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第21話「ヘイロン王、謁見」

 クロガネ王国に到着した翌朝、朝食を食べ終えた私の元に、約束の時間通りにヒイラギとダンが訪れた。


 朝の挨拶を済ませると、


「今からヘイロン王に拝謁しに王宮に赴く訳だが、陛下にお目通りするにあたって、然るべき正装をして貰う」


 ヒイラギはそう言って、今彼が身に着けているような質の良い厚手の衣服を手渡して来た。


 ちゃんとした服に着替えろと言う事か。


「着る方法が分からなかったり、サイズに問題があれば教えてくれ」


「分かりました」


 私は手渡された衣服を手に室内へと引き返し、着替えを開始した。


 着慣れない衣服だったので、身に着けるのに少しだけ手間取ってしまったが、それでも問題なく着替える事に成功した。


「着替えて来ました」


 クロガネ王国の正装を身に纏い、ヒイラギとダンの前に姿を現す。


 私の姿に二人は「おお」と感嘆の声を漏らした。


「やっぱ、素材が良いから、映えるな」


「そうだな、幼さは多少残るが、クロガネ王国のどの美女にも劣らない気品と美しさがある」


 ……凄い褒めるじゃん。


 ストレートな称賛に私は照れたように自身の頬を掻いた。


 私達はその後、近場の駅から馬車に乗り、王宮への短い道を移動する事に。


「ヘイロン王ってどんな人なんですか?」


 道すがら、ふと、私はヒイラギとダンに尋ねてみる。


 すると、二人は意味あり気に目配せをし合って、


「オーガの国王らしく、強く、そして質実剛健なお方だ。ただ____」


 ヒイラギが言い淀むと、ダンが言葉を引き継ぎ、


「最近はすこぶる機嫌が悪い。最近と言うか、国王に即位してから、だな」


 二人からは言葉を慎むような様子が感じられた。


 私は首を傾げ、


「機嫌が悪いって……何か、原因でもあるんですか?」


「……何かっつーか」


 ダンは一瞬、馬車の中にいるにも関わらず周囲を憚るような仕草をして、


「先王ヘイリンが名君だったからな。その偉大過ぎる父王と比べられて……分かるだろ?」


「……ああ、成る程」


 と、私は何となく事態を察した。


「クロガネ王国は始祖クロガネ王が広大な領土を”地下水道”に築き上げ、誕生した。しかし、後続の国王達は凡夫ぞろいで、領土は次々と奪われて行き、王国は縮小の一途を辿った。そんな中、勇猛果敢で頭の切れた先王ヘイリンは、奪われた領土を次々と奪還して行き、王国の版図はほぼ建国時の状態まで回復。しかし、偉大なる王が死に伏し、その後継者であるヘイロン王の才覚が父親のそれに比して相当劣ると見なされるや、王国から離反者が続出。そのため、陛下は即位してから今まで、大きな怒りと焦りを募らせている」


 長々と説明するヒイラギ。


 優秀過ぎる父親と比べられ、自分を見限る者達が続出。


 それは、機嫌も悪くなる……と言うか、精神的に病んでしまう事だろう。


「まあ、だから、あんまり陛下を怒らせるような事はすんじゃねえぞ」


「それはお前も同じだぞ、ダン。頼むから、俺の肝を冷やさせないでくれよ」


「なんだよ、俺を信用してくれよ、ヒイラギ」


「お前こそ、俺を信用させてくれ」


 言い合いを始めるヒイラギとダン。


 ほどなくして、馬車は王宮の前庭に到着した。


 王宮の警護をしているオーガ達が馬車の扉を開け、その内の一名が私達の先導を開始する。


 立派な造りの宮殿内に足を踏み入れると、上品な香の匂いが漂ってくる。


 内装を観察しながら歩いていると、突然視界が開け、大広間へと私達は出た。


 赤く長細い絨毯が真っ直ぐと前へと伸びている。


 その絨毯の行き着く先には玉座が存在し、玉座の前方、王冠を戴いた恰幅の良いオーガが仁王立ちをしており、オーガの足元には二匹の豚面の大男____恐らく、オークだろう____が跪いていた。


 恐らく、王冠を戴いたあのオーガが、この王国の君主____ヘイロンなのだろう。


「しばらく、ここでお待ち頂けますか?」


 案内役のオーガが私達に一礼をして、大広間の出入り口付近に待機させる。


 何やら、オーガの王と二匹のオーク達は未だ取り込み中のようだった。


 私が静かにその様子を見守っていると、


「もう我慢出来ん! この場で貴様の首を叩き斬ってくれるわ!」


 突然、そんな大声がこちらまで響いて来た。


「お、お待ち下さい、ヘイロン陛下! 私の忠誠心は____」


「忠誠心だと!? 笑わせるな! 貴様がこの俺様を裏切り、ホンワン王国に取り入ろうとしている事は明らか!」


 ヘイロンは背中に背負った大剣を両手に握りしめる。


 私が「まさか」と呟いたその刹那____


「くたばれ、この豚野郎がッ!!」


 ヘイロンは大剣を目の前のオークへと振り下ろし、その首を先の宣言通り叩き斬ってしまった。


 大広間に鮮血が舞い、大剣の洗礼を受けたオークの隣にいたもう一匹のオークは野太い悲鳴を上げた。


 私も思わず悲鳴を上げそうになり、それをぐっと飲み込んだ。


「おい、お前」


「は、はい……何でしょうか、ヘイロン陛下」


「今より、こやつに変わり、貴様がウオトン王国の国王となるのだ」


「へ……? わ、私が……ですか……?」


「そうだ。貴様が国王だ。こやつの一族はその祖父母から赤子まで、その全てを公然の場で処刑せよ」


 ヘイロンはぎろりとオークを睨むと、


「そして、貴様……もし、そこの豚のように俺を裏切るような真似をしでかすのであれば____その時は、覚悟するが良い!」


「は、はい! 無論、心得ております!」


「では、もう行け! 新たな国王よ、努々(ゆめゆめ)、主である俺様への忠誠心を忘れるなよ!」


 ヘイロンのその一言でオークは顔中に脂汗をにじませ、こちらへと小走りで移動を開始した。


「おい、何をぼうっとしている! 早く、そこの醜い肉塊を片付けろ! 不愉快だ!」


 苛々としたヘイロンの声が響き、大広間の脇の方で控えていたオーガ達が斬り殺されたオークの死骸の運搬を開始する。


「……全く……どいつもこいつも……ん?」


 と、ここでヘイロンの視線がこちらに向く。


 今しがた私達の存在に気が付いたと言った様子。


「ヒイラギにダンか。そして、そこの女はシロメだな!」


 ヘイロンの言葉にヒイラギとダンが一礼をしたので私も彼らにならう。


「しばし、そこで待っていろ! 今、床を綺麗にさせる!」


 そうやって、しばらくの間、私達はオーガ達がオークの死骸を処理する光景を眺めていた。


 オークの死骸は何処かへ運ばれ、床面に出来た血溜まりは、オーガ達の何か不思議な力によって消滅させられた。


 やがて、血の汚れは清められ、オーガ達が引いていくのを確認すると、


「宜しいでしょうか、陛下」


「うむ!」


 ヒイラギの短い言葉に頷くヘイロン。


 私達は自然な流れで国王の前に進み出た。


「貴様、シロメだな」


 まるで、先程の壮絶な一幕など無かったかのように、けろりとした様子でヘイロンが尋ねて来る。


 私は少しだけ反応に遅れ、


「はい、シロメにございます。お初にお目に掛り恐悦至極にございます、ヘイロン陛下」


 何か、それっぽい畏まった台詞を口にする。


 威圧するようなヘイロンの巨躯に鋭い眼光。


 ……これがオーガの王、か。


 私はヘイロンから放たれる強いプレッシャーに負けないように、その瞳をじっと見つめる。


「……ほうほう」


 一方のヘイロンはと言うと、私に観察するような視線を与えた後、


「決めたぞ、貴様を俺様の女にする!」


 ……。


 ……え?


 今、何て言った?


 ヘイロンの言葉に我が耳を疑う私。


 思わず、ヒイラギとダンの顔を交互に忙しなく見遣る。


 二人は露骨に驚いた表情は見せなかったが、それでも目が泳ぎ、私には動揺しているのが分かった。


「陛下、それはどう言った趣旨のお言葉で?」


「どう言ったもこう言ったも、ないであろう。その女を俺様の妾とするのだ」


 ヒイラギの問い掛けに、当然だとばかりにヘイロンは答える。


 ヒイラギはそれから私に一瞥を与えた後、


「何故、彼女を?」


 戸惑いからか、ヒイラギの声は若干震えていた。


 ヘイロンは溜息を吐いて、


「わざわざ、答えねば分らんのか。俺様がその女の容姿を気に入ったからだ。それに、そやつはハーフサキュバスらしいな。そのような美しく、貴重な存在を我がものとしない道理などない」


「しかしですぜ、陛下」


 と、ここで口を挟んだのはダンだった。


「まあ、見てくれは確かに素晴らしいですが、シロメは12歳のガキんちょなんですぜ。ガキですぜ、ガキ。陛下はこんなのが妾でも宜しいので? 側室にするにしても、もっとましな女はいるでしょうに」


「何だ、貴様……俺様の女の趣味にケチをつける気か?」


 ギロリとダンを睨み付けるヘイロン。


 ヒイラギも視線で「余計な事は言うな」と注意を促していた。


「とにかく、その女____シロメを我が妾とする。これは決定事項だ」


 ヘイロンは強く宣言する。


 ……妾にするって。


 いや……ちょっと、待って欲しい。


 私の意思はどうなのだ。


 勝手に決められては困る。


「……妾なんて無理です」


 次の瞬間には、私はその言葉を漏らしていた。


「無理、だと?」


 即座にヘイロンから鋭い睨みが返って来て、私は思わず後退る。


 しかし、それでも、しっかりとオーガの王に向き合い、自身の意思を伝える。


「妾にはなりたくありません」


 ヘイロンの表情が歪むのを見取ってか、少し慌てた様子でヒイラギが前へと進み出て、


「陛下、聞き及んでいるかも知れませんが、彼女は”赤毛の猛獣”を倒し、ミン王国をほぼ単独で解放した猛者でございます。側室としてお手元で大事にしておくよりも、優秀な戦力として、然るべき戦いの場に配した方が宜しいかと存じます」


 ヒイラギはもっともな意見を述べるが、


「そんな事は関係ない。妾とすると俺様が決めた。それが全てだ」


 断固として、そう告げるヘイロン。


 ……全く、話を聞いてくれない。


 他人の意見などお構いなしと言った具合だ。


 オーガの権力者には我が強い者が多いと聞いていたが、彼はその典型だろう。


 横暴なヘイロンに対し、私、ヒイラギ、ダンの三者は困り果てた様子で互いを見合った。


 どうにか、ヘイロンの意見を曲げる事は出来ないか。


 私は考え____思わず、「あっ」と声を漏らした。


 そうだ……そもそもの話____


「あの、陛下……私、女じゃないんですけど、それでも良いんですか?」


 と、今更ながらの真実を告げる。


「私、見た目は女の子ですけど、性別は男性なんです」


 真実を口にする私に、ヘイロンは「ん?」と首を傾げる。


 お前は何を言っているんだ____と、その目が語っていた。


 横に目を向けると、ヒイラギとダンも同様の表情を浮かべている。


 困惑を通り越した不思議な表情だ。


 やや、間があって____


「貴様は何を言っているのだ?」


 ヘイロンが怪訝な目をこちらに向け、冷たい声音で口を開く。


 ヒイラギとダンも何か小声でたしなめるような事を私に言っていた。


 どうやら、皆、私が出鱈目な事を口にしていると思っているらしい。


 ……そう思うのも、無理は無いのだが。


「私、男性なんです」


 だから、私は改めて告げる。


「私、ハーフサキュバスじゃなくて____ハーフインキュバスなんです」


「……ハーフインキュバス、だと」


 瞬間、ヘイロンは目を丸くし、その瞳に何か動揺の色を滲ませた。


 ヘイロンだけではない。


 ヒイラギ、ダン、そして、脇に控えるオーガ達も私の言葉にひどく動揺しているようだった。


 皆一様に「インキュバス」と困惑の声を漏らしている。


 困惑____いや、これはどちらかと言うと、恐れだとか、嫌悪のようなものだ。


 私が気になったのは彼らが”ハーフインキュバス”ではなく、”インキュバス”と言う単語そのものに反応しているようだと言う事。


 何だ……この異様な反応は?


「貴様、インキュバスなのか?」


 重苦しく、ヘイロンは尋ねる。


 私はしばらく言葉に詰まった後、


「……ハーフインキュバスです」


「では、インキュバスなのだな」


「……ハーフですけど」


 やはり、やたらと”ハーフ”よりも”インキュバス”と言う項目を強調してくるヘイロン。


 私はその場の空気が俄然重苦しくなるのを感じた。


 ヘイロンは「おい」と脇に控えるオーガの一人を自身の元まで呼び付け、その耳元で何かを呟いた。


 そして、ヘイロンから何かしらの言いつけを与えられたオーガは、きびきびとした様子で私の前までやって来て、


「失礼ですが、貴方の髪を数本頂けないでしょうか?」


「私の髪ですか? ……良いですけど」


 頼まれた通りに、私は自身の髪を数本引き抜き、オーガに手渡した。


 オーガは白い布に私の髪を包むと、懐に仕舞い込んでそのまま元居た場所へと引き返して行く。


「貴様の処遇は後程考える。明日の同じ時刻、また俺様に会いに来るが良い」


「……え」


 一方的に告げるヘイロンに私は戸惑いの声を漏らす。


 今日はもう帰れと言う事なのか?


 私が棒立ちしている中、ヒイラギとダンはヘイロンに一礼をして、「では、本日はこれにて」と口にし、踵を返そうとしていた。


 私も慌てて彼らにならい、退出の準備をする。


 きびきびと歩き出す二人のお供。


 私は何か腑に落ちないまま、その背中を追う事に。


 帰りの馬車までの道中、私達の間に一切の言葉は無く、居心地の悪い沈黙が永遠のように続いた。

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