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第32話「終幕と宣戦布告」

 目が覚めた時、私は自身の置かれている状況を全く思い出せなかった。


 年季の入った、しかし小綺麗な天井が目の前にある。


 私は清潔な衣服を身に纏い、ふかふかで心地良い寝床の上で横たわっていた。


 しばらくぼうっとしていると、我に返り、今に至るまでの経緯を思い出す。


 そうだ。


 私はヘイロンと決闘し____引き分けと言う形で勝負を終わらせる事が出来た。


 最高の形で、決闘を終了させる事が出来たのだ。


 私は意識が朦朧とする中、ヘイロンに手を差し出し、彼はその手を取った。


 ヘイロンは「認めよう、お前の力」と口にし……それから、「この決闘、引き分けだ」と宣言した。


 それに対し、私は「はい、引き分けです」と応じ、しばらくヘイロンと見つめ合った後、意識を失った。


 そして、私は今____


「どこだろう、ここは?」


 上体を起こし、周囲を見渡す。


 見慣れない場所だが……調度品や上品なお香の匂いから王宮内にいると思われる。


 寝床から出る私。


 身体の負傷はほとんど完治していた。


 私には高レベルの【自然治癒】のスキルがそなわっているので、一眠りすれば大抵の傷は癒えるのだ。


 それほど広くはない部屋。


 私は改めて周囲を確認した後、出入り口に向かおうとする。


 すると、丁度扉が開いて、


「ん、起きたのか、シロメ」


「あ……ヒイラギさん!」


 現れたのはヒイラギだった。


 私の顔色、そして身体の状態を確認して、ヒイラギは安堵の表情を浮かべる。


 私の身を案じるそんな様子から、彼は既に私にとっての敵ではない事を確認した。


 つまり、ヘイロン、そしてクロガネ王国もまた既に私にとっての敵ではない。


「あの……ヘイロン国王はどんなご様子で?」


「陛下の傷も既に癒えている。万全を期して安静にしているが、普通に動き回れる状態だ」


 一先ずの報告に私はほっと安堵の吐息を漏らす。


 ヘイロンは無事なようだ。


 彼に大事があっては、全てが台無しになる。


「私の事は何か言っていましたか?」


 私が急くように尋ねると、ヒイラギは、


「それに関しては、そうだな……陛下御自身のお口から聞くと良い。お前が目を覚ましたら、すぐに知らせるようにとのお言葉を賜わっている。ここで待っていろ」


 そう述べると、私に背を見せ、ヒイラギは来た道を引き返そうとするが、去り際にちらりとこちらに向き直って、


「色々あったが、お前が無事で良かった」


 その一言____そこにヒイラギの想いが強く込められていた。


 私を始末しなければならない事に対する葛藤がずっと彼の中には存在していたのだろう。


 だから、この結末を心から歓迎しているようだった。


 私を手にかけずに済んだこの終幕を。


 ヒイラギが去って行き、私は寝床に引き返して、シーツの上に腰を掛けた。


 そして、数十分後____


「ようやく、起きたか、シロメ!」


「……ヘイロン国王」


「丸一日も眠りに就いていたので、心配したぞ。まあ、だが、無事で何よりだ」


 お供も誰も付けずに、単身ヘイロンが部屋に乗り込んで来た。


 彼の身体の状態をさっと確認すると、ヒイラギが言っていたように、負傷はほとんど癒えているようだった。


 恐らくは妖術で回復させたのだろう。


「陛下もご無事でなによりです」


 私は立ち上がり、そして再びヘイロンと友好の握手を交わす事になった。


 その握手で改めて安堵を覚え、作戦の成功を実感する。


「申し訳ありません、気を失ってしまって」


「いや、気にするな。あれ程の奮戦をしたのだ。何を咎められようか」


「ところで、私が気を失っている間の経過はどのようになりましたか?」


「お前がここに、王宮の客室に運ばれ、眠っている間に、俺は傷を癒し、家臣達を集めてシロメを魔王に据える王国を建国すると言う旨の報せを王国中、そして従属国中に出すように指示を出しておいた。目下、役人達が諸々の準備に奔走している」


 おお、何とも行動が早い。


「近々、そのための記念式典を行う。お前にも色々と動いて貰うぞ。しばらくはここを拠点に生活をする事になるだろう」


「はい」


 私は頷いてから、


「ヘイロン国王、改めての確認なのですが……本当に私を魔王にして頂けるのですよね?」


 あまりにとんとん拍子に話が進んで行くので、思わず心配になって尋ねてしまう。


「当然だ。お前は相応しい力を示した。ならば、こちらは約束を果たすまでだ。それに____」


 ヘイロンは笑みを浮かべ、


「お前の言葉に、俺は痺れた。地上の世界を志すお前の野望に、オーガとして心を震わせずにいられない」


 ヘイロンは何か憑き物が落ちたような瞳をしていた。


「先代の国王、親父が死んでから、俺はずっと迷いの中にあった。功績を求める焦りと進撃への一歩が踏み出せない恐れに苦しむ日々が続いたが、ようやく俺は前に進む事が出来た。お前には感謝する、シロメ」


 クロガネ王国国王ヘイロンからの感謝と歓迎。


 危ない場面や不確かな根拠に頼る場面もあったが……。


 これにて、私は望む結末を手に入れ、闘いに勝利したのだった。


 さて____


 その日から、私の王宮暮らしが始まった。


 お世話役の役人が付けられ、魔王になるための教育を日がな受けさせられた。


 その間、ヘイロンと軽く会話する機会があったが、彼も彼で多忙なようで、踏み入った話をする事は無く、挨拶を交わす程度だった。


 食事などは王宮の役人達とする事が多く、そのため、彼らとの親睦は大いに深まったのだが。


 ちなみに、私を匿ってくれていたアカツキだが、叱責を受けただけで、これと言った処罰は受けていないらしい。


 アカツキと会話をする機会があったのだが、「まあ、僕が馬鹿をやらかすのは日常茶飯事らしいからね」と説明をされ、妙に納得する自分がいた。


 アカツキ……やはり、皆から狂人扱いを受けているらしい。


 そんな、ともすれば平穏な日々が続いたのだが。


 ある日、王宮での日常に突如終わりが告げられる事になった。


 ____グン王国、陥落寸前の状態にあり。


 そんな一報が届けられ、私達はヘイロンが腰を据える玉座の前に集結した。


 広間にはヒイラギの姿は確認できたが、ダンの姿が見えない。


 国難とあって、既に帰国しているのだろう。


「状況を手短に伝える」


 重苦しい声で、ヘイロンが説明を始める。


 ここ最近、リリウミアの騎士達は”地下水道”で魔族達と小競り合いをしていた。


 これは周知の事実である。


 それが2日前から、リリウミアが地底に大軍勢を送り込んでくるようになったらしい。


 狙われたのは沿岸国であるグン王国。


 数の有利と地の利はこちらにあるとゴブリン達はリリウミアの侵攻を軽んじていたらしいのだが……リリウミアの進撃は予想以上のものだったらしく、昨日、宗主国であるクロガネ王国に救援要請を出したらしい。


「グン王国の陥落を黙って見過ごすことは出来ん! 我々も軍を派遣し、ヒト族共を返り討ちにしてやる!」


 ヘイロンの言葉に皆が頷く。


 集められた家臣達の中には、「ヒト族に鉄槌を!」だとか「侵略者を皆殺しにしろ!」だとか怒声を上げる者もいた。


 そんな中、私はヘイロンの前に進み出て、


「王よ、今すぐ私にグン王国への出立許可をお与えください」


 恭しい仕草でそう進言する。


「大軍を派遣するとなれば、その整備に時間もかかる事でしょう。ならば、ここはいち早く私が戦地へ駆け付け、同胞の窮地を救ってみせます」


 皆が注目する中、私の勇ましい言葉がヘイロンへと届く。


「良くぞ言った、シロメ、我が友よ! 汝が力、奴らにとくと見せつけてやれ!」


「無論です」


「おい、今すぐ、シロメに足を用意させろ!」


 即断即決。


 その遣り取りで、私はすぐにグン王国へと向かう事になった。


 王宮の役人達に案内されるままに馬車に乗り込み、”地下水道”をグン王国へと移動する。


 目的地に到着すると、周囲には喧騒が満ちていた。


 街中を歩くと、ほぼ全てのゴブリン達が武装しているのが確認出来る。


 一先ず王宮へと向かう。


 王宮の玄関口には衛兵達が控えており、私は彼らにダンの居場所を尋ねた。


 どうやらダンは戦いの最前線で陣頭指揮を執っているらしかった。


 ……戦いの最前線……ダンは無事だろうか?


 そんな不安が脳を過る。


 私が衛兵達にダンの元へと案内する様に伝えると、彼らの内の数名が案内役を買って出てくれた。


 街を抜け出し、沿岸部へと駆けて行く。


 進むにつれ、戦場の怒声が聞こえるようになって来た。


 妙な胸騒ぎがしていたが____


「ダン国王!」


「ん? おお、シロメじゃねえか」


 ダンは無事だった。


 悪い予感は当たらなかったらしい。


 ピンピンした様子で、野営地のテント内で地図と睨めっこをしていた。


「どうした、そんな顔して。お、もしかして、俺の事心配してくれたのか? 最前線で戦っているって聞かされて、居ても立っても居られないって感じか?」


「ふざけている場合じゃないですよ」


 図星だったので、私は少しだけ顔を赤くした。


「クロガネ王国は大軍をこちらに派遣する予定です。私はそのつなぎとして先行してきました」


「へえ、そりゃ頼もしい」


「今、どんな状況なんですか?」


 尋ねると、ダンは机上の地図を指で叩いて、


「大分押されてるな。恐らく、ここも直ぐに放棄する事になる。後2回は前線を引き下げる事が出来るが、その次は街への侵入を許す事になっちまう。2日持たせるので最大だ。下手すりゃ今日中にも王国が陥落する」


 軽い調子で語るが、戦況は芳しくないようだ。


 陥落寸前との報告は嘘ではないらしい。


「クロガネ王国からの援軍はどれくらいかかる?」


「え……それは……ちょっと分からないです」


 ダンに尋ねられ、申し訳なさそうに口籠る私。


 そう言えば、その辺の情報は一切聞かされてこなかった。


 一体、クロガネ王国からの応援はいつごろになるのだろうか。


 しっかりと聞いて来れば良かった。


「まあ、そんなのは実際、いつでも良いんだけどな。俺ははなから王国を放棄するつもりでいる。それなりに戦って、後はとんずらをかますだけだ」


「それって……逃げるって事ですか?」


「ああ、そのつもりだ」


 涼しくそう述べるダンに、私はかっと目を見開き、


「そんなのは駄目です! 徹底的に戦って、奴らを撃退するのです!」


 激昂する私にダンは面倒臭そうな表情を浮かべた。


「悪いが、命懸けで戦う根性なんざ俺にはねえよ。こんな所で死ぬのはごめんだからな。他のゴブリン達もこんな負け戦で奮戦する程、義理堅くはねえだろうしな。良い具合に逃げ出せるタイミングがあれば、さっさと逃げ出すぜ」


 ダンは天井を仰ぎ見た後、私の顔を横目で見る。


「お前はどうするつもりなんだ、シロメ? 今回の相手は軍だ。お前は恐らく、大人数の敵を相手に戦い、勝利した経験があるんだろうが、今回のは次元が違う。今、ここで起きているのは戦争なんだよ。いかにお前と言えど、一人で立ち向かう事なんざ出来ねえよ。ちっとばかし侵攻の速度を遅らせる事は出来るがな」


 口調は軽いが、ダンは強くたしなめる様子で私に言う。


 恐らく、ダンの判断は正しい。


 彼は臆病からではなく、長年培ってきた経験と知識から物を語っている。


 あくまでも冷静に物事を見ている。


 どちらかと言えば……。


 間違っているのは私だ。


「シロメ、お前……悪い顔してやがるな」


 ダンに指摘され、思わず自身の頬に触れる。


 そう、私は間違っている。


 何故なら、この危機的状況で……私は歓喜の笑みを浮かべていたからだ。


 大勢の敵が迫るこの状況に、私の胸の内に秘めた興奮がだんだんと大きくなっていくのを感じる。


 激しく、醜い争い。


 それは私の求めるものだった。


「お前はどうするんだ、シロメ」


 改めて、やや呆れた様子で尋ねて来るダン。


 私は胸の内側をさらけ出すように____


「今直ぐにでも、ヒト族共を皆殺しにしたいです」


 その凶悪な言葉で、いよいよ私の戦欲は抑え切れなくなる。


 グン王国の防衛? 同胞を救う? そんなのは、本当はどうでも良いのかも知れない。


 私は既に血に飢えた獣だ。


 世界に裏切られ、全てを失い、絶望したその時から、この機会を待っていた。


 ダンは溜息を吐いて、


「そっか……まあ、死なねえ程度に好きにして良いぜ。どうせ、止めても暴れて来るんだろう?」


 私は頷き、腰元のダガーを強く握りしめた。


「行ってきます」


 私はそう告げ、「へいへい、ご武運を」と見送りの言葉をダンに寄越される。


 戦いの場へと走り出す私。


 戦闘の音が更に大きくなっていく。


 心が弾む。


 今、私が考えている事は、この戦いをどう終わらせるのかよりも____むしろ、この戦いをどう大きくするか、だった。


 この争いの火種を、世界を燃やし尽くす戦火へと変えたい。


 ヒト族、魔族、その全てを巻き込む、最悪な争いへと。


「……!」


 景色が開ける。


 崖の下、そこでは騎士達とゴブリン達が戦闘を繰り広げていた。


 ゴブリン側は死傷者多数、一方の騎士側にはそれほどの損害は見受けられない。


 地形や飛び道具を駆使しての戦いをしているゴブリン達だが、質と量の両方で騎士達に大きく劣っている。


 ”地下水道”と言うホームでの戦いでなければ、ゴブリン達は一瞬で蹂躙されていた事だろう。


 私はダガーを前へと突き出し、その切っ先から黒い光を放った。


 太く濃密な黒い閃光が戦場に炸裂し、騎士達を蹴散らす。


 驚きと苦痛の悲鳴が上がった。


「何事だ!?」


 騎士達、そして、ゴブリン達からも黒い閃光を放った私の方へと視線が集まる。


 戦場には凪が訪れていた。


 多くの目がこちらに向いている。


 多くの耳がこちらに傾けられている。


 多くの者達が、今、私の一挙手一投足に注目している。


 私は____


「聞け、私の名前はシロメ!」


 己の存在を誇示する様に叫ぶ。


「リリウミアで半魔(ハーフ)として生まれ、ヒト族として平穏に生きて来た者だ!」


 私の声に、力が、そして憎しみが宿る。


「お前達ヒト族は私を理不尽に傷付け、追い出すばかりか、私の大切なものを全て奪った! だが、私は生きている! まだ生きている! 聞いているか、リリウミアの民よ! 私はこの暗き地底で再起をはかり、そして今や魔王となった! 後の歴史家は語るであろう! リリウミアは史上最悪の魔王を生み出したと! お前達が私に飢え付けた憎しみの感情が、世界を混沌に陥れたと!」


 あらん限りの感情を吐き出すように私は言葉を連ねる。


「私の名前はシロメ! 魔王シロメだ! お前達に宣言する! 私はお前達に復讐をする! お前達ヒト族を駆逐し、地上を魔族の力で支配する!」


 騎士達の間にはざわめきが起こっていた。


 私の存在に、シロメと言う名前に、魔王の呼称に動揺しているのが分かる。


「改めて告げる! 私は魔王シロメだ! 今この時を以て、魔王はリリウミアに宣戦布告をする! お前達の国を、そして、その他地上の国すらも我ら魔族の領土とする! 限りない憎悪と復讐の文言を以て、魔王の宣戦布告とする!」

第二章・完

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