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第7話「バスティナ監獄」

 目を覚ます。


 どうやら長い間、眠っていたようだ。身体の怠さがそれを教えてくれる。


 ここはどこだろうか?


 周囲を見回す。


 暗い、石壁に囲まれた空間。寒々として、その上、じめじめとしている。


 そして、威圧的に部屋を遮る鉄格子の存在に気が付いた時、私はここが牢屋であることを知った。


 身体を起こす。


 一応は清潔な寝床と、パーティションによって区切られたトイレがあるだけの寂しい一室。


 私は不安な気持ちを抱いたまま、鉄格子に近付く。


 視界に映るのは、暗い廊下と居房の並びのみ。それ以外は何もない。


 私は寝床に腰掛け、記憶を辿る。


「……私、アンリエットに逮捕されたんだ」


 アンリエットにハーフインキュバスである事を見抜かれてしまった。


 私は騎士達に取り押さえられ、そして、連行されたのだろう。


 だとすれば、ここはバスティナ監獄の構内だと思われる。


 アンリエットは私をバスティナ監獄へと連行すると口にしていた。


「……どうなるんだろう、私」


 いきなりの事過ぎて、私はこれが現実の出来事であると受け止め切れずにいた。


 これは、何か悪い夢なのではないだろうか? そう思えてくる。


 ハーフインキュバスである事がバレたのも、監獄へと連行されたのも、全て夢の中の話。


 しかし、これは夢ではない。


 私は監獄に連行され、こうして牢屋の中にいて……。


「そうだ……お母さんは……!」


 母親はどうなったのだろうか。


 アンリエットは母親も監獄へと連行すると言っていた。


 私は再び鉄格子へと駆け寄り、


「すみません、誰かいませんか! 誰かいたら来てください!」


 声を張り上げ、人を呼ぶ。


 現状を知りたい。


 私、そして母親がどのような状態にあるのか、確かめる必要がある。


 私はこの通り監獄へと連行された訳だが、まだ刑が執行された訳ではないし、刑の執行が決定されたかも定かではない。


 立振る舞い次第で、ここからどうにかなる可能性だってある。


 しばらくその場で立ち尽くしていると____


「あら、やっとお目覚めかしら?」


「……!」


 足音と共に、その声が響く。


 私はやや取り乱し、


「……アンリエット!」


 その名を憎々し気に口にする。


 鉄格子を挟んで私の目の前に現れたアンリエットは、「ちょっと、アンリエット”さん”でしょ?」と反抗的なこちらの態度に顔をしかめ、


「ふふ、ようやくね」


 愉快そうに口元を歪めるアンリエット。


「ようやく、貴方達を監獄へぶち込む事が出来たわ」


「……貴方達(、、、)?」


 その言葉に私は最悪の事態を察する。


「お母さんもここに?」


 私の問い掛けにアンリエットは満足気に「そうよ」と頷く。


 ……母親が逮捕された?


 途端、私の中で何かが弾け____


「ふざけるなッ! 冤罪だ! 私は魔族じゃない! いますぐここから出せ! 私と母親を解放しろ! これは不当な拘束だ! お前を訴えてやる、アンリエット!」


 これほどまでに喚き散らかした経験など初めての事だった。


 おかげで喉がガラガラになる。


 一方のアンリエットは、私を黙らせるように鉄格子を蹴り、


「貴方は魔族よ! いい加減認めなさい!」


 私に負けじと大声を張り上げる。


「まず、貴方、性別を偽っているでしょ? 貴方、男性よね」


 アンリエットは私の下半身を指差している。


 今更だが、私は囚人服を着ていた。


 と、なると、元の衣服から着替えさせられた時に、性別を確認された筈だ。


 ……み、見られた、と言う訳か。


 いや、今は恥ずかしがっている場合ではないのだが。


「それに、貴方の足の付け根に、サキュバス紋みたいな模様が確認出来たわ。これでも魔族じゃないって言い切るの?」


「……自分でいれた刺青(いれずみ)です。サキュバス紋みたいって言いましたけど、それはアンリエットさんの思い込みじゃないですか。これ、どっちかと言うと、天使の紋章に近いと思うんですけど」


「貴方、往生際が悪いわね」


 アンリエットはイライラとしているようだった。


「貴方はただ、自分は魔族ですって口にすれば良いの! 話が進まないでしょ!」


 その時、私はアンリエットの腰元にとあるものを発見する。


 それは録音機だった。母親が弄っていたのを見たことがある。


 腰元の録音機。異様に私が魔族である事を認めさせたがっているアンリエットの様子。それら二つの事から私は一つの事実を察する。


 アンリエットは私を魔族として処罰するために、自白を欲しているのだ。


 逆に言えば、自白がない今の状態では、私が魔族である事は認められていない。


 ならば、自白をしない限り、ここから挽回する事も可能かも知れない。


 その気付きを得た私は、思わず息を飲み、己を奮い立たせた。


 ……絶対に自分が魔族であるなどと口にしてはいけない!


 私の察しに勘付いたのか、アンリエットは小さく舌打ちをして、


「……はあー……全く……しょうがないわね……いいわ、腹を割ってお話しましょうか」


 少しだけ態度を改めるアンリエット。


「貴方が魔族である事は様々な事実からほぼ確定な訳よ。だけど、法治国家の常なのかしらね。悪人を裁くのにも色々と手間が掛かるのよ。アイツは魔族だ、殺せ____みたいな事って結構難しいのよねえ」


 愚痴るようにアンリエットは言う。


「特に今回の場合、貴方が魔族だって認めたくないお偉い様が結構いるのよ。だって、これは国防上の大問題な訳だから。事実を認めたら、最悪、引責辞任に追い込まれちゃうでしょ」


 リリウミアの中に魔族がいた____と、なると、確かに、今回の一件で責任を取らされる者はいるだろう。


「私の開発した”インキュバス祓い”の有用性を疑問視したり、まあ、色々と難癖を付けて来てる訳だけど……貴方が自白してくれれば、話は一気に進むわ」


 ……こっちは話を進めたくはないんだけど。


「ねえ、提案があるの。貴方が魔族である事を自白して、リリウミアに敵意が無い事を示せば、貴方とクロバの処罰を軽いものにして上げる。本当なら、二人とも極刑予定な訳だけど、国外追放で済ませて上げるわ。悪い話じゃないでしょ? だって、命は助かるんだから」


 アンリエットの提案に私は意図せず前のめりになった。


 思わず、「本当にですか?」と言い掛け、ぐっとこらえる。


「貴方、どのみち、ダンジョンに追放でしょ? だって、本当の性別は男な訳だし。これって、むしろおいしい話だと思わない?」


 私は何も答えず、探る様な視線をアンリエットに向けていた。


 アンリエットの提案は、確かに魅力的なものだ。


 ただし、それはアンリエットがしっかりと約束を守ってくれればの話になるが。


 アンリエット程信用に値しない人間も珍しいだろう。


 自白だけさせておいて、その後、しっかりと私達を処刑する可能性の方が高い。


 私が黙っていると、


「シロメ、貴方、純粋な魔族じゃないんでしょ。半魔(ハーフ)って奴よね。半分はヒト族なんだから、素直に白状すれば、きっと温情ある判決が下されると思わない?」


 こちらの心を揺さぶって来るアンリエット。


 事実、私の心は揺らいでいる訳だが……。


 私は絶対に自白してはいけないと己に言い聞かせ続けた。


 やがて____


「全く、強情ねえ……じゃあ、いいわ、貴方に良いもの見せて上げるわ」


 そう言うと、アンリエットは鍵を使って居房の中に入って来た。


 身構える私の手首を強引に掴んで手錠をかけ、


「付いてきなさい」


 手錠から伸びるリードを引き、アンリエットは私を廊下へと連れ出す。


 手首に手錠が食い付き、私は顔をしかめた。


 何やら見せたいものがあるらしいが、一体、アンリエットは私に何を見せるつもりなのだろうか?

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