第23話「処刑宣告」
「ヒイラギ、ダンよ。この場でその者を処刑せよ」
ヘイロンの口から紡がれる重い宣告。
その唐突で衝撃の内容に、私は目を丸くした。
……処刑せよ?
この私を……殺せと命じているのか?
どうして?
私がヒイラギとダンの方を見遣ると、彼らは顔を下げたまま表情を硬直させていた。
やがて、ヒイラギが____
「シロメを始末するお積りで?」
そう静かに尋ねるヒイラギ。
その口調には、異議や抗議、そして驚きの色はなく、どちらかと言うと諦めの感情が強いように思われた。
まるで、ヘイロンが処刑の命令を発する事を予感していたかのような。
「そうだ。今直ぐ、貴様の腰元の業物で、淫魔の首を刎ねるのだ」
「ヘイロン王よ」
命ずるヘイロンにヒイラギは絞り出すような苦し気な声を出す。
「シロメは私の友人で御座います。彼女……いえ、彼に対する処刑の決断について、異議を申し立てる気は毛頭御座いませんが、その執行の役目を私に与えるのは、あまりにも酷な事ではありませんか」
「甘いな、ヒイラギ。なればこそだ」
慈悲を乞うような声音のヒイラギに、ヘイロンは冷酷な視線を与える。
「その友人とやらを自らの手で葬り、俺様に忠誠を示すのだ」
「……」
ヒイラギは口を開きかけ、苦し気に自身の唇を噛みしめた。
と、ここでダンが咳払いをして、
「シロメを手放すのはもったいないですぜ、陛下」
横からやや控えめに告げるダン。
「ハーフインキュバスを従えるとなれば、ヘイリン前国王をも超える偉大な魔王となれますぜ」
「……親父の名を出すな、ゴブリン風情が!」
「これは失敬」
ヘイロンに睨まれ、ダンは口を噤んで表情を固くする。
私は息を荒くして周囲の状況を確認。
ヒイラギの方を見ると、彼の手が腰元の鞘に伸びて、迷う様に掴んだり掴まなかったりを繰り返していた。
ヘイロンは厳しい表情で私に嫌悪の視線を与えている。
脇に控えるオーガ達も私に敵意の眼差しを向け、何やら身構えている様子。
何なんだ、この状況は。
「何故ですか?」
私は声の震えを抑え、ヘイロンに尋ねる。
「何故、私を処刑するのですか?」
理由に皆目見当が付かない。
何か重大な過ちを犯した記憶もない。
確かに、性別詐称はしたが……それは極刑に値する悪事でも無い筈だ。
「貴様がインキュバスだからだ」
「……インキュバス、だから?」
「貴様の髪の毛と検査液を用いて、貴様が本当にインキュバスである事は確認した。よって、貴様を処刑するとの判断を下すに至った」
ヘイロンの言葉に呆然とする私。
……インキュバスだからって。
「意味が分かりません! どうして、インキュバスだからって……!」
心臓がバクバクする。
ヘイロンから、そして周囲から注がれる敵意の眼差しに、息が詰まりそうだ。
そして、全身を肌寒さが襲う。
私は……これと同じ空気を以前にも感じた事がある。
リリウミア____ヒト族の世界で感じた孤独と絶望。
騎士達から向けられる憎悪の視線。
同じだ。
ここでも、あそこと同じ体験を味わう事になるとは。
「シロメ」
ダンが私の名前を呼ぶ。
私が彼の顔を見遣ると、そこには何か諦観の色が浮かんでいた。
「インキュバスって言うのはそう言う存在なんだよ」
「……そう言う存在って」
「悪いな、シロメ」
小さく謝罪の言葉を述べ、ダンは逃げるように顔を背ける。
ヒイラギは大きな溜息を吐き、
「王の命令には逆らえん」
腰元から刀を引き抜き、私に向き合うヒイラギ。
私は差し向けられる白く冷たい切っ先に、びくりとして背後に飛び退った。
「今からお前を斬る」
「!? ……本気ですか、ヒイラギさん」
「ああ、大人しく斬られるか____さもなくば、抗うか、逃げるが良い」
ヒイラギの目の色が変わった。
私は自身の肌がひりつくのを感じる。
ヒイラギは本気で私を殺す気だ。
抵抗しなければ、本当に斬られてしまう事だろう。
私は本能的に手の平をヒイラギに向け、
「____“動くな”!」
「!?」
”支配”の能力を発動させる。
インキュバス紋がヒイラギを包み込み、その動きを封じ込めた。
「……くっ……動けん……!」
驚きの表情を浮かべるヒイラギをしばし見守っていた私だが、
「何をしているのだ、ヒイラギ! ええい、お前達も何をぼうっとしている! 早くその淫魔を始末するのだ!」
王の言葉を受け、脇に控えていたオーガ達が戦闘態勢を取る。
私は応じるように、
「”動くな”!」
オーガ達にも”支配”の能力を使用する。
だが____
「! 能力が……効かない!?」
オーガを包み込んだインキュバス紋はすぐに消滅してしまう。
「____”動くな”! ”動くな”! ”動くな”!」
再度、能力を試してみるが結果は同じ。
オーガ達の動きが止まる事は無かった。
「……オーガには”支配”の能力が効かないのか」
歯軋りをする。
オーガには____いや、察するに、魔族には”支配”の能力が通じないのかも知れない。
私が自身の能力について思考を巡らせている内に、剣を手にしたオーガ達が接近してくる。
「……ッ」
私は目を細め、オーガ達が繰り出す斬撃を見極め、回避する。
額の汗を拭い、反撃するべく腰元のダガーを手に取ろうとして、
「くそっ!」
悪態を一つ。
私はオーガ達に背を向け、逃亡を開始する。
「逃がすな! 追え!」
響くヘイロンの声。
それに続くのは大勢のオーガ達の足音。
私は背後に追跡者たちの圧力を感じながら、王宮の出口へと走るのであった。




