第18話「地底での生活」
ミン王国解放の英雄となった私には長期休暇と金貨100枚の報酬が与えられた。
そして、”赤毛の猛獣”サルスベリを倒したと言う話は、瞬く間に地下世界に広まり、その所為か、街を歩けば以前は舐めた態度で突っかかって来ていたゴブリン達が、媚びへつらうような視線を向けて来るようになっていた。
ミン王国解放から数日間、私の生活はと言うと……堕落の一途を辿っていた。
大金を手に入れたため、朝から仕事もせずに街中で遊び惚けていた私。
顔も大分利くようになり、街角でたむろしているゴブリン達のボス的存在にまでなっていた。
私が顔を出すと、ゴブリン達は「姐さん、今日もお元気で!」と一斉に頭を下げて来るのだ。
そんな子分ゴブリン達とは一日中カードや虫相撲などの賭け事に興じている。
私の性根は日に日に荒んでいき、
「姐さん、お願いですから、酒を飲みながら賭け事をするのは止めて下さいよ!」
「何で?」
「何でって、姐さん、酔った状態で負けが込むと、俺達の事殴り出すじゃないですか!」
「……そうなの?」
どうやら、私には困った酒癖があるようだった。
賭け事に、酒に、暴力____今の私は、客観的に見て、人としての最底辺を這っていた。
ここ数日ですっかりと堕ちてしまった私だが……この有り様に関して、一つ言い訳をさせて欲しい。
私はとある一件に関して、とても不貞腐れているのだ。
その一件と言うのが……カーラの事だ。
大金を手に入れた事で、私は当初の予定通りカーラを買い取る心積もりでいた。
ようやく思う存分カーラをいたぶる事が、この胸の恨みを晴らすことが出来る……そう心を弾ませていたのだが、
「カーラならここにはいないぞ。だから、今すぐお前に引き渡すのは無理だ」
そうダンに告げられ、私は目をぱちくりとさせた。
「じゃあ、カーラはどこにいるんですか?」
「あの女は今、クロガネ王国だ」
どう言う事かと問い詰めると、
「病気だよ、病気。あの女、何かヤバい病に冒されちまったようでな。ここじゃ治療出来ないから、クロガネ王国に移送したんだ」
「は? 勝手な事しないで下さい!」
「おいおい、その言い草はねえだろうがよ! マジでヤバい状態だったんだぞ、あの女。あのまま放置してたら、確実に死んじまってたんだぜ。本当なら女の一人ぐらい死なせても良かったんだが、将来的にお前のものになるってんで、わざわざクロガネ王国まで運んで治療を受けさせてやったんだぞ。感謝しろよ」
「……むー」
「とにかく、しばらくは……そうだなあ、一月以上……いや、最悪数か月間は回復にかかるらしいから、それまで待つしかない」
と、言う訳で、お預けをくらった私は、大きく機嫌を損ねていた。
荒れた生活を送る私に、ヒイラギもダンもしばらくは何も口出ししてこなかったのだが、
「いい加減にしろ、シロメ!」
あまりの自堕落っぷりにとうとうヒイラギが怒髪天となった。
「いくら休暇中とは言え、節度と言うものがあるだろう。酒を飲んでは賭け事に没頭し、その上好き放題暴力を振るう____お前、それで良いと思っているのか?」
「……魔族っぽくてそれはそれで良くないですか? と言うか、節度に関しては……ほら、そこら辺のゴブリン達も似たような____」
「お前のそれは常軌を逸している! それに、シロメ、お前をこんなにしておくのはとても惜しい事だ。こんな墜ちた生活をして、己の価値を下げるな」
「……はあ……まあ、確かに……自分でも、最近の自分は不味いなって感じていますけど……何て言うか……」
言葉では言い表せない、気怠さのようなものが今の私にはあった。
私の微妙な表情を読み取ってか、ヒイラギは、
「分かった。恐らく、今のお前の自堕落の原因は張り合いの無さにあるのだと俺は思う」
「張り合いの無さ、ですか?」
「人と言うのは、目の前の越えるべき壁が存在しないと、やる気を失うものだからな。丁度良い、今から俺が稽古を付けてやる」
有無を言わさぬ口調でそう告げられる。
その日から、私はヒイラギと手合わせをするようになった。
私は刃を潰した短剣を、ヒイラギは模擬刀を使用して斬り合いをしているのだが、私の剣筋は全くヒイラギのそれに歯が立たなかった。
私には母親から得た体術と【剣術】のスキル、そして、数々の死闘の経験がある。
しかし、それでもヒイラギには及ばない。
以前、ヒイラギと対峙した事があったが、あの時の彼は本来の力の半分も出していなかったのだと、手合わせの内に気が付く事になる。
肉体的な強さは獣化したサルスベリに劣る。しかし、ヒイラギには磨かれた剣の腕があった。
特に、疾走からの居合斬り____これは認識すら出来ない速さで繰り出され、気が付いた時には一本取られていると言う始末だ。
「ヒイラギさんって【剣術】のスキル持っていないですよね? と言う事は、誰かから剣を学んだって事で合ってます?」
ある時、手合わせの合間に、そんな事を尋ねてみた。
ヒイラギは、
「母親から基礎を学び、後は自己研鑽を重ねていった」
「母親から剣を? ヒイラギさんのお母さんって騎士だったんですか?」
「いや、パン職人だった」
「パン職人が剣を?」
私が首を傾げると、
「獣人と言うのは、己の獣性に打ち勝つために、武芸を学び、貞操を重んじる者が多い。母親もその一人で、俺が幼少時から剣術を教えられたのも獣人の文化のようなものだ」
と、ヒイラギは説明する。
「お前、確か、祖母がハーフ獣人だと前に言っていたな」
「はい、その通りですけど」
「お前の体術は獣人が用いる流派のもの。広く獣人流と呼ばれている。祖母が母親に、母親がお前に継承させていったものだ」
「獣人流? へえ、そうなんですか」
確かに、私の体術は母親直伝の代物だった。
獣人流と言う名が与えられているのか。
「即ち、俺とお前は同じ流派の使い手。俺ならば、まだ不完全なお前の武術を完全なものにする事が出来る。そろそろ頃合いだ。お前に獣人流を叩きこんでやる」
その会話以降、手合わせをするだけではなく、ヒイラギは基本的な身体の動かし方、剣の振るい方を教えてくれるようになっていた。
私には【剣術】のスキルが備わっており、他者に習わずとも正しく剣を扱う事が出来るのだが、ヒイラギの指導のおかげでより高い次元の剣の攻防を繰り広げる事が出来るようになった。
スキルの力は偉大だが、それにはどうも上限があるらしい事に私は気付く。
最終的には、鍛錬を重ねた者が真の強者に至る事が出来るのであろう。
「そう言えば、ヒイラギさんってデントデリオンで冒険者をやっていた事があるんですよね」
また別の日、ヒイラギの過去について言及してみる。
あまりこの手の話題は持ち上げない方が良いのでは、と言及した後に尻込みしたのだが、
「ああ、一時期冒険者を生業にしていたが、それがどうした?」
特に気にする風でもなく、ヒイラギは答える。
ヒイラギがそんな態度だったので、私は臆することなく、
「前にも尋ねた事がありますけど、どうしてヒト族の国を離れてここに来たのですか? デントデリオンで何か嫌な事でもあったんですか?」
私の問いにヒイラギは顎に手を添え、
「まあ……特別嫌な事があった訳では無いのだが」
説明するのは難しいと言った様子でヒイラギはしばらく唸っていたが、
「デントデリオンは自由と平等の国であると謳われていた。俺はそれを信じて、彼の国で生きていく事を決めた訳だが……」
含みのある言い方をするヒイラギ。
「その評判は丸っきりの嘘ではなかった……しかし、あそこは俺が理想としていた場所ではなかった。ある種の自由もあればある種の不自由もあり、ある種の平等があればある種の不平等もある。例えば、自由人な冒険者達にもギルド内では階級構造があって、下の階級の者が上の階級の者に口出しをしてはいけないと言う風潮が存在していたし、制度上の差別は存在していなかったが、獣人に対する個人的な差別や偏見は確かにあった」
当時の事を思い出す様にヒイラギは語る。
「俺はデントデリオンに、ヒト族の国にチグハグさを感じた。生き物が持つ悪性に無理矢理蓋をしているような。恐らく、お前もリリウミアで似たような感情を抱いたのではないか?」
ヒイラギの問い掛けに、私は同意する様に遠慮がちに頷いた。
悪性に無理矢理蓋をする。
リリウミア____あの場所を言い表すのに、相応しい言葉のような気がする。
いや、恐らく他のヒト族の国もそうなのだろう。
「魔族達は醜悪な存在であると今でも俺は思っている。だが、彼らはそれ故に真っ直ぐで、それ故にある種の生命の輝きに満ちている。欲望が彼らの全てであり、そして、暴力のみが彼らを支配する。俺にとって、その単純さは醜悪であると同時に美しく、そして心地が良い。……そうだな、それが俺がここを選んだ理由だ」
そう言葉を結んだヒイラギは、
「お前はどうなんだ、シロメ?」
「……私ですか?」
「俺は俺の理由でここを選んだ訳だが、それはお前の理由にはならない。リリウミアはお前の居場所とはならなかったが、他のヒト族の国に関してはまだ何も知らんだろ」
私は一瞬固まって、
「もしかして、私にヒト族の国で生きる事を勧めてます?」
「一度、デントデリオンでの生活を経験するのも良いかも知れないぞ。案外、そこでの人生の方が合っていたりもするものだ。ここを出て行くのであれば、少なくとも俺は止めはしない」
私は首を横に振り、
「冗談は止めて下さいよ。私の居場所はもうここしかないんですよ。魔族として生きるって、私はもう決めたんです。ここが私の理想の地なんですよ」
「理想の地、か」
含みのある言い方をするヒイラギ。
「そう言う考え方はあまり良くはないな。理想の地など存在しない。俺がデントデリオンに幻想を見たように、お前もここに幻想を見ない事だな」
……何だが、意地悪な物言いだ。
私は少しだけムキになって、
「私、ここ以外で生きるつもりなんてありませんから」
そう言う私に、ヒイラギはまた何か言いたげな表情を浮かべたが、結局それ以上何も言わなかった。




