第20話「オーガの国、クロガネ王国」
馬車に揺られる事、数時間。
車体が刻むリズムに眠気を感じ、居眠りをし始めた頃、私は突如、車窓の外側から溢れる光にはっとなる。
視線を窓の外へと移すと____
「……街だ!」
いつの間にか、馬車は街中を走っているようだった。
首を伸ばして街並みを観察する。
グン王国もミン王国も立派な街を有していると言えるが、それはあくまでも地底に存在するにしてはと言う但し書き付随する評価に過ぎない。
限られた資材を有効活用し、どうにか地上の街よろしく、地底にも生活の営みを築き上げている、と言った具合だった。
しかし、ここは違う。
言うなれば、地上の文明国をそのまま切り取って、地底に転移させたような、そんな場所だった。
人工の光で溢れ、道路は綺麗に舗装されている。
東洋風の木造建築が規則正しく立ち並び、道を歩くオーガ達はヒト族同様、上から下まできっちりと外行き用の衣服に身を包んでいた。
誰に言われずとも分かる。
ここがグン王国の宗主国で、オーガの国____クロガネ王国なのだ。
やがて、馬車が停泊し、私達は舗装された道路に足を踏み入れた。
ちなみに、私は馬車を降りる前に”擬態”の能力を解除し、容姿を本来の淫魔のものに戻してある。
「クロガネ王国にようこそ、だ」
ヒイラギが呆然と街の景色を眺める私に、そう声を掛ける。
「凄いですね、リリウミアと比べても遜色ないですよ」
と、素直な感想を漏らす私に、
「まあ、クロガネ王国はヒト族の国々から物や技術を輸入しているからな」
意外な事実を告げるヒイラギに私は「え?」と目を見開き、
「魔族の国がヒト族の国と交易を?」
「ヒト族の国もリリウミアのような国ばかりではない。正式に国交がある国はほぼ存在しないが、裏で魔族の国と手を結び、半ば密輸のような形で人や物の行き来があったりする国もある」
ヒイラギは周囲を指差し、
「特に、オーガは見た目上はヒト族に近しく、文明的な生活を送っている種族なので、ヒト族とも割と交流があったりするんだ」
確かに、リリウミアのように魔族を嫌悪する思想を抱えている国でないのであれば、時に国益のために魔族と手を結ぶ事もあるだろう。
「行くぞ、宿泊地までお前を案内する」
そう言うと、ヒイラギは私に目配せをして、先導を開始した。
街の景色を観察しながら歩く事数十分、私達はとある建物の前に到着する。
まるで東洋の温泉旅館のような出で立ちの平屋だ。
「外賓を迎え入れるための施設だ。一室をお前のために取ってある」
ヒイラギに続き、私は建物の内部に入る。
入ってすぐの真正面に案内カウンターのような区画があり、そこに女性のオーガがいたが、それ以外に人の気配は感じられない。
とても静かな場所だ。
室内は木材の温かい匂いに包まれており、私は知らずの内に安堵の吐息を漏らしてしまった。
「ここだ」
ヒイラギは一つの扉の前で立ち止まり、
「明日の午前9時、この部屋まで迎えに来る。それまでは自由にすると良い。部屋でくつろぐも良し、外出するのも良し。ただし、何か騒ぎは起こしてくれるなよ」
私はヒイラギから部屋の鍵を受け取る。
「食事は時間になれば運ばれてくる。入浴は、小さい湯舟が室内に設置されているが、街の外れの方に温泉があるので、そちらの方に浸かりたいのであれば出向くと良い」
私が頷くと、ヒイラギとダンは軽く挨拶をして私の前から立ち去った。
一人取り残された私は、目の前の扉と向き合い、ドアノブの鍵穴に先程手渡された鍵を差し込み、開錠しようとして____
「あれ、もう開いている」
どうやら、開錠の必要が無い事を知り、そのまま室内に入る。
すると____
「やあ、こんにちは」
「!?」
室内の先客に思わず私はびくりと身を引き、
「す、すみません、部屋を間違えました」
そう告げ、そそくさと退室しようとするが、
「待ちたまえ、シロメ君。ここは君の部屋で合っているよ」
「え?」
先客に呼び止められ、私は立ち止まり、室内へと引き返す。
……今、私の名前を呼んだ?
私と先客の視線が合う。
先客はオーガの男性で、背は高いが、ひどく細身で眼鏡をかけており、あまりオーガらしくない風体だった。
「まあ、立っているのも何だ。そこの椅子に腰掛けると良い」
「は、はあ」
男性に促され、私は彼の向かい側の椅子に座る事にした。
……何なんだ、このオーガ。
「申し遅れた。僕の名前はアカツキ。見ての通りオーガで、このクロガネ王国で学者をやらせて貰っている」
「……学者……はあ、成る程」
まあ、確かに、そんな感じの雰囲気はする。
でも、そんな事よりも____
「ここ……私の部屋、ですよね?」
「左様だが」
「何で、貴方はここに?」
私が尋ねるとアカツキと名乗るオーガは「くっく」と芝居がかった笑い声を漏らし、
「僕はヒト族の研究家でねえ。特に今、ヒト族の混血種についての探求に熱を上げているんだ」
舐めるようなアカツキの視線が私に絡みつき、思わず身体を震わせてしまう。
「君、ハーフサキュバスなんだってね」
「……そうですけど」
正確にはハーフインキュバスなのだが。
「ハーフサキュバス____君の話を耳にした時、是非とも、君の事を調べてみたいと思ってね。こうして居ても立っても居られなくて、君の宿泊地を調べ上げ、待ち伏せするに至ったのさ」
「……は、はあ」
私は警戒する様に腰を椅子から浮かせ、じっとアカツキの表情を見つめる。
「あの……もしかして、貴方、今勝手に私の部屋に上がり込んでいる状態ですか? ヒイラギさんかダン国王の許可があってここにいるんですか?」
「ふふっ、学問の探求に一体誰の許可がいると言うんだい?」
「ちょっと、人を呼んできますね」
私が出入り口に向かおうとすると、アカツキは「まあ、待ちたまえ、シロメ君」と立ち上がる。
「これでも僕は王宮の高官でもある。邪険に扱うよりも、仲良くしておいた方が良いのではないのかね?」
「……王宮の高官……貴方、お偉いさんなんですか?」
「そうさ、お偉いさんだ。仲良くなれば、この世界でずっと生きやすくなる。だから、シロメ君、是非とも仲良くしようじゃないか、この僕と」
「……」
私は黙って椅子に座り直し、再びアカツキと向き合った。
彼が本当に王宮の高官であるのならば、多少の奇行には目を瞑って親睦を深めるのも良いだろう。
「さて、改めて尋ねるが、シロメ君、君は本当にハーフサキュバスなんだね?」
アカツキのその問い掛けに一瞬ドキリとする。
もしかして、彼は私がハーフインキュバスである事を見抜いているのでは____と思ったのだが、単純に考えればそう言う意図の問いではなく、ハーフサキュバスと言う種族自体が未知のものであるので、その再確認をしていると言う事なのだろう。
「はい、私にはスキルの力とサキュバスの能力、その両方が備わっています。ですので、私はハーフサキュバスで間違いありません」
「ほうほう、成る程」
アカツキは思案する様に天井を見つめた後、
「スキルの力を持つと言ったね? 君は何のスキルを持っているんだい? 実際に披露して貰っても構わないかな?」
「えーと……例えば」
分かりやすいスキルが良いと考え、私は【幻影の剣】のスキルを発動させる。
手の平には一振りの剣が出現した。
アカツキはそれを認めて、
「ほう、【幻影の剣】のスキルだね。どうやら、本当にスキルの力を持っているようだ。では、次に何かサキュバスの能力を披露しては貰えないだろうか?」
「良いですけど」
私は”擬態”の能力を使用して、髪の長さや色を変えると言った芸当をアカツキに見せつけた。
アカツキは満足したように、
「スキルの力にサキュバスの能力。素晴らしい。君は本当にハーフサキュバスなんだね! ああ、それでいくつか尋ねたいんだけど____」
それからアカツキは興奮した面持ちで質問攻めを開始した。
私はアカツキの謎の気迫に押されるまま、淡々と質問に答えていく。
質問の内容はリリウミアでの私の生活や、ここまでの逃亡劇に集中した。
一通り、質問に答え終わると、
「今日はこの辺にしておこうかな。有意義な時間をありがとう、シロメ君」
「……はあ……どうも」
立ち上がるアカツキ。
ゴブリンとはまた違うが、随分とマイペースな人だなと思った。
「あ、そうだ。よければ、街を案内して上げるけど、どうかな」
「案内ですか? ……えーと……そうですね……いや、結構です」
アカツキの提案を遠慮がちに断る。
学者と王宮の高官____立派な身分を名乗るアカツキだが、私はまだ彼を信頼しきっていない。
悪そうな人には見えないが、さりとて油断は禁物だ。
見知らぬ土地で、出会ったばかりの変人にほいほい付いて行けば、トラブルの種になりかねない。
と言うか、アカツキは見るからにトラブルを起こしそうな輩なので、今彼と行動を共にするのは是非とも避けたい事だ。
「じゃあ、また。何か困ったことがあれば、僕を頼ってくれても構わない」
にこやかにそう告げると、アカツキはそそくさと部屋から出て行った。
別れの挨拶を返そうとしたが、それを待たずしてアカツキの姿は室内から消失する。
……本当に嵐のような人だ。
私は一人になった室内でふうと息を吐く。
その後は、街に出てみようかとも思ったが、結局与えられた部屋で翌日までくつろぐことにした。




