第26話「アカツキ邸での生活」
アカツキの自宅でお世話になる事になった私。
自宅で、と言うか、その地下施設で、なのだが。
言ってしまえば、現在の私は軟禁状態にあり、若干の心理的な窮屈さを感じるものの、命の危険がないと言う安心感にも包まれてもいた。
地下施設と言ってもそれなりの広さがあり、生活をするための設備も十分に整っていて、その上、読破するのに半世紀は要する程の量の本があるので、軟禁状態にあると言う事を意識さえしなければ、窮屈さも退屈も感じなかった。
地下施設での日々____
アカツキが家を空けている時は、私は書庫でひたすら本を読んでいた。
読書は好きなので、退屈どころか幸福ですらある時間だった。
読書の合間にはヒイラギから教わった獣人流の武術の修業を行っている。
空間が限られているため、派手に動き回る事は出来ないが、身体をなまらせない程度の運動は可能だ。
アカツキの在宅時は、地下実験室で彼の実験を手伝っていたりした。
地下実験室では危険な実験を行っている……と、聞いていたので、身構えていた私だが、やっている事は地味な作業とデータ収集だったので、肩透かしを食らった気分になった。
液体同士を混ぜ合わせたり、粉末状の物体に液体を掛けたりと……学校の授業でやっていた理科実験のような感じだ。
ただ、見た目に反して危険である事は確からしいので、気を抜く様な事はしなかった。
アカツキは私の血液や髪や爪、それと汗や唾液などを試料として欲しがったので、それらも提供して上げる事にした。
汗や唾液が欲しいと言われた時は、提供にあまり気乗りしなかったのだが……まあ、親切を受けている身なので、そこは我慢する事にした。
アカツキの要望には文句を言わず応える事にしているのだ。
ただし____
「ちなみに、精液を頂くことは可能かい」
「は? せ、せいえ____いえ、まだ、来ていないので無理です」
「本当かい? 本当に来ていないのか、ちょっと触って確かめさせて____いたっ!?」
この時は、思い切りアカツキの頭を引っ叩いて要望を突っぱねた。
さすがにデリカシーが無さ過ぎだ。
それと、来ていないのも本当なので、提供を要求されても、それはないものねだりと言うものだ。
アカツキは変人で、悪く言えば気味の悪い男だが、それでも彼との会話は有意義なものだった。
私が知らないこの世界の事をたくさん教えてくれる。
ある時、アカツキは興味深い話をしてくれた。
「君の持つ【スキルドレイン】と言うスキル。これは歴史的にとても大きな価値を持つものだよ」
突然、アカツキがそんな事を言い出したので、私は「そうなんですか?」と首を傾げるだけの反応しか返せなかった。
「君はヒト族のみが持つスキルと言う力の起源についてどれくらい知っているんだい?」
「……スキルの起源ですか? いえ、起源と言われましても……あんまり……」
「では、スキルの力は遺伝によるものだと言う事実についてはご存知かな?」
「それは学校で習いました」
スキルの力は親から子へと遺伝する。
正確に言えば、スキルの遺伝子が親から子へと継承される。
例えば、親が【剣術】のスキルの遺伝子を持っていれば、それが子へと引き継がれる。そして、遺伝子が発現すれば子は【剣術】のスキルを有する事になるし、遺伝子が発現しなくとも、潜性遺伝子としてスキルの遺伝子自体は有する事になる。
「ある一人のヒト族が持つスキルの力は、その先祖から代々引き継がれてきたものだ。君が生まれつき持っていた【スキルドレイン】と言うスキルも、君の母親から、そしてその両親から受け継いで来たもの」
母親には【スキルドレイン】のスキルはそなわっていなかったが、それでも潜性遺伝子としてスキルの遺伝子は持っていたと言える。
「では、その遺伝の終端はどうなっているんだろうね。スキルを持つ始まりのヒト族は。これには様々な説があるが、最も有力なのが、トワビトがヒト族にスキルの力を授けたと言う説だ。ヒト族が魔族に対抗出来るように、ね」
「トワビト?」
「君もトワビトの存在は知っているだろう。なにせ、リリウミアで天から遣わされた君主____即ち、天子として崇められている存在こそトワビトなのだから」
「……はあ、まあ、存在くらいは知っていますけど」
「なんだい、その微妙な反応は」
「いや、何と言うか……いまいち、眉唾なんですよね。そんな人が本当に存在しているのか、ちょっと疑問だったり」
「ああ、確か、リリウミアのトワビトは半世紀前くらいから長い眠りの期間に入っていて、若い国民達は会った事どころか、目撃したことすらないんだったね」
「完全に伝聞の中の存在です」
トワビト____永遠の時を生きる者にして、神や天使に近き種族。
リリウミアはリリウムと呼ばれる一人のトワビトにより建国され、治められているのだ。
ただし、私はその姿を一度も目にした事がない。
永遠を生きるトワビトはその膨大な記憶を整理するために、数世紀に一度、長い眠りに就く事があるらしく、リリウミアの君主であるトワビトも今はその眠りの期間らしい。
建国主にして君主である眠れるリリウムは一般国民が近付く事の許されないリリウミアの中心部にて安置されていると聞く。
リリウムに関しては、神話の文脈で語られる事が多く、そのため、私はリリウムと呼ばれるトワビトなど存在せず、リリウムはリリウミアが神聖さを自国に付与するためにでっち上げた架空の存在なのではないかと秘かに疑っていたりもした。
まあ、とは言っても、高齢なハーフエルフなどはその存在を実際に目撃しており、実在を証言しているので、私の疑いはただの妄想に過ぎないのだろうが。
「話が逸れたね。そのトワビトなんだが、彼らがヒト族にスキルの力を与えたと、様々な文献で語られる事が多いんだ。で、この説と、君が【スキルドレイン】と言うスキルを持つと言う事実から、一つの推測が出来る」
アカツキは人差し指をピンと立て、得意気に告げる。
「大昔にハーフサキュバスかハーフインキュバスは存在していて、ヒト族の仲間として認められていた、と言う事実さ」
「……え?」
「だって、そうだろう。【スキルドレイン】は“吸精”の能力を持つ存在、即ち、ハーフ淫魔のためのスキルだ。だとすれば、大昔にトワビトがハーフ淫魔をヒト族の仲間として認め、スキルの力を授けたと考えられる。そして、その遺伝子が現代のシロメ君にまで引き継がれる事になった」
……確かに。
【スキルドレイン】のスキルは”吸精”の能力を持つ者にしか扱えない。
それはハーフサキュバスかハーフインキュバスのためのスキルだ。
このスキルの存在は、アカツキが述べたように、大昔にハーフ淫魔が存在していた事実とそのハーフ淫魔にトワビトがスキルの力を授けたと言う事実を示す。
トワビトはハーフ淫魔をヒト族の仲間として認めていたのか。
「シロメ君、この国を抜け出したら、一度トワビトに会いにリリウミアに赴いてはどうだい?」
「リリウミアに、ですか」
「トワビトが目覚めたら、だけどね。僕の説が正しければ、トワビトは君を受け入れてくれるかもしれない」
「……それは」
それは……実現するには危険すぎる行為ではなかろうか。
トワビトの元まで辿り着くのに困難を要するし、トワビトが私を受け入れてくれるとは限らない。
そもそも、あんな所、戻りたいとも思えない。
「まあ、しばらくは時間があるだろうし、ゆっくりと考える事だね。この先の君の事を。何処へ向かうのか。何を為すのか」
「そう、ですね」
出国の機会が得られたら、私はこれからどうするべきなのかの決断をしなければならない。
しばらくはここでの生活が続くわけだが。




