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第1話「暗闇の火種」

 カーラが、私の妹が消息不明となり、幾日かが過ぎた。


 ハーフインキュバスのシロメを討伐するべく”地下水道”を航行する貿易船に乗り込んだカーラだが、あろうことか港を出た貿易船は大破し、カーラを含めた乗員の全員が姿をくらませた。


 生存は絶望視されたが、後日リリウミア向けに貿易船から救難信号が発せられ、乗員の中に生存者がいる事が発覚する。


 そのため、すぐさま”地下水道”へ遭難者救助のための捜索隊が派遣されたのであった。


 捜索隊は”地下水道”内でゴブリンの一団と会敵し、小競り合いを繰り返した結果、ゴブリンの一匹を捕虜として確保し、その口から遭難者の情報を吐き出させた。


 その情報によると、遭難者達は”地下水道”に存在する魔族の国に囚われているらしかった。


 しかも、ゴブリン達の生殖道具にされていると言う何ともおぞましい話も聞いた。


 その衝撃的な事実を受け、リリウミアは本格的に騎士団を”地下水道”に派遣する事を決定する。


 しかし、”地下水道”の魔族達は想像以上に手強く、救助は難航した。


 そこで、リリウミアは国外に派遣していた聖日騎士団の全ての遠征部隊に本国への帰還命令を発し、国の保有する全戦力を”地下水道”に向ける事を決定する。


 任務を与えられ、リリウミアから離れていた私も国に帰還し、今は”地下水道”の港で他の騎士達の中に混じり、魔族達との大規模な戦闘に赴こうとしていた。


 周囲を見回すと、大勢の騎士達が地底に押し込められている様子が何とも窮屈に感じられる。


 聖日騎士団は魔族と戦うための戦闘集団であり、相当数の人員が国外へと派遣されていた。


 今はそれが一か所に集っていると言う状況で、とても物々しく思えた。


 普段はあまり見ない顔もあり、制服さえなければ同じ団員とは気付かない程だ。


 暗い天井の下をぶらぶらと歩いていると、ハーフエルフで聖日騎士団副団長のイストワールに出くわす。


 無視して通り過ぎようかとも思ったが、


「あら、貴方、もしかしてお留守番かしら」


 そうイストワールに尋ねたのは、彼女が聖日騎士団の制服ではなく、戦闘に不向きなエルフの礼服を身に纏っていたからだ。


 イストワールはちらりと私に視線を向け、


「おや、アンリエットじゃないか」


 ぼんやりとした声で私の名前を呼ぶ。


 相変わらずの事だが……何だか、妙に癪に障る声調だ。


「私には別件があってね、戦いには参加しないんだ」


 それから、イストワールは集団の方に目線を遣り、目を細めた。


「それに、私はこの戦いには反対でね」


「……戦いに反対?」


 その言葉に、少なからず驚いてしまう。


 それは、ともすればリリウミアに対する反抗の意思とも取れるものだった。


 そして、魔族の蛮行に対する寛容とも受け取れるものでもある。


「魔族嫌いが激しいエルフとは思えない言葉ね。てっきり、貴方も今回の戦いにノリノリだと思ったわ」


 聖月騎士団副団長ザビーネがその典型だが、エルフは特段に魔族を忌み嫌う種族で、機会があれば魔族の殲滅を掲げ、彼らとの戦いを促す傾向があった。


 事実、今回の総力戦はエルフやハーフエルフ達の熱い支持によって、実現したと言っても良い。


「私も魔族は嫌いだが、彼らの排除に対する考え方が違うのさ。この世界から一匹残らず魔族を消し去ろうと考えるエルフもいれば、私のように完全なる住み分けによって、魔族を排除しようとするエルフもいる。私は全ての魔族を地底の世界へと封じ込める事で、彼らの排除を目指しているのさ。だから、今回の戦いには反対。我々は地底の魔族達と干渉するべきではない」


 長々と語るイストワール。


 私にとってはどうでも良い事だったので、ぼんやりと聞いていた。


「ところで、アンリエット、私は妙な胸騒ぎを感じるんだけど」


 と、唐突にイストワールはそんな風に切り出す。


「胸騒ぎって何かしら?」


「シロメの事さ」


「シロメ?」


「ただの思い込みや杞憂なのかも知れないが……この流れの中心にアレがいるのかも知れない」


 表情は乏しいが、ずらりと並ぶ騎士の精鋭達を不安気に見つめているような空気がイストワールにはあった。


「再び始まろうとしているヒト族と魔族の大戦。その始まりこそ、シロメと言うハーフインキュバスだったのかも。私は何か運命的なものを感じて……とても恐ろしいよ」


 イストワールが神妙に語るので、私は思わず吹き出してしまう。


「貴方、随分とシロメの事評価しているじゃない。珍しい存在ではあるけど、あんなのはただの小娘よ。ふふっ、まあ、”娘”ではないけれどね」


 茶化しながら言うが、依然、イストワールは真剣な面持ちだった。


「アレについては色々と調べる必要がある。そして、もしもの時の対策を講じる必要も。私はそのために、奔走する」


「ふーん」


 やけに熱っぽいイストワールに反し、私は冷めた態度を取る。


 何か、色々とイストワールには考えがあるようだが、私に言わせれば滑稽なひとり相撲のように思えてならない。


 それから、イストワールは言いたい事は全て言い切ったとでも言わんばかりに口を噤み、彼方に取り留めも無い視線を向け始めた。


 私は挨拶も無しに彼女の元から離れていく。


「……シロメ、ね」


 クロバの子供、シロメ。


 正直、私にとってはもう終わった事のように思えてならない。


 あの半魔(ハーフ)については、既に亡くなっている可能性の方が高い訳だし、もう何かを論じるような価値もないだろう。


 と言うか、私の気掛かりはカーラだ。


「無事かしら、カーラは」


 あのカーラが簡単に命を落とすとは思えないが、それでも、血の繋がった姉妹としてその身を案じてしまう。


 ゴブリン達は遭難者達を生殖道具としていると聞いたが……もしかして、今頃カーラも辛い思いをしているのだろうか。


 とにかく、無事を祈るばかりだ。


「ん?」


 そんな妹想いな自身の一面を自覚していると、久しい顔を集団の中に発見する。


 私は立ち止まり、


「貴方も帰って来ていたのね、アニェス」


「お? やあ、アンリエットじゃないか! 久しぶりだね!」


 小さい身体に不釣り合いな大剣を背負う、異様な人物。


 はつらつとした幼子のような顔をこちらに向けるその聖日騎士団の騎士の名前はアニェス。


 私の先輩に当たる騎士であり、そして、クロバと同じ”剣聖”の称号を持つ傑物だ。


「いやあ、急に本国への帰還命令が来て、せっかく東方諸国の魔族殲滅も波に乗っていたのにって肩を落としたんだけど、どうやら地底の魔族達と戦争するって話じゃないか! もう、今から興奮が収まらないよ! 早く魔族達を皆殺しにしたくてしたくて、単身乗り込んでしまいそうな勢いさ!」


「……貴方、相変わらずね」


 嬉々として己の心情を語るアニェス。


 私は苦笑いをしてしまう。


 彼女を一言で言い表すのであれば、”戦闘狂”だった。


 取り分け、魔族との戦いを好み、それ故に“剣聖”まで上り詰めた。


 出世などには微塵も興味はなく、むしろ昇進を自ら断り、平の騎士として敢えて留まっている。


「こっちは、私が居ない間に色々とあったみたいだね! 聞いたよ、クロバの事! いやあ、彼女の事は残念だった! 同じ“剣聖”として是非とも真剣勝負がしたかったんだけどねえ! でも、まあ____」


 アニェスは混じり気の無い純粋な笑みを浮かべ、


「ハーフインキュバスのシロメ! クロバの子供! 絶対に私の手で殺したい! 今回の戦いで、必ず私が仕留める!」


 アニェスの言葉に私は溜息を吐く。


「はあ……シロメ、ねえ……貴方も随分とアレの事が好きみたいね。この戦いに関わっているどころか、生きているのかも分からないのに」


 うんざりと私は述べる。


 どうやら、アニェスも今回の戦いとシロメとを結び付けている輩のようだった。


 イストワールと言い、何の根拠もなくと呆れてしまう。


「いや、シロメは生きているよ! そして、この戦いの中心に必ず存在する! 私の勘は良く当たるんだ!」


「まあ、確かに……貴方の直感って怖いくらい当たるわよねえ」


「そうさ! いやあ、本当に今から楽しみだね!」


 兎のように跳ね、全身で興奮を表現するアニェス。


 結構いい年しているのに、まるで幼女だ。


 彼女はピクシーなので、種族として幼い容姿をしているのだが、精神の方も童子のそれのようだ。


「私は戦争自体にはあんまり乗り気じゃないけど……でも、まあ……上手い事出世のための機会にしてやるわよ」


「はは! アンリエットは相変わらずだね! まあ、互いにベストを尽くそうじゃないか!」


 アニェスは相も変わらず無邪気に笑うのであった。


 争いの火種が起こり、今、それが大きな戦火となろうとしている。


 イストワールやアニェス程ではないが、私も何か予感を覚えていた。


 もしかしたら、これが世界を覆す大戦へと化けるのかも知れない、と。

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