第27話「出立と夢」
アカツキの自宅に匿われてから1月以上が経過した頃、ついに事態が動く事になった。
「明日、結界が解除されるらしいよ」
帰宅したアカツキにそう告げられ、私は「え?」と声を漏らしてしまう。
「もう、解除される事になったんですか?」
アカツキの話から少なくとも半年ほどは今の状態が続くものと予想していたのだが。
ヘイロン王は何が何でも私を始末するつもりだと説明されていたので。
「結界の維持もタダじゃないからね。現在の”地下水道”の情勢を鑑みるに、これ以上の消費は好ましくないと判断したそうだよ」
「……そうなんですか」
”地下水道”は昨今、その勢力図が乱れており、クロガネ王国も周辺の国々と小競り合いをしている状態らしかった。
その上、最近ではリリウミアの騎士団が魔族の領域で目撃される事が多く(恐らく消息を絶った遭難者の捜索のため)、そちらの方にも意識を割かなければならない。
私を相手にする余裕など無いと言うことなのだろう。
「で、どうするんだい、シロメ君。明日にでも君はここから逃げ出すことが出来る訳だけど」
「……そう……ですね……」
「行く当てはあるのかい?」
「……」
押し黙ってしまう私。
正直、結界が解除されるのはもう少し先の事だと思っていたので、先の事はまだ良いかと、将来の事を考えるのは先延ばしにしていた。
「結界が解除されたからと言って、すぐにここを出て行く必要は無いよ。これからどうするのか、今からでも考えると良い」
こちらの心中を察したようにアカツキが言う。
その日の夜、私は与えられた寝床の中で、これからの事を考えた。
さて、この国を出て……私は何処へ向かえば良いのだろうか。
この場所に居られなくなって、今までの全ての計画が狂った。
改めてそれを思い起こし、私は何か悪い夢でも見ているのではないかと思ってしまう。
私の居場所は何処にある?
それとも、私に安住の地など無いのだろうか?
もうこの際、我が身を滅ぼすつもりで私を迫害した者達を____ヒト族も魔族も関係なく____皆殺しにしてやろうか。
この世界に一矢報いるために。
そんな事を考えている内に、いつの間にか眠り落ち、目が覚め、私は昨日までの生活を繰り返していた。
書庫で本を読み、武術の鍛錬をして、アカツキの手伝いをする。
思えばそれは、安全でそれなりに充実した日々な訳で……もう一生、ここに住み着いても良いような気がして来た。
だが____
「今日、国を出ます」
結界の解除が告げられた日から、3日後、私はアカツキにそう告げる。
「おや、決心したのかい、シロメ君」
「ええ」
「僕としては、もう少しここに居てくれても良かったんだけどね」
アカツキはやや真剣な面持ちで、
「これからどうするつもりだい? 何か行動を起こすなら、僕なりの助言をさせて頂こうと思うんだけど」
「どこか他の魔族に国に行きます」
私は新たに考え付いた計画をアカツキに話す。
私の覚悟を。
「____そして、魔王になります」
「……魔王」
「インキュバスは国盗りの魔族なんでしょう? ならば、その性に従うまでです。今度は上手く立ち振る舞って、国を奪い取ってやりますよ」
アカツキはやや面食らった顔をしていた。
「国を乗っ取り、私は魔王となったその国を強く、大きくし、野望を叶えます」
「野望?」
「私の存在を拒んだ世界に報いを与える」
アカツキは「ほう」と興味深げに、
「報い、か。それはクロガネ王国を滅ぼしてやると言う宣言かい?」
「クロガネ王国も、です」
「ははっ、君はなかなか不敵な奴だね」
愉快そうに笑うアカツキ。
「俄然、君の未来に興味がわいて来たよ。ああ、そうだ。魔王になって、国を大きくしたら、僕を国お抱えの学者として起用してくれても良いんだよ」
「考えておきますね」
そんな不敵な会話を交わした後、アカツキは何処からか手乗りサイズの袋を取り出し、私に手渡した。
何だろうとその場で中身を確認すると、金貨が数枚入っていた。
「……これは?」
「君への餞別だ」
「え、良いんですか?」
「新しい場所でやっていくのに、多少の身代は必要だろ。遠慮なく受け取ってくれ」
私は頭を下げて「ありがとうございます」とお礼を述べた。
アカツキ____変人である事には変わりないが、何から何までお世話になって、すっかりと私の恩人になってしまった。
いつか、この恩は返したいと思う。
「出発は夕食後にすると良い。比較的、国境付近の警備が緩む時間帯だから」
私はアカツキの言葉に従い、国を出るのは夕食後にする事にした。
私の持ち物と言えば、母親の形見であるダガーとアカツキから貰った金貨くらいなので、荷物をまとめるような必要は無い。
このまま、すぐに家を飛び出すことが出来る。
「お世話になりました」
「うん、元気でやるんだよ、シロメ君」
重い鉄扉をくぐり抜け、久しぶりに上の階へと足を踏み入れる私。
玄関口に立つと、アカツキが見送りをしてくれた。
「国から遠ざかるまではくれぐれも、油断はしないように」
そんな忠告を受け、私は家を飛び出る。
アカツキとの別れはあっさりとしたものだった。
しばらく歩いて、ふり振り返ってみると、自分でも意外な事に名残惜しさが湧いて来る。
アカツキとの生活はそれほど悪いものでもなかった。
あのまま、ずっとあの場所で暮らすのも悪くはないと思えるほどに。
だけど、私は決めた。
私は____魔王になる。
恐らく、それが唯一の道。
世界の何処にも居場所が無いのであれば、その場所を自分で作れば良い。
そして、いつか必ず____
「この世界に報いを」
意気込みを口にする私は、クロガネ王国の市街地に差し掛かり”擬態”の能力でオーガに扮する。
そのまま人混みを通り抜け、王国の外縁部へと至った。
およそ一月前と同じ道。
もう少しで、クロガネ王国の外に出る。
以前は結界によって阻まれたが、今回は____
「……いたっ!?」
私の進行は突如見えない壁に阻まれ、停止する。
「……え?」
と、思わず間抜けな声を発した私は、目を丸くして、目の前に手を伸ばす。
すると、そこにあったのは透明な壁____一月前と同じものだ。
……どうなっている?
「結界が解かれていない?」
その事実に気が付くと同時に、
「アカツキには嘘の情報を与えておいた」
「!?」
背後からの声に、驚き振り向く。
見知った人影がそこにあった。
「この一月、国中を探し回っても、お前は見つからなかった。お前が”擬態”の能力により国民に化けていると考え、対淫魔撃退術を住民に片っ端から掛けて行ったが、結果は得られず仕舞い。なので、可能性としてお前が何者かに匿われていると俺は予測した」
そう説明するのはペイハイだった。
彼のすぐ横にはヒイラギとダンもいる。
そして、背後には数人のオーガの兵士達が控えていた。
「最も怪しいと考えたのはアカツキ。アイツはお前の事でかなり執着していたからな。お前の処刑が決まった後、陛下に対し猛抗議を行っていた。あの国王にだ。まさに命知らずの行い。そんな無鉄砲な学者ならば、お前を匿っていてもおかしくない」
私はペイハイに向き直り、
「嘘の情報……私は罠に掛けられたんですか?」
「まんまと誘き出されたって訳だ。全く……アカツキの奴には呆れ返る。本当にお前を匿っていたとは。まあ、何はともあれ____」
ペイハイが片手を挙げると、背後に控えていた兵士たちが武器を取り出す。
「アカツキの大馬鹿者を張っていて正解だったな。観念して貰おうか、シロメ」
対する私はダガーを引き抜き、威嚇する様にペイハイを睨み付ける。
「悪いな、俺達はお前の一件で責任を取らされる立場にある。なので、この手で直々にお前を葬らなければならない」
ヒイラギが腰元の刀に手を掛け、前に進み出る。
「恨んでくれても構わねえ。でも、シロメを始末しないとお前を始末してやるぞってヘイロン王に凄まれてるんだよ、こっちは」
溜息を堪える様にダンが言う。
ペイハイにヒイラギにダン____こちらに来てそれなりにお世話になった者達だ。
そんな三者と敵として対面しないといけないとは。
何とも悲しい気持ちだ。
不思議と彼らに対する怒りが湧いてこないのは、彼らのそのどこか悲し気な面持ちのためだ。
彼らも私の始末は本意では無いのだろう。
全て、ヘイロン王の命令を遂行するためだ。
私の中でヘイロンに対する怒りが沸き上がり、
「臆病な王ですね。そして、貴方達も臆病な家臣だ」
吐き捨てる様に言うと、ペイハイが「何?」と眉をぴくりとさせた。
「たかだが一匹の淫魔相手にみっともないですよ。自分達が情けなくないんですか。こんなちっぽけな私に、大男達が寄ってたかって」
私の言葉にペイハイを始め、オーガ達が不服そうな苛立ちの声を漏らす。
オーガはプライドの高い種族だ。
取り分け、己の力や気概を侮辱される事を嫌う。
目の前のオーガ達の反応に、そんな事を思い出した私は____その瞬間に、何か閃くものがあった。
今の私は絶体絶命だ。
最早、逃げ道は無い。
クロガネ王国の外に出る事も、アカツキの家に戻る事も出来ない。
ならば、どこに活路があるのか?
……そうだ。
道は逃亡ではなく闘いの中にこそあるのだ。
「聞いて下さい、皆さん」
私は自身の胸に手を添え、
「今ここで、私、ハーフインキュバスのシロメは、クロガネ王国国王ヘイロンに決闘を申し込みます!」




