあれば、俺達はとっくに全滅している」


「……」


 ダンが告げる絶望的な予測に私は押し黙る。


 しばらく、沈黙が続き____


「ダン国王、報告です! 各国からの返答ですが、一様に返還願いを拒否されました!」


 と、テントの中に一匹のゴブリンが慌ただしく押し入り、ダンに向けて大声で告げる。


 ダンはその報告を受け取り、


「返還は拒否、か。まあ、そうだろうなあ。ははっ、まあ、仕方ねえよ、ゴブリン共は強欲で薄情な奴らだからな」


 そう独り言を呟いた後、


「分かった、じゃあ、手筈通り、国外避難の準備を進めてくれ。騎士達が攻めてこない内に、早めにだ」


「かしこまりました!」


 ダンが命ずると、ゴブリンは慌ただしくテント内から飛び出して行く。


 私はその後姿を見送り、


「ダン国王、今のは? 返還がどうのとか言っていましたけど」


「ああ、今のか。あれだよ、ミン王国解放の際に捕まえた遭難者達を、あの後、各国で山分けする事になったんだが、それをリリウミアに返還するように方々に要請を出しておいたんだ。今、ここを攻めてきている騎士達の目的は遭難者救助な訳だろ。だったら、それを返してやれば、奴らも大人しく軍を撤退させる。そう思った訳だ」


 ダンは肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。


「だが、要請は拒否されたみたいだ。お前らの事なんざ知ったこっちゃない。手に入れた孕み袋を手放す気は毛頭無いってな。まあ、予想通りの反応が返って来たって感じだな」


 ダンはそれから立ち上がり、背伸びをする。


「さてと、じゃあ、俺も国外避難の準備を始めるか。最後のなけなしの希望も潰えた訳だしな」


 ダンは改めて私に向き直り、


「で、お前はこれからどうするんだ? まさか、まだ徹底抗戦とか言い出すんじゃないだろうな」


「……」


 私が押し黙ると、ダンは溜息を吐いて、


「お前、地上を取りに行くんだろ? だったら、長い目で物事は見るべきだぞ。お前の夢は一朝一夕で成し遂げられるものじゃない。引くときには引いて、最終的に勝てばそれで良い。重要なのは最後だ。終わりよければすべて良し。途中でくたばっちまったら元も子もないぜ」


 ダンは私の背中を軽く叩き、


「よし、じゃあ、さっさと撤退するぞ! お前、もう身体は動かせるだろ。ここもいつ危険になるか分かんねえからな」


 どの道、戦闘を行うには、まだ私は回復が足りていなかった。


 渋々だが、ダンの言う通り、一旦引く事に決める。


 それから、国外避難が始まった。


 ダンはグン王国から伸びる細道の先にある丘陵地帯にキャンプ地を作り、そこに国民と物資を避難させる事にした。


 外部から攻めにくく、尚且つ自生する可食植物や水源に近いと言う事で、避難場所としては最高の立地条件を誇っている。


 ダンはこの場所でリリウミアの軍勢をやり過ごすつもりらしい。


 避難は順調に進んだ。


 ダン曰く、私の活躍のおかげで、騎士達は進軍に慎重になり、そのため、避難を完了させるための十分な時間が確保出来たらしい。


「騎士達はこのキャンプ地を通り過ぎて、ミン王国かヨン王国のどっちかに進むだろうな。順調に勝ち進んでいくか、それとも早々に撤退するか。まあ、いずれにせよ、いつかこの戦いは終わる。騎士達は目的を果たすか否かに関わらず、いずれは戦争を終わらせる。俺達はそれまで、ここで雲隠れだぜ」


 完了しつつある避難を眺めながら、そう述べるダンに私は目を細め、


「雲隠れって……まさか、戦いから完全に逃げるつもりですか?」


「おうよ。もう十分戦ったし、別にいいだろう。これ以上、戦いに巻き込まれるのはごめんだ」


 ダンはにやりと笑い、そう答える。


「お前は戦いたきゃ戦えば良いさ。だが、俺達はもう関係ない。命は大事にさせてもらうぜ」


 どうやら、反撃やゲリラ戦を仕掛ける気も毛頭ないらしかった。


 ダンは完全に今回の戦いから身を引くつもりらしい。


 民の命を守ると言う点で、グン王国の国王としては、間違ってはいない選択だとは思うのだが____


「他の魔族達に申し訳ないと思わないんですか?」


「はっはっはっ! それはお互い様って奴だぜ! 俺達だって、他の魔族達に見捨てられた結果、王国を捨てる事になったんだからな! 奴ら、今に至るまで援軍どころか、支援物資の一つも寄越してこなかっただろ」


 ……まあ、確かに、そうではあるのだが。


「とにかく、俺達はもう戦わないぜ。後の事は他の奴らに任せる」


 と、言う訳で、ダン達はこれ以上戦争には関わらないと言う事になり、一方の私は、機を見て騎士達に奇襲を仕掛けるつもりでいた。


 実を言うと、先の戦いでの私の負傷は見た目以上のものだったらしく、その完治に2日ほど要した。


 恐らく、人工太陽ヘリオスの力がかなり効いたのだと思われる。


 あれは、本物の太陽同様、内側から魔族を蝕むものだ。


 私はしばらく、胸やけのような感覚に悩まされ続けた。


 【自然治癒】のスキルの力も、アレの所為で鈍化させられたのだろう。


 今はもうその影響から解放されたように思われるが。


 避難開始から3日目____


 身体の不調もなくなり、再び戦場に赴こうとする私。


 グン王国の兵士達はほぼ戦線からは撤退し、一方のリリウミアの騎士達はグン王国の占領を完遂しつつあった。


 ゴブリン達はこれから“置き土産”をグン王国に残し、それから騎士達に逃亡先がバレないように戦いからの完全撤退を進めるつもりらしい。


 私はその撤退を支援すると言う形で、好きに暴れさせてもらう。


「じゃあな、シロメ。気を付けて戦えよ。俺達は戦いが終わるまで、のんびりとさせてもらうぜ」


 そう言って、私を見送るダン。


 戦争からの完全逃亡を図ったグン王国の国王。


 しかし、その企みは潰える事になる。


 キャンプ地を抜け、私は少しだけ細道を進む。


「!?」


 目を見開く私。


 思わず立ち止まり、目を擦って、その光景を再確認する。


 視線の先、リリウミアの騎士の一団が、重い足音を響かせこちらに向かって来ていた。


 リリウミアの騎士達がキャンプ地に攻めてきていたのだ。

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