第3話「嫌な予感」
暗い天井に水流の音。
私は軍船の甲板の上から彼方の岸辺を眺めていた。
ここは”地下水道”。
視認は出来ないが、視線の遥か先では、リリウミアの騎士達と魔族達とが戦闘を繰り広げていた。
そして、その戦場の先には、グン王国なる魔族の国があるらしい。
「地底に魔族の国、ねえ」
ぼんやりと呟く私。
”地下水道”に魔族の国が存在している事は知っていた。
騎士団に入った時に、知識としてその事実を教えられたからだ。
だが、実を言うと、まだ実感がわかない。
自分の生活する場所のすぐ下に、魔族達がひしめいていたなんて、想像が出来なかった。
魔族の脅威がすぐそこにあったなんて……考えるだけで、精神が疲弊する。
だからこそ、この事実はリリウミアの一般市民に伏せられていたのだろう。
「本当に、魔族の国があったのね」
「うん、先の大戦を知らない国民は皆そんな感想を抱くだろうね! “地下水道”でヒト族と魔族との大きな戦いがあった事を知らない人達は。割と大規模な争いだったんだけど、その事実を知る者はあまりいないんだ」
と、私の独り言に返答をする者がいた。
大剣を背負った、小柄な騎士____ピクシーのアニェスだった。
いつの間にか、私の隣に立っていたらしい。
「私は遠征の最中で先の大戦には参加していなかったんだけどね。だけど、今回の戦いには参加出来る。運命に感謝だね! きっと、今回の戦いも大戦に発展するよ! 私の勘がそう告げている!」
私の横で勝手に興奮するアニェス。
さすがの戦闘狂だ。
ピクシーは温厚で平和的な種族の筈なのだが、こいつはその例外のようだ。
「少しだけ妙な話よね。聖日騎士団もリリウミアから離れた遠方に騎士を派遣する余裕があるのなら、国の直ぐ近くの”地下水道”に遠征部隊を送り込むべきなのに」
聖日騎士団は魔族の絶滅を理念に掲げ、リリウミアから遠く離れた場所にも遠征部隊として騎士を派遣していた。
だが、私に言わせれば、国の安全保障を考慮し、遠くの事よりも、”地下水道”にこそ遠征部隊を送り込み続けるべきだと思うのだが。
「アンリエットの理屈は正しいよ。確かに、普通はそう考えるよね。遠くの脅威よりも近くの脅威をどうにかするべきさ」
アニェスは「だけどね」と続ける。
「”地下水道”に存在する魔族の国、いや、国々はあまりに強大で膨大なんだ。下手に手を出せば、藪蛇になりかねない。だから、聖日騎士団も遠征部隊を送り込まない。ああ、それと、ちょっとした噂があってね」
「噂って?」
「リリウミアのお偉いさんの中に、”地下水道”の魔族と通じている人がいるらしいんだ。その人が”地下水道”の魔族達と争わないように、上手い具合に騎士団をコントロールしているらしいよ」
魔族と通じるリリウミアの者がいる。
本当なら、とても恐ろしい事だが。
「それはそうと、朗報だよ、アンリエット!」
「朗報? 何かしら?」
「シロメ、やっぱり生きていたって! なんか、魔王シロメとか名乗りを上げて、戦いの最前線で大奮闘! 聖日騎士団の中でも精鋭と呼ばれる騎士達を単独で10人以上殺して、負傷者は30人以上! やっぱり、私の勘は当たっていたんだ!」
「え? シロメが? 魔王って? ……いや、と言うか、そんなに被害出ているのなら、先にその報告をしなさいよ!」
情報が渋滞しているが、まずは自軍の被害状況の把握を優先するべきだ。
10人以上の死者____大した事が無いように思えるかも知れないが、それは衝撃的な数字だった。
何故なら、今回の戦いにおいて、リリウミアは死者を出さない事を最優先事項に掲げ、“地下水道”に攻め入ったからだ。
そのために、最前線には生存率の高い精鋭の中の精鋭の騎士だけを配置し、戦術も守りを重視したものに徹底させていた。
「シロメ____アレは間違いなく化け物だよ! いやあ、戦うのが楽しみだねえ! 今は引っ込んじゃってるみたいだけど、また戦場に姿を現すよ! その時は、私の出番さ!」
戦いが始まって、アニェスは未だ戦場に繰り出していない。
それは強い魔族と会敵した時のために、彼女の力を温存すると言う騎士団の作戦によるものだ。
手に負えない強敵が現れた時は下手に戦わず、命を優先して、遅滞戦闘に努めると言うのが今回の基本方針だ。
そして、強敵が戦場に出現した今、その対処を任されている者達が前線に出る事になるだろう。
その一人がアニェスだった。
「丁度さっき、最前線から要請があってね。まあ、そう言う訳で、私はようやく船を降りられるって訳だよ」
アニェスは私に背を向け、
「じゃあ、行ってくるね、アンリエット!」
元気良く、私に手を振りながら、戦場に向かうアニェス。
甲板で再び一人になった私は、アニェスから与えられた情報を整理する。
シロメは生きていた。
そして、どうやら魔王を名乗り、敵軍の一員として騎士達と戦っている。
……にわかには信じがたいが……イストワールの懸念やアニェスの勘は的中したようだ。
「嫌な予感がするわね」
思わず身体を震わせる私であった。




