第25話「アカツキの誘い」
アカツキの提案を受け入れた私は“擬態”の能力を発動させ、オーガに扮装してこの胡乱な男に付いていく事にした。
私の”擬態”は完璧で、街中で住人とすれ違っても、誰も私の事を気に留める者はいない。
しばらく街中を歩いていると、ふと、遠くの方からいくつもの怒鳴り声が聞こえて来た。
内容は詳しく把握出来ないが、「インキュバス」だとか「シロメ」だとか、私に関する単語が耳に入って来たので、恐らくは私を始末するべく奔走する王宮からの追っ手のものだろう。
「随分必死に探されてますね、私」
追っ手の怒声のせいで街はきな臭い空気に支配され始めた。
アカツキは肩をすくめ、
「まあ、インキュバスだからね」
「……インキュバス、だから」
アカツキの言葉に私は顔をしかめ、
「インキュバスがどうしたって言うんですか」
「諸々の話は僕の家でしようか。君の知りたい事も、知りたくない事も、たっぷりとお話して上げるよ」
不貞腐れて吐き捨てるように言う私をなだめる様にアカツキはそう告げる。
やがて、私達は閑静な住宅街に足を踏み入れた。
建物が煩雑に並んでいるのに、あまり人気のない場所だ。
住宅街と言うより、旧市街地と称した方が良さそうな感じがする。
「見えた。あそこが僕の家だよ」
アカツキが指差したのは大きなボロ屋だった。
近くで見ると造りはしっかりとしているが、見た目に対するこだわりはないのか、壁面には汚れが目立っており、庭らしき場所にはガラクタが乱雑に放棄されていた。
アカツキは自身を王宮の高官と称していたが……とてもその身分に合う住処とは思えない。
「凄い場所に住んでますね」
「住む場所にこだわりは無いんだ。広くて、周囲に人がいないような家なら何でも良いのさ。それに、家の中は整っているよ」
アカツキの言葉通り、家の中はそれなりに綺麗だった。
物は多いが、きちんと整理されている。
外見に反し住みやすい家と言う感想を抱いた。
「楽にしてくれて良いよ」
アカツキにダイニングルームのような場所に通され、椅子を勧められる。
私は尚も警戒を緩めず椅子に座った。
対面にはアカツキが腰掛ける。
「さてさて、取り敢えずは一段落って感じかな」
ふうと息を吐くアカツキ。
「まだ、君は困惑の最中って顔だけどね」
「……ええ……まあ……」
私は歯軋りをして、
「意味が分かりませんよ。どうして……私が……インキュバスだからとか……全然納得できません」
「シロメ君はどうやら、インキュバスがどのような存在として扱われているか、理解していないようだね」
「サキュバスとどう違うんですか。同じ淫魔なのに」
噛みつくように尋ねる私に、
「インキュバスは一言で表すのであれば、国盗りの魔族なのさ」
「国盗りの魔族?」
「ああ、だからこそ、権力者____取り分け魔王にとって、この上なく厄介で、排除しなければいけない存在なのさ」
……インキュバスがそこまで危険な存在とは思えないのだが。
私がいまいちピンと来ていないような顔をすると、
「事実、インキュバスによって乗っ取られ、支配された国は多い。魔族の国も、ヒト族の国も」
「……インキュバスってそんなに強い魔族なんですか? オーガやヴァンパイアの方がよっぽど強そうな印象があるんですけど」
アカツキは「うーん」と唸ってから、
「単純な戦闘力で言うのであれば、君のその印象は間違っていないよ。だけど、人を支配するのは暴力だけじゃないんだよ。心を操る事に長けたインキュバスは、集団の中に入り込み、その内側からじわりじわりと、誰にも気が付かれないような方法で己の支配を広める。中でも、インキュバスが持つ”支配”の能力は厄介極まりないものなのさ。いや、この能力があるからこそ、インキュバスは忌み嫌われるのと同時に魔族の支配種と称されているくらいだ」
アカツキはあっと思い出したように、
「そう言えば、シロメ君は”支配”の能力は扱えるのかい?」
「……ええ、扱えますけど」
「だったら、先に契約の方を済ませてしまおうか。僕が君に危害を加えないと言う契約を。そうすれば、君も裏切りの不安を取り除き、気兼ねなく僕の事を信用出来るだろうから」
「……契約?」
首を傾げた私は、しばらくアカツキと見つめ合う事になる。
アカツキが焦れたように「さあ、早く”支配”の能力を使ってくれ」と言って来たので、
「私の”支配”の能力は魔族には通じませんよ」
「……? どう言う事だい?」
「そのままの意味なんですけど」
アカツキが不思議そうな顔をしたので、私は詳しく説明する事にした。
私の“支配”の能力が効果を及ぼすのはヒト族だけだ。
魔族には力が通じず、また獣化して獣の状態となった獣人にも無効である事が判明している。
私がその事実を伝えると、
「いや、話を聞かせて貰ったが____第一に、君のその力は”支配”の能力ではないよ」
「え?」
「僕にもよく分からない何か別の力さ」
アカツキの言葉で、私はサルスベリにも同じような事を言われたのを思い出す。
私が”支配”の能力だと思っている力は、実は別の何かなのだろうか。
「インキュバスが使用する”支配”の能力って言うのは契約の力なのさ。インキュバス本人と対象者との間に決して破る事の出来ない契約を結ぶ力。例えば、この力を使って、インキュバスは対象者に自身に対する加害行為を禁止する事が出来る」
「……それがインキュバスの”支配”の能力なんですか」
契約を結ぶ力、か。
”支配”と言う名前の割に、あまり大した事がないような。
”契約”の能力とでも称した方が適している気がするが。
「言っておくけど、これは恐ろしい力だよ。確かに、この能力単体ではそれほど脅威にも思えないかも知れないけど、その他のインキュバスの能力と併用する事で、その名の通り、相手を完全服従させる事が出来る。大抵の場合は”催眠術”の能力で対象者の正気を奪い、不等な服従契約を結ばせる方法が取られたりするらしい」
力説するアカツキ。
確かに、言われてみれば凄い力なのかも知れない。
使い方によっては、どのような相手でも永遠に自分の言いなりにする事が出来るのだから。
国一つ乗っ取る事だって可能だろう。
「まあ、でも、君はどうやらその力が使えないようだけどね」
「……らしいですね」
「では、君が”支配”の能力だと勘違いしていた力は一体何なんだろうねえ。言葉により行為を強要するその力。インキュバスの能力でも、スキルの力でもない」
アカツキの興味深げな視線が私に向けられる。
「君は実に面白い存在だ。やはり、危険を冒してまで保護に努めたのは正解だったよ」
危険を冒してまで……全くその通りだ。
「……私を匿っている事がバレたら、やっぱり、アカツキさんも不味い事になりますか」
「魔王に対する裏切り行為だからね。まあ、でも罰を逃れる手はあるよ。例えば、君に”催眠術”の能力で操られていたとか言い訳できるし、その気になれば、クロガネ王国を出れば良い。僕ほどのオーガになれば、その能力を欲しがる国は山ほどあるさ」
アカツキは自信たっぷりにそう述べる。
「それに、君を隠すのに最適な施設がここにある」
アカツキは床を指差し、
「僕の自宅は地下が個人用の研究室になっているのさ。色々と危険な実験もするから、恐らく国で一番セキュリティが高く、頑丈な造りになっている。君を隠しておくのには申し分ない」
「……この地下が」
「早速案内して上げるよ。僕の地下研究室に」
言うや、アカツキは立ち上がり先導を開始する。
私も立ち上がり、その後ろに付いていく事にした。
地下研究室と言っても、そもそもこの場所そのものが地下だったりするのだが。
階下に移動すると言う事で、私は罠の可能性を疑い警戒心を強めた。
案内のままに長い階段を降りると、巨大な鉄扉が姿を現す。
アカツキは何やら複雑な解錠作業に取り掛かり、しばらくすると、鉄扉は重厚な音を響かせて、ゆっくりと開いた。
「……おお」
と、思わず感嘆の声を発してしまう。
目の前に広がるのは、巨大な空間。そして、果てまで続く蔵書の大列だった。
「ここが、地下研究室ですか」
「いや、ここは書庫さ。研究室はここから更に下にある」
私はアカツキの言葉を耳にしながら、目前の書籍の軍勢に圧倒されていた。
これは全てアカツキの所有物なのだろうか。
この量の本を読み込んでいるとなると、彼の知識は相当なものになるのだろう。
「シロメ君は本が好きなのかい?」
「え……まあ……好きな方ですけど」
「ならば丁度良い。ここは君にとって良い暇つぶしの場所になるよ。君はしばらく籠城しなくちゃいけないからね」
「籠城?」
首を傾げると、
「君がヘイロン王から、クロガネ王国から逃げ出す方法は一つ。ヘイロン王が君の事を諦めて結界を解くのを待つ。これしかない。時が来るまで、君は身を潜める必要があるのさ」
「……それって、どれくらいかかりますか」
「さあ、王の気分次第だ。でも____」
アカツキは手の平を目の前に差し向け、
「君がここの本を全て読み切る前には諦めてくれると思うよ」
「……それは、まあ」
恐らくだが、全図書の読破には数年、いや数十年はかかるだろう。
それまでには……さすがにヘイロン王も私の事を諦めてくれるだろう。
多分。
「まあ、気長に待ち続ける事だね。焦らず機会を窺う。これは、人生において最も大切な事だよ。何事も急くと仕損じるものさ」
と、暢気に述べるアカツキであった。




