第30話「淫魔の口先」
「ん、私の顔が何か?」
自然な振る舞いを心掛けて、私は自身の頬に触れる。
ヘイロンの瞳には以前、畏怖の色が滲んでいた。
私はダガーを鏡の代わりにして、自身の顔を確認する振りをする。
「ああ、うっかり元の姿に戻っちゃってますね、私」
「元の姿、だと」
「ええ、ダン国王にすすめられて、普段は”擬態”の能力で先程の姿に扮しているんですよ」
と、私は平然と嘘を述べる。
どちらかと言えば、先程までの姿が本来の姿で、今の私の姿は”擬態”の能力によって生み出された偽りの姿だ。
「母親譲りの私の容姿を怖がる魔族がいると聞いたものですから」
私のその言葉に、ヘイロンは目を見開き、
「母親譲り、だと。まさか、貴様……貴様は____」
「私は”白き太陽”の子供です」
告げる私にヘイロンが動揺する。
思った以上の反応だ。
私は見透かす様な目をヘイロンに向け、
「やっぱり、私が怖いですか、ヘイロン国王」
私は挑発する様に、
「どうやら、貴方は私が思っていた通りの人のようだ」
ややお道化た口調とは真逆に、私の脳内は慎重に言葉を選んでいた。
「貴方は存外、臆病な人のようですね」
「……何だと?」
「臆病は一概に悪とは言えません。それは、慎重さ、冷静な判断の裏返しでもありますからね。為政者に必要な要素と言えるでしょう。しかし、オーガの王の場合、話は少し違ってきます。何故なら、勇猛果敢な種族であるオーガは、その王に蛮勇を求めたがるからです」
ヘイロンの鋭い視線を無視し、私は勝手に語り始める。
「貴方が”白き太陽”と対峙した時もそうです。賢明な王である貴方は、かの女傑を前にしてその能力を正しく理解し、正しく恐れ、退散を決意した。それは正しい判断だったと思います。しかし、オーガの民にとっては、違います。民は貴方に、玉砕を覚悟した蛮勇を求めていた。偉大なる先王ヘイリンが、いかなる戦いにも後退を見せなかったように」
私はここ数日で得た知識から、まるでヘイロンの半生を覗き見たかのような口調で話す。
「貴方が求心力を失いつつある原因はまさにそれです。クロガネ王国の民は、貴方に勇敢さを求めている。しかし、貴方はそれを十分に示せていない。だから、貴方は魔王として、クロガネ王国の新たな君主として、勇みある前進を見せなければならないのです」
「知ったような口を! この俺様が臆病だと!? ふざけた事を抜かすな!」
顔を真っ赤にして激怒するヘイロン。
私はその気迫に恐れず、畳み掛けるように、
「いいえ、臆病です。それは貴方の国王就任時の宣誓を鑑みても明らかです」
「俺の国王就任時の宣誓?」
「ええ、貴方は国王就任時、こう述べられたそうですね。何人たりとも、我が国の領土を侵させたりはしない、と」
またしても聞きかじっただけの知識を披露する私。
「一見すると、勇ましい宣誓のように思えます。しかし、国民は退屈を、いえ、失望すら感じた事でしょう。何故なら、先王ヘイリンは建国以来の失われた領土を取り戻すと、常に口にしていたからです。攻めの先王に対し、貴方はあくまでも守りに徹している。それは民が王に求める所ではない。それでは民の羨望の対象にはならない。民は王に前進を求めているのに」
「抜かせ! 俺だって!」
ヘイロンは目をぎらつかせ、
「俺だって、いずれは攻めに出るつもりでいる! 今は王国内の安定を重視しているだけだ! いずれは親父と同じ様に____」
「親父と同じ様に? それでは駄目です」
言葉を遮る私。
「先王と同じでは駄目です。それでは前進を意味しない。貴方は、先王を越えなければならない。先王を追い掛けるのではなく、先王を越える事でしか、貴方は民に勇を示せない」
戦いが中断し、いつしか王宮の前庭は討論と演説の場と化し、違った熱を帯び始めていた。
「ヘイロン国王、今一度貴方に問います。貴方はクロガネ王国の国王として、オーガの魔王として、何を為されるつもりですか?」
初めは、早く戦いを再開しろと急かす野次も飛んでいた。
しかし、今、観戦者達は私の言葉、そして、ヘイロンの答えに聞き入っている。
この決闘において、群衆が君主としてのヘイロンの在り方に今一度注目している。
ここはヘイロンにとって王としての試練の場と化していた。
「ならば答えてやる! 俺はこの”地下水道”において、クロガネ王国を覇権国家とする! 地底に存在する全ての国を我が力と威光でねじ伏せてくれるわ!」
牙をむき、咆えるようにヘイロンは言う。
勇ましい王の姿に、観衆達の中には拍手を送る者もいた。
しかし、対する私はやや冷めた態度で、
「貴方はそれで満足なんですか? その程度で」
「何だと?」
「私が貴方なら、こう答えます」
私は天井を指差し、
「____ヒト族に奪われた地上を取り戻す!」
私の声は、言葉は、鋭く前庭に響き渡った。
困惑と驚きがヘイロンの顔に浮かび、それが群衆にも波及する。
「地上を取り戻す、だと?」
お前は何を言っているのだ、と言った顔だ。
私は拳を握りしめ、強く語り掛ける。
「大昔、地上にも魔族の国が栄えていたが、魔族は太陽を避けるために、自らその居場所を闇の中へと移したとされている。しかし、それは数ある歴史の一説に過ぎない!」
ヘイロンに、そして、この場に集った全ての魔族に、私は強い視線を与える。
「別の説は我々に屈辱の歴史を教えてくれます。魔族はヒト族との戦いに敗北し、惨めに地上を去ったのです! 我々はヒト族に居場所を奪われ、その結果、地上は奴らのものとなった! そして、長い歴史の中で、魔族はその状況に甘んじ続けている!」
私の言葉は半分が出まかせだ。
私は眉唾な歴史の一説を持ち出しているに過ぎない。
しかし、私の語り口調、気迫があたかもそれが真実であるかのような錯覚を皆に与えていた。
「勇猛果敢なクロガネ王国の民よ、お前達はそれを是とするのか! 奪われた地上を、ヒト族の所有物のままにして良いのか! 否! 聞かずとも分かる! 良い筈がない! 我々は奪われた場所を、卑劣なヒト族から奪い返さなければならない!」
私はヘイロンに手を差し伸べ、
「ヘイロン王よ、私は確信している! 私と貴方ならば、ヒト族から地上を取り戻す事が出来るでしょう!」
「……俺とお前ならば?」
やや困惑気味のヘイロン。
私は強く頷き、
「ヘイロン王よ、私を魔王にして下さい」
射抜く様な視線をヘイロンに与える。
「決闘前の私の言葉の真意を今話します。私は魔王になりたいと先に述べました。それはクロガネ王国を乗っ取る事を意図したものではありません。私は、貴方に私のための王国を作り、私を魔王として擁立して貰いたいのです。そして、兄弟国としての同盟を結んで頂きたい」
私は秘めた胸の内を明かすように、己の壮大な計画を伝える。
「私の夢は地上からヒト族を駆逐し、魔族の世界を作り上げる事です。途方もない、無謀な計画なように思えますが、私と貴方なら可能だと思います」
私と貴方なら____そう述べる事で、仲間意識をヘイロンに植え付けると同時に、私は貴方を高く評価していると言うメッセージを与える事が出来る。
「答えを聞かせて下さい、ヘイロン王よ。私と共に地上をヒト族から奪い返す気はありませんか? それとも、ヒト族との戦いに敗北した歴史に目を瞑り、大人しく地底に身を潜めますか?」
私からの誘い____この状況でヘイロンは断れる筈がない。
大勢の白熱したオーガ達に囲まれたこの状況で。
私からの誘いを断れば、弱気な魔王との誹りを受ける可能性があるからだ。
「地上をヒト族から、か____面白い事を言う奴だな」
ヘイロンの顔には興奮の表情が浮かんでいた。
「気に入ったぞ! 然り! オーガはそうでなくてはならない! ヒト族に奪われたのであれば、それは取り戻さなければなるまい! ならば、俺は地上に打って出ようぞ!」
滾った感情を吐き出すように、ヘイロンは武器同士を打ち鳴らし、私に差し向ける。
「しかし、シロメよ、お前に俺と共に歩む資格はあるのか……それを試させてもらう!」
そう言って、再び戦闘態勢を取るヘイロン。
「つまり、貴方と共にある存在として相応しいのか、力を示せと言う訳ですね」
応じるようにダガーを構える私。
予想通りの展開だ。
もしかして、言葉だけでこちらの誘いを受け入れてくれるかもとも期待はしたが、体裁や場の雰囲気から最終的にここに行き着く事は予測していた。
魔族にとって、力こそが全てだ。
己の要求を通すためには、最後には力を示さなければならない。
そして、今、その時が訪れたのだ。
「……第一段階はどうにかなった、か」
ヘイロンに聞こえないように、小さく呟く。
私は今しがた一つの勝利を成し遂げた。
会話により、ヘイロンを説得し、私にとって意義のある交渉の場へと彼を招き入れる事に成功した。
そして、私はこれからもう一つの真剣勝負を行う。
純粋な力同士のぶつかり合い。
私はこの勝負においても勝利しなければならない。
勝利____それは、ヘイロンに対してではない。
あくまで、勝負に対して。
この決闘を私の望む形で終わらせる。
それこそが、勝負に勝利すると言う事だ。
この決闘において、私はヘイロンに勝つ必要は無いのだ。
私にとっての勝利条件とは、二人の決闘者が生存した状態で、ヘイロンが満足する様に私の力を示す事。
負けても良い決闘と言えば、楽なものにも思えるが、実際はそのような単純なものではない。
両者の無事を確保しつつ、決闘を終わらせるのは、至難の業なのだ。
だが……やるしかない。
盤面は思い通りに整った。
魔王となり、ヒト族に逆襲を仕掛ける____その夢が始まりつつある。
なので、この好機を決して逃してはいけない。
絶対に勝つ!




