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第2話「最前線へ」

 怒号、あるいは悲鳴が聞こえる。


 むせ返りそうな熱気が暗い地底に渦巻いていた。


 眼前で幾つもの光が爆ぜ、鉄と火薬と臓物の臭いが鼻を突く。


 それらは言うなれば麻薬だった。


 戦いと死への恐怖を忘れさせ、敵を狩る興奮を私に促してくる。


 私は理解した。


 これが戦争なのだと。


 良心、常識、正常な感覚は麻痺し、本能的な闘争心が私を前へと進める。


 そして、自覚する。


 私が魔族である事を。


 曰く、ヒト族に仇成す邪悪な存在。


 邪悪で上等だ。


 私の名前はシロメ。


 ハーフインキュバスの魔王。


 邪悪の権化として、お前達を破壊する。


「はあっ!!」


 ダガーを振るい、血潮が舞う。


 ばたりと地面に倒れる騎士。


 これで10人目を仕留めた事になる。


 グン王国滅亡の危機と聞きつけ、クロガネ王国から単身はせ参じたこの戦い____その最前線で私は戦っている。


 前方で陣取る憎むべき仇敵に引き寄せられるように、あるいは後方で私に喝采を送るゴブリン達に押されるように、返り血を気にも留めず、次の獲物を狙いに行く。


「くそっ! 何て強さだ! おい、一旦ラインを下げるぞ!」


 騎士の号令と共に一斉に火球が私の元に飛んで来る。


 炎の弾幕に押され、私は背後に跳躍した。


 爆発で視界が悪くなる。


 しばらくその場に留まり、襲撃を警戒していたが、騎士達からの攻撃は無かった。


 やがて視界が晴れると、騎士達がやや遠方に陣取っているのを確認出来た。


 頬に付着した返り血を拭い、私は再び前進を開始する。


「遅滞戦闘開始!」


 その号令と共に、3人の騎士達が前に進み出て、前方に半透明の壁を魔法で作り出した。


 私は跳躍して半透明の壁を越え、騎士の一人にダガーを向ける。


「はあっ!」


「……くっ」


 宙から繰り出される私の斬撃を辛うじて受け止める騎士。


 私が次撃を放とうとすると、


「させるか!」


 横から他の騎士の剣がそれを妨害する。


 鍔迫り合いに持ち込まれるも、こちらが一瞬力を抜く事で相手のバランスを崩し、傾いだ身体に刃を放つ____しかし、そのタイミングに合わせ、いつの間にか真横に位置取っていた他の騎士が魔法で氷の矢を幾つもこちらに向けて放ち、私を後退させた。


 その隙に騎士達も僅かに後退し、もう一度、半透明な壁を展開する。


 私は再び、跳躍して半透明な壁を越える事に。


 ____そして、同じ事が繰り返される。


 騎士達は私に対し徹底した防戦を繰り広げた。


 こちらが相手に傷を負わせる事はあっても、致命傷だけは避けられ、負傷した騎士は後方に下がり、他の騎士が戦いに補充された。


 徐々に敵方に切り込んでいく私だが、その進行は遅い。


 邪魔くさいだけで、大した守りにもなっていない半透明な壁だが、逐一生成されるその障害物のせいで、私は上手く敵方に突撃する事が出来なかった。


 そうして、じれったい戦闘が長い事繰り広げられていたのだが、


「疑似太陽ヘリオスを展開せよ!」


 その号令と共に、状況が動く。


 中空で何かが爆ぜ、光の玉が出現した。


 眩い光が地底の暗闇を照らす。


 温かくて……だけれど、底冷えのする光だ。


 直後、私は眩暈を感じ、その場に膝をつく。


 これは……この光は____太陽のそれだった。


「……くっ」


 騎士はあれを疑似太陽ヘリオスと呼んだ。


 本物程ではないが、魔族に対し苦痛を与える代物なのだろう。


「反撃開始!」


 そして、次の号令と共に、それまで防御しかしてこなかった及び腰の騎士達が私に攻撃を仕掛けてくる。


「……不味い」


 力が出ない。


 私は立ち上がり戦おうとして……それが不可能な事を察し、すぐに退却行動に出る。


 力を振り絞り、騎士達に背を向け、逃走を始めた。


黒耀(こくよう)白牙(はくが)よ!」


 逃走の際、背後にダガーの切っ先を向け、全力の黒い光を放つ。


 黒い光は騎士達が即座に何重にも展開した半透明な壁を破壊する。


 しかし、壊れた壁の間からは無傷の騎士達が私に追いすがる。


「ぐうっ!?」


 剣が背中を斬りつける感触があった。


 遅れて痛みを認識し、私は顔をしかめる。


「……【赤電】!」


 どうにか意識を集中させ、私は【赤電】のスキルを発動させる。


 騎士達を遠ざけるべく、赤い稲妻のドームを私を中心に展開した。


 騎士達の足音が止む。


 が、次の瞬間には無数の火の玉がこちらに飛来し、その内のいくつかが私に命中した。


 熱、そして激しい痛み。


 その場に倒れ込みそうになるのを堪え、私は走る。


「煙玉を放て!」


 今度はしゃがれたゴブリンの声が響く。


 その直後、頭上をいくつもの球体が飛び、爆発し、毒々しい色の煙を吐き出した。


「姐さん、一応毒なんで、煙を吸い込まないで下さい!」


 そう私に叫んでいるのは、グン王国で私に付き従っていた子分ゴブリンの一匹だった。


 私はその言葉に従い、口元を袖で覆う。


 煙に包まれる周囲。


 私は皮膚と眼球が痒くなるのを感じる。


 恐らく、煙の影響だ。


 だが、濃い煙のおかげで疑似太陽ヘリオスからの光が遮られ、その所為か、少しだけ気分が軽くなった。


 一気に疾駆する私。


「こっちです、姐さん!」

「姐さん、早く安全な場所へ!」

「ご苦労様です、姐さん!!」


 どうにか自陣に戻り、子分ゴブリン達に迎えられる。


 私は岩陰にしゃがみ込み、自身が満身創痍である事に気が付いた。


 全身血塗れで、衣服もボロボロだ。


「……くそっ!」


 思わず悪態を吐いてしまう。


 遅滞戦闘で時間稼ぎをしつつ、徐々に私を自陣に引き込み、機を待って疑似太陽ヘリオスを展開し、反撃に転じる。


 どうやら、私は上手い事敵の作戦に乗せられたようだ。


 勇み切り込んだ結果がこれとは情けない。


「酷い怪我だ! 大丈夫ですか、姐さん!?」


「大丈夫、これくらい直に回復するから」


「いや、それにしても、やっぱすげえよ、姐さんは! 今のでだいぶ奴らを消耗させられましたよ! それに、一時的に戦線も押し返せましたし!」


 やたらと持ち上げてくる子分ゴブリンを横目で見つつ、


「でも、戦況はまだ変わっていない。このままじゃ、私達は敗北する」


 どうやら、私は敵を過小評価していたようだ。


 統率の取れた数の力と言うのは、想像以上に恐ろしかった。


 ただの集団戦闘ではなく、騎士達は戦争での立ち回りと言うものを心得ているようだった。


「傷が癒えたら、また出るから」


「そんな! あんまり無理しないで下さいよ!」


「……いや、私は戦う」


 認識を改める必要がある。


 想像以上に過酷な戦い。


 しかし、ここで引き下がる気は無い。


 【自然治癒】のスキルを持つ私は、時間経過で身体を回復させる事が出来る。


 身体が癒えたら、もう一度敵陣に切り込む。

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