第8話「拷問」
アンリエットに連れられ、私はバスティナ監獄の廊下を歩く。
階段を降りた。
どうやら、地下へと向かっているらしい。
何やら不気味な気配が漂って来ている。
「さ、この中よ」
鉄扉の前で、アンリエットは一度立ち止まる。
私はアンリエットの顔と鉄扉を交互に見遣り、
「この中に何があるのですか?」
私の問い掛けにアンリエットはにやりと笑い、耳をそばだてる仕草をする。
「聞こえないかしら? ……あ、ほら、今、良い声がした! はりきってるわね、あの子」
私もつられて耳を澄ます。
……確かに、何か声が聞こえる。
これは……悲鳴……? 今、女性の叫び声がしたような。
女性の叫び声____いや、これは……この聞き覚えのある声は……!
顔から血の気が引いていくのを感じる。
嫌な予感。
アンリエットが私の青ざめた表情にさらに邪悪な笑みを深めた。
「もう、大方察しているわね。じゃあ____中に入ろうかしら」
扉を開けるアンリエット。
途端、私の視界にその光景が飛び込んで来た。
炉火の光に照らされた一室。
無機質な壁に人影が躍る。
そして、部屋の中央では、天井から鎖で吊られた半裸の女性が、傍らの騎士に鞭打ちを受けていた。
女性____母親が、拷問を受けている。
母親の背中に刻まれた鞭の痕に頭が真っ白になる私。
再び振るわれる鞭と、それに続く母親の苦痛の叫びに、はっとなって____
「……お母さん!」
私は叫び、思わず駆け出す。
しかし、アンリエットに肩を掴まれ、その場で地団駄を踏んだ。
私の声に気が付いたのか、母親がやつれた顔をこちらに向け、
「……シロメ」
母親の瞳が私を捉える。次いで、アンリエットに向けられた時____その表情に気迫が宿り、
「____アンリエット! 私の娘に手を出すなッ!」
「私の”娘”って……私の”息子”、でしょ?」
茶化すようにアンリエットは応える。
「シロメはまだ12歳……未成年よ! 未成年に対する拷問は認められていないわ!」
必死に訴えかける母親が可笑しかったのか、アンリエットは吹き出して、
「この場にいるのは私、クロバ、シロメ、カーラの4人。それ以外に人はいないわ。私とカーラが上に黙ってさえいれば、シロメにだって拷問する事も出来るのよ。……ねえ、そうよね、カーラ」
「ええ、そうですね、アンリエットお姉様。ふふ……私、親子を同時に拷問するが夢だったんですよねえ」
母親に鞭を振るっていた騎士が私に冷たい笑みを向けた。
その不気味な表情に私は身震いをする。
カーラと呼ばれた騎士……アンリエットの事をお姉様と呼んでいたが、二人は姉妹なのだろうか。
「止めなさい! シロメに手を出さないで! 貴方、ただじゃ済まないわよ!」
青ざめて叫ぶ母親。
アンリエットは高笑いをして、
「アハハ! 必死になって面白いわねえ! 冗談よ、冗談! 別に拷問するためにシロメをここに連れて来た訳じゃないから。貴方がどんな状況にあるのか、この子に見せて上げに来ただけよ」
アンリエットの言葉に、母親は安堵の表情を浮かべ、カーラの方は「そんな事言わずに拷問しましょうよ」とやや食い下がり気味だった。
「カーラ、拷問を続けなさい」
アンリエットがそう言うと、カーラは喜色を顔に浮かべ、母親に鞭を入れた。
「あがッ! ぐ……ぐうっ!」
叫び声を噛み殺すように歯を食いしばる母親。
私の前で無様な姿は見せまいと、頑張っているのだ。
「クロバさんは素晴らしいです」
カーラがうっとりとした目で母親の身体を撫でる。
「拷問と言っても、好き勝手出来る訳じゃないんですよ。回復魔法でも痕を消せないような傷は付けられないので、普通は水責めだったり、鞭は鞭でもバラ鞭での拷問をする事が多いのですが____」
カーラはさらに一発、母親に鞭を与え、
「クロバさんは高レベルの【自然治癒】のスキルをお持ちなので、こうして一本鞭で思い切り痛めつける事が出来るのです」
「ああッ!」
たまらず悲鳴を上げる母親。
その背中から流れる惨たらしい血筋に、私はめまいを覚える。
ぐったりとする母親にアンリエットが近付いて、
「ねえ、クロバ、もういい加減認めたら? シロメはハーフインキュバスなんでしょう? 早く、自白した方が良いわよ。じゃなきゃ、これから何時間も拷問が続くんだから」
「……違う」
母親はアンリエットを睨み、
「シロメは人間よ! 魔族なんかじゃないわ!」
母親は既に満身創痍だった。
しかし、それでも、私を守るため、アンリエットには屈しない。
「ふーん……まだ痛みが足りないみたいね」
アンリエットはわざとらしく溜息を吐いて、カーラに目配せをした。
すると、カーラは頷き、暖炉の方に歩み寄る。
そして、炎の中から____焼きごての先端を引っ張り出した。
木製の取っ手を両手で掴み、カーラは赤く熱せられた鉄の先端を母親へと向ける。
次の瞬間____
「いあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
容赦なく、焼きごての先端が母親の腹部へと押し付けられた。
壮絶な痛みに、さしもの”剣聖”も絶叫を我慢する事が出来なかったようだ。
「まだまだ、こんなものじゃないわよ」
目の前で繰り広げられる残虐行為にへたり込む私の耳元でアンリエットは囁く。
「カーラ、薬を」
アンリエットの指示を受け、カーラは懐から注射器を取り出し、母親の太腿にその針を突き刺した。
「アレはね、痛覚を増大させる薬なの」
愉快そうにアンリエットは語る。
薬を投与され、しばらくすると、母親の身体が痙攣を始めた。
「……はあ……はあ……!」
荒い息を吐き始める母親。
その目に、涙が浮かんで____
「……痛い……痛い……!」
堰を切ったように、母親の口から、
「痛い……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いッ!」
カーラは指一本母親に触れていない。
それなのに、母親は子供の様に泣きじゃくりながら、自らの痛みを訴え始める。
恐らくだが、既に付けられた傷の痛みが、薬の力によって倍増させられ、母親を襲っているのだろう。
こんな母親は初めて見た。
母親はどんな苦痛にも耐えることが出来る鉄人だと思っていたので、目の前の光景はかなりショックなものだった。
それ程までに、今現在母親の身体を蝕む痛みは、耐え難いものなのだ。
「……ああ……良い声で鳴きますねえ……」
恍惚とした笑みを浮かべるカーラは鞭を再び手に取り、
「ほら! もっと、聞かせて下さいよ! 貴方の悲鳴を!」
狂ったようにカーラは鞭を振るう。
鞭がしなり、一撃、二撃、三撃____と、母親の身体を襲う。
肌を叩く音と共に、母親の甲高い苦痛の叫びが響き……やがて、それがぷつりと途絶えた。
「む……反応しなくなりましたね」
鞭を振るう手を止め、カーラは母親の両頬を掴み、その虚ろな瞳を覗き込む。
母親はぴくりとも動かない。
開かれたままの瞳に光は無く、口元からはだらしなく唾液が垂れている。
私は立ち上がり、駆け出そうとする。
「……お、おか……お母さんッ!」
まさか、死ん____
「大丈夫ですよ、死んでいません。僅かですが、呼吸があります」
カーラはつまらなそうに、
「痛みが強すぎて意識を失ったのでしょう。少し加減しておくべきでしたね。”剣聖”と言えど、我々と同じヒト族な訳ですから」
どうやら、母親は死んだわけではなさそうだった。
それに関しては、一応安心したのだが……。
「……ひどい」
天井から鎖で吊られた母親の姿。
全身にみみず腫れが出来ており、腹部には大きな焼印が押されている。
これは……到底、人の所業とは思えない。
こんな事が許されていいのだろうか?
「クロバ、苦しそうだったわね」
アンリエットが私の肩に手を掛ける。
「自白しなさいよ、シロメ。貴方が自白しない限り、拷問はいつまでも続くわよ」
アンリエットと視線が合う。
私が黙っていると、アンリエットは責めるような口調になり、
「親不孝な子供ね。貴方、最低よ。このまま、クロバが苦しめ続けられても良いのかしら? 貴方がハーフインキュバスである事を認めれば、クロバは助かるの。それが分からないのかしら?」
私が、認めれば……母親は助かる……?
……本当に?
だったら____
「……わ、私……私は……」
思わず言い掛け、口をつぐむ。
駄目だ、言ってはいけない……のだろうか?
私の中で迷いが生じていた。
このまま正直に、自分がハーフインキュバスである事を告げれば、母親に対する責め苦は終わる筈だ。
そうしなければ、まだ拷問を続けるとアンリエットは言っている。
頭を抱える私。
……どうすれば良い?
一体、何が正解なんだ?
考えて、考えて、考えている内に____
「……だめ……シロメ……」
母親の口から力ない声が漏れ出る。
「……絶対に……言ってはダメ……」
「……お母さん!」
意識を取り戻した母親が、力を振り絞り、伝える。
「……貴方は……魔族なんかじゃない……貴方は……私の……人間の子供よ……」
耐え難い苦痛を受けても、それでも尚、母親は折れていない。
「私は……大丈夫、だから……」
ボロボロの身体。やつれた両目。涙の筋が残る頬。震える唇。
母親はそんな状態で、私に優しい笑みを向けた。
いつもの優しくて、強い笑み、
大丈夫____母親はそう言った。
「おや、目が覚めたみたいですね」
意識を取り戻した母親に、カーラが強烈な笑みを浮かべる。
「やはり、クロバさんは素晴らしいです。こんな遊び甲斐がある玩具、生まれて初めてですよ」
鞭を素振りして、カーラは母親に近付く。
「あがッ!」
再び鞭に打たれ、母親が苦痛の声を上げる。
カーラは舌なめずりをして、
「さあ……拷問はまだまだ続きますよ。もっと私を楽しませて下さい!」




