第24話「対淫魔結界」
どうして、こうなった?
王宮内を走りながら、私は尚も困惑から立ち直れないでいた。
何で、私は処刑を言い渡された?
全く訳が分からない。
ヘイロンは私がインキュバスだからと説明していたが……それがどうしたと言うのだ。
サキュバスとは何が違うのか。
「……くそっ」
気が付けば、目の端には涙が浮かんでいた。
惨めな気持ちだ。
ここでも、私は理不尽な迫害を受けるのか。
「……くそっ……くそっ……くそっ……!」
呪いの言葉を吐きながら、ひた走る私。
「貴様、止まれ!」
やがて、王宮の前庭に差し掛かった時、オーガの門番達に行く手を阻まれる事に。
立ち止まる私。
背後からはオーガの追跡者達が迫って来ていて、私はじきに挟み撃ちにされる形となった。
腰元のダガーに触れ、私は腰を落として周囲に視線を巡らせる。
……どうする、私。
戦って良いのだろうか?
ダガーを引き抜くのを躊躇う。
ここで刃を振るってしまえば、私とクロガネ王国との対立が確定してしまう。
完全に立場を失ってしまう。
「____【赤電】!」
私はダガーを手放し、手の平を真上へと向け、【赤電】のスキルを使用する。
赤い稲妻のドームが私を中心に広がり、こちらを包囲しつつあったオーガ達に後退を余儀なくさせた。
隙が出来る。
私は【赤電】を発動させたまま、王宮の外へと疾駆した。
「待てッ!」
背後からの怒声。
それがだんだんと遠ざかっていく。
私は逃走に成功し、王宮とオーガ達を後にしていた。
幅広の道路から市街地へと駆け込み、私は息を整えるべく人気のない小道へと逃げ込んだ。
暗闇の中の暗闇____積み上げられた木箱と木箱の間に身を置き、私は地面にへたり込む。
周囲に意識を配り、追跡者がいない事を確認すると、安堵と共に、絶望と悲しみが沸き上がって来た。
「……はは」
思わず乾いた笑いが漏れる。
「……一緒じゃんか……リリウミアの時と」
今のこの状況……正体がバレて逃走する____リリウミアから逃げ出そうとした時と全く同じだ。
……ここでも、なのか。
ここにも、私の居場所はないのか。
ヒト族の世界でも、魔族の世界でも。
「……ふざけるなっ!」
噛みしめた唇から血がにじむ。
私は木箱を蹴り、それから、言葉にならない声を喉から発し、地面にうずくまった。
「……ふざけるなっ……ふざけるなっ……ふざけるなっ……!」
しばらく、呪いの言葉を吐き散らしながら地面を叩いていた私だが、目下対処しなければならない事案がある事に我に返り、
「……取り敢えず……ここを離れないと」
そう呟き、前を向く。
この国から抜け出さなければならない。
行動は早い方が良いだろう。
私は目抜き通りに進み出て、王国の外へと移動を開始した。
出来るだけ目立たないように人混みの中に紛れる私。
王国の外周部へと進むごとに、人通りは少なくなり、やがて舗装された道路が途絶える。
無事に王国の外へと抜け出す事に成功した……と、思ったのだが____
「……痛ッ!?」
その一歩を踏み出した途端、私は何かに額をぶつけた。
地面にしゃがみ込み、額を押さえる私。
顔を上げ、目の前を見るが、そこには何も無い。
何も無いのだが____
「……進めない」
目に見えなくとも、そこには壁があった。
透明な壁が。
両の手の平を広げて前へと突き出し、その感触を確かめる。
硬くて重厚で____一切の進行を阻む、無慈悲な壁。
私は蟹歩きをして、それがどこまで、どのように続いているのかを調べる。
しばらく調査して分かったのだが、透明な壁はクロガネ王国を包囲する巨大な城壁となっているようだった。
この透明な巨壁に隙間はあるのだろうか?
どこに外へと通じる道があるのだろうか?
「……ここは手っ取り早く」
国外へと至る出口を探すのを諦め、私は強硬策に出る事にした。
少し壁から離れ、
「【紫電】!」
透明な壁を破壊するべく紫色の雷撃を放つ。
しかし、私が次に目にした現象は____
「!?」
予想外の展開に目を見開く。
私の放った雷撃はあろうことか、そのまま何ものにも阻まれる事なく、彼方の岩肌にぶつかり、爆発音を遠雷のようにこちらに響かせた。
そう、雷撃は透明な壁をすり抜けたのだ。
私は急くように前方へと歩み、
「いたっ!?」
透明な壁に額をぶつけた。
壁は確かにそこにある。
消えてなどいない。
「……どうなっているんだ?」
もう一度____
再び雷撃を放った私は、同じ現象を目にした。
どうやら、雷撃は壁を素通りするようになっているようだ。
いや、雷撃だけではない。
私は何かしらの予感を覚え、足元の小石を拾って透明な壁に投げつけたのだが、小石も雷撃同様壁をすり抜けていった。
これは、もしかして____
「……私だけを阻む壁」
そう口にした途端、
「正確には、淫魔を阻む壁、かな」
「!?」
背後からの男性の声に驚き振り向く。
そこにいたのは、
「……アカツキさん」
先日、知り合ったばかりのオーガの男がそこにいた。
身構える私。
周囲に彼以外の人気は無い。
「警戒を解いてくれないか、シロメ君」
アカツキはにっこりと笑って、敵意が無い事を示す様に両手を挙げた。
私は尚も警戒を緩めず、観察する様に男を見つめる。
「君、ハーフインキュバスなんだってね。昨日、真実を知った時は驚いたよ」
こちらに歩み寄りながら、アカツキが話しかけてくる。
「そして、こうなる事は分かっていた。君がインキュバスであるのならば、国王は君の存在を拒むだろうから」
アカツキは私の背後を指差し、
「君はこの国から逃げ出せないよ。対淫魔結界が君の進行を阻むからね」
「……対淫魔結界」
「サキュバスとインキュバスの行き来を阻む結界だよ。クロガネ王国全土に展開中で、君は袋の中の鼠と言う訳さ。陛下は確実に君を始末するつもりらしい」
説明をするアカツキに私はダガーを突き付ける。
「それ以上近付かないで下さい」
警告に対し、アカツキはへらへらとした態度で、
「分かった、分かった。だから、いい加減、君も警戒を解いてくれよ。僕は君の敵では無いよ。君を始末するとか、そう言った目的のためにここにいるんじゃない」
私はダガーを懐に仕舞い、
「じゃあ、何が目的なんですか?」
「君の保護だよ」
「……保護?」
私がぽかんと口を開けると、
「当然だろう。ハーフインキュバスと言う貴重なサンプルを失うだなんて、学者としてあるまじき事だよ」
「……貴重なサンプルって」
まるで物扱いだ。
「まあ、僕の事情はこの際どうでも良いさ。君、このままだと殺される事になるけど、それは本意じゃないだろう? クロガネ王国は君が思っている以上に強大で、容赦がないよ。だけど、僕ならば、君を匿い、救って上げる事が出来る。時間が惜しいし、早い所、僕の保護下に入る事を決断して貰えないだろうか」
「……」
アカツキからの誘い。
逃げ場を奪われた私にとっては有難い申し出だが____
信頼しても良いのだろうか?
目の前のオーガからは敵意や悪意は感じられない。
そして、私に救いの手を差し伸べるもっともらしい理由も判明している。
しばし、迷っていた私に、
「よし、じゃあ、行こうか!」
「あ……ちょ、ちょっと!」
アカツキは無遠慮にこちらに歩み寄り、歩行を促す様に私の背中を叩いた。
「君、”擬態”の能力は使えるだろ? 頭部から角を生やしてオーガに扮してくれ。そうすれば、堂々と街中を歩く事が出来る」
「いや、勝手に話を____」
「今から僕の自宅に向かう。そんなに距離は無いから、気構えなくても良いよ」
私の意見など関係なく、話を進めるアカツキ。
私は溜息を吐いて、
「まあ、良いです……貴方の話に乗って上げますよ。ただし、妙な動きを見せたら、問答無用で斬りますからね」
と、懐のダガーをチラつかせる。




