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第19話「思い出話」

 酒やギャンブルに溺れるふしだらな生活が続いたかと思えば、鍛錬に明け暮れる日々が続き、いつの間にか、ミン王国解放作戦の日から一月が経過していた。


 その日、私の元にヒイラギとダンがいつも以上に整った身なりで訪れ、


「いまから、クロガネ王国に出立するぞ」


 突然、ヒイラギにそんな事を告げられた。


「クロガネ王国へ?」


「ああ、ようやくお声が掛けられたと言った所だ。今日中に本国に入り、明日、ヘイロン王にお前を引き合わせる」


 そんな訳で、私は今、ヒイラギとダンと共に馬車の中にいた。


 グン王国からクロガネ王国までは馬車で半日程の移動になるらしい。


 ちなみに、馬車を引くのはバイコーンと呼ばれる2本の角を生やした馬のような魔物だ。


 馬車がふと、ミン王国の近くを通過したので、


「そう言えば、ミン王国はあの後どうなったんですか?」


 今更ながらの質問を二人にぶつけてみる。


「無事に日常を取り戻したみたいだぜ。ちなみに、捕まえた女達はグン王国とミン王国で分け合う事になった」


 答えるダンは「ああ、でも」と、


「多分、遭難者捜索のためだと思うが、リリウミアの軍船がここいらをうろちょろし始めたな。今の所、こっちとの衝突はねえけど、その内、軽いドンパチはありそうな感じだぜ」


 そう言えば、サルスベリは救難信号を既に発信していると言っていた。


 リリウミアから遭難者救助のための捜索隊が”地下水道”に派遣されるのは当然の事だろう。


 捜索隊はこちら側____魔族の領域まで捜索の範囲を広める可能性もあるので、近い内にヒト族の魔族との大きな戦闘が発生するかも知れない。


 いや、と言うか、遭難者達が魔族達に囚われていると言う事実は、じきに向こうの知る所となるかも知れないので、遭難者奪還のための大規模な攻勢が仕掛けられる事もあるのではなかろうか。


 私がそんな思案をしていると、


「ところで、シロメ。今は良いが、クロガネ王国に入ったら、お前のその容姿は変えた方が良いぞ」


 私の顔を指差して、ダンは告げる。


 私は以前の彼の話を思い出し、


「私の今の容姿が、お母さん____”白き太陽”に似ているからですか?」


「ああ、そうだ。あの国にはクロバの事を直に目にした連中が結構いるからな。と言うか、ヘイロン王もその一人な訳で、つまりは、今のお前の容姿のままで陛下に会うのは良くない」


「……まあ、別に良いですけど。その気になれば、いつでも容姿は変えられますし」


 今の私は”擬態”の能力により以前の容姿を保っている。


 能力さえ解除すれば、本来の淫魔としての姿に戻る事が出来るのだ。


 私が不承不承に了承したように見えたのか、ダンは、


「お前、その容姿気に入ってるんだな」


 ダンは意味あり気に笑い、


「マザコンって奴か、もしかして」


「……む」


 ……マザコンって。


 馬鹿にされているようで、私は頬を膨らませる。


 目を細めダンを睨んでいると、ふと、彼の顔に哀愁の色が浮かんだ。


 それは、ほんの一瞬の出来事だったのだが____


「ダン国王って、お母さんの事……”白き太陽”の事が好きだったんですか?」


 ダンは今の私に”白き太陽”クロバの面影を見出し……何か、特別な感情を思い出しているようだった。


 そして、私はそんなダンの様子から、ほぼ直感的に彼の母親に対する想いを推測するのであった。


 私の問い掛けに、ダンは彼に珍しくぎくりとしたような表情を浮かべる。


 ……この反応、もしかして……本当に……?


 半ば、勝手な妄想だったのだが、


「お母さんに恋心を抱いていたとか?」


「ばっ……ばか、お前……こ、恋心だと?」


 むせ返るダン。


 私に突っかかる様に身を乗り出した後、神妙な面持ちになって、


「……ゴブリンがヒト族に恋なんてするかよ……アイツらは俺達にとって子供を産ませる道具か……あるいはただの慰み物に過ぎねえんだぞ」


「何ムキになってるんですか?」


「ちっ」


 ダンはバツが悪そうに舌打ちをした。


 私は畳み掛けるように、


「好きだったんですか?」


「何だよ、しつこいな、お前」


 ダンはふうと息を吐いて、思い出す様に馬車の天井を見つめる。


「オスがメスに抱く好意なんて、性欲によるものに過ぎねえんだよ。特にゴブリンの場合はな。でも……そうだな……俺がアイツに抱いた感情は、少し違っていたのかも知れねえなあ」


 含みのある言い方をするダンに、


「お母さんとは何があったんですか?」


「大したことじゃねえよ。人魔地底大戦の時、俺は捕虜としてヒト族の連合軍に捕らえられていた。そんな俺の話し相手になっていたのが、クロバだった。ただ、それだけさ」


 懐かしそうに語るダン。


「ヒト族って魔族を捕虜として確保したりするんですね」


 魔族であるのならば、問答無用で殺されたりしそうなものだが。


「へへっ、必死に命乞いしたからな。魔族側の有用な情報も教えてやったし。まあ、俺は魔王だからその辺は特別扱いなんだろうな」


「……はあ」


 得意げに語るような事でもないだろうにと呆れる私。


「クロバは……そうだなあ……何て言ったら良いんだろうな……とにかく、アイツは優しい人間だった。魔族相手に容赦の無い虐殺を繰り返す恐ろしい騎士だとか言われていたが、実際はそうじゃない。ゴブリンの俺相手でも、対等な話し相手になってくれていた」


 ダンはそれから、躊躇いがちに、


「俺はクロバの事を……友達だと思っていたんだろうなあ」


 頬を掻き、照れた様子を見せるダンに私は少しだけ驚いていた。


 友達だと思っていた____自信なさ気にそう言葉にするダンの内心を察する。


 ゴブリンがヒト族、それも争い合っている騎士相手に友情を抱くなどおかしなことである。


 それでも、ダンは確かに母親に対し、特別な親しみの感情を感じていたのだ。


 そして、恐らくだが……母親も同じだったのだろう。


 その場に居合わせていない私だが、分かる。


 ダンと母親は友達同士だったのだ。


 ダンはそれから少しだけ表情を暗くして、


「でも、クロバの奴____やっぱり死んじまったんだな」


「ん? やっぱりって?」


 ダンの言い方が気になり尋ねる私。


「アイツ、具体的な事は何も言わなかったが、自分にはどうしても守りたいものがあるんだって、そう口にしていたからな」


 ダンが私に視線を送る。


 どうしても守りたいもの____恐らくそれは、私の事なのだろうか。


「守りたいものがある____そう言う奴ってのは、早死にしやすいもんなんだよ。だから、俺は薄々、クロバの死を予感してたんだ」


 そう語るダンに私は「そうなんですか?」と首を傾げる。


 ダンは「ああ」と頷き、


「神様に目を付けられるんだ」


「……神様に?」


 どう言う事かと視線でダンに尋ねると、


「簡単な話さ。守りたいものもない、それどころか自分の事すらどうでも良いような奴の命を奪ったって面白くもないだろ? それよりも、何か大切なものを抱えて生きる、その存在に尊い価値を持つ奴の命を奪った方が面白い。神様はそう言った奴に目を付け、悲劇の最期を与えて悦に至るんだ」


「凄い意地が悪いじゃないですか、神様」


「神様は意地悪なんだよ」


 ダンの歪んだ信仰に思わず苦笑いする。


「だから、長生きの秘訣は一つ。守りたいものを持たない事、これに尽きる」


 人差し指をピンと伸ばして、ダンは己の訓示を伝える。


「俺はそんな感じで生きて来て、もう500年も経過している」


「え? 500年……? ダン国王ってそんなに長生きしてるんですか?」


「ははっ、意外だろ? だけど、事実だ。それもこれも、のらりくらりと生きて来たお陰だな。最近は王国の一つを任されて参っているが、本来の俺は適当に毎日を生きるだけの浮浪者な訳で、そんなんだから500年、無事に生きて来られたんだ」


 私は確認する様に、ヒイラギに視線を向ける。


 馬車の窓から外の景色を眺めていたヒイラギは私の視線に気が付き、


「ダンの言ってることは本当だぞ」


「……そうなんですか……と言うか、ゴブリンって500年も生きられるんですね」


「魔族は長寿だ。それはゴブリンも例外ではない。ただし、魔族は、特にゴブリンは争いごとをよく起こすので、結果としてヒト族より長く生きる者は少ないとされている」


 ヴァンパイアやサキュバスなどが長寿なのは知っていたが、まさかゴブリンもそうだとは。


 私は改めて、ダンの顔を眺めて、


「……でも、500年も生きてるようには見えないなあ」


「おいおい、失礼な奴だな、お前は!」


 私の呟きを耳ざとく捉えるダンは、


「……でも、そう言う遠慮の無い所、クロバも同じだったな」


 そう呟くダンの表情は、楽しそうで、悲しそうで……私は何だか切ない気持ちになった。

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