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第16話「覚悟、呪い」

 一時退散。


 サルスベリから距離を取るため、街の外周部へと移動する。


 【気配察知】のスキルを発動させたが、サルスベリが追って来ている様子は無い。


 私は負傷した左腕部を押さえ、【自然治癒】のスキルによる回復を待つ。


「……さて、どうしたものか」


 左腕の痛みに顔をしかめつつ、思案する。


 サルスベリ____あのハーフ獣人、真っ向から勝負を挑んでも勝てない。


 身体能力に圧倒的な差がある。


 素早さも、腕力も、明らかにあちらの方が上だ。


「だけど、あっちがハーフ獣人なら……こっちはハーフインキュバスだ」


 私は真っ向勝負()得意だ。


 しかし、それは淫魔である私の本分ではない。


 種族としての私の本来の戦闘スタイルは(から)め手につきる。


 策を巡らし、敵を陥れる……それこそが私の正しい在り方だ。


 ならば、策によりサルスベリに立ち向かおう。


「いや……と言うか」


 むきになっていたが、別にサルスベリを倒す必要などない。


 私に与えられた仕事は移動結界アポロンの破壊。


 結界の発生装置さえ壊せば、それで任務完了なのだ。


 戦いを避け、目的を達成する____それも私にとっては、立派な勝利と言えるだろう。


「だったら」


 私は意を決し、再び結界の発生装置の元へと向かう。


 無茶は出来ないが、左腕は動かしても痛くはない程に回復していた。


 建物の近くまでやって来ると、私は【気配察知】のスキルを発動させる。


 建物内、結界の発生装置の前にサルスベリが門番のように佇んでいるのが分かる。


 私は深呼吸をして____


「ラ プルプーラ エレクトロ(紫の雷撃よ)!」


 建物内に踏み込み、【紫電】のスキルを発動させる。


 狙いは結界の発生装置。


 視界の端に獣化を解除したサルスベリの姿が見えたが、無視する。


 私の放った紫色の雷光は結界の源へと到達し____


「!?」


 その瞬間、結界の発生装置から魔法陣が展開され、私の【紫電】を受け止めた。


 サルスベリは肩をすくめて、


「ふっ、自己防衛機構完備だよ。船の爆発と沈没にも耐えた代物さ。その程度の攻撃(、、、、、、、)、びくともしないよ」


「……くっ」


 自己防衛機構完備、か。


 恐らく、破壊するには、まず動力源を落として装置そのものを停止させるしかないのだろう。


「さあ、第二ラウンド……と、いきたい所なんだけど」


 ゆらりとサルスベリが私の眼前に立ち塞がる。


「あんた、本当にこのままアタシと殴り合う気かい?」


 もしかして、見くびられているのか?


 私はきっと目を細め、


「……舐めた事を!」


「舐めてる訳じゃないよ。むしろ、舐めてるのはそっちさね。だって、あんたには迷いがあるから。そんな状態で、この”赤毛の猛獣”を相手取ろうだなんて、随分と舐めた事してくれるじゃあないのさ」


「……迷い? 私に……?」


 何を言っているのだ。


「気付いてないのかい? あんた自身の迷いに。あんた、アタシを____ヒトを殺す事に躊躇っているんだよ。動きを見れば、それが良く分かるさね」


 そんな馬鹿な。


「迷ってなんかない」


私はぶんぶんと頭を振る。


「今更、迷ったりなんかしない。私は既に、何人かヒトを殺してるんだ。この前だって、平気でヒトを殺せた」


「それは嘘だね」


 はっきりと告げるサルスベリ。


「その時も、本当は心のどこかに躊躇いがあった筈だよ。それに気が付けなかったのは、迷いによる動きの鈍りが、致命的な失態に繋がらなかったからさ。あんたはすこぶる強いから、動きの鈍りがあっても、並みの相手なら、問題なく圧倒する事が出来る。だけど、アタシとの場合はどうだかね。アタシとの戦いにおいて、その動きの鈍りは致命的なものになる」


 サルスベリは真実を突き付けるように、


「あんた、絶対にアタシに勝てないよ」


 その言葉に反論しようとして……私は己を顧みるように目を閉じる。


 サルスベリが言うように、私はまだ迷っているのだろうか。


 これまで、数度の殺しを経験してきた。


 命を奪う時。


 その瞬間の心の動きを、思い返してみると____


「心の何処かで思っていた筈だよ。”誰か、止めてくれ”って」


 代弁する様にサルスベリが告げる。


「殺しの瞬間、”何かが起きて、そうならないように”と心が呟きを漏らしている。そうじゃないのかい?」


「……そんな……訳……」


「もう、ここで止めにするといいさね。そして、後戻りするんだよ」


 サルスベリが手を差し伸べて来る。


 和解を求める、穏やかな手の平がそこにあった。


「ここから平穏に暮らす道だってある。あんたは強くて賢い子だから、そんなに難しい事でもない。下衆の道から足を洗って、正しい航路を行くんだよ」


 差し伸べられたサルスベリの手と、彼女の表情を交互に見遣る。


 ……後戻り、か。


「……私は」


 この際、正直になろう。


 それも良いかも知れない。


 そして、認めよう。


 私には、確かに迷いがあった。


 注意して観察しなければ気が付けない程の、気のせいだと思える程の、ほんの小さな突っかかりのような迷いが。


 どこかで、元の私に戻りたがっている自分がいる。


 後戻りをするための保険を掛けていた私がいる。


 だけど____


「私は……やっぱりこの道を行く____お前が下衆の道と呼ぶ、この道を」


 今一度、正直になって、その上で私は答えを出す。


「私は既に何人かヒトを殺してる……魔族の世界に居場所が出来つつある……いや……だけど、そんなもの(、、、、、)は、大した理由じゃない」


 己を納得させるだけの、もっともらしい理由はいくつか思い付く。


 だけど、それらは結局のところ、言い訳のようなものだ。


 私がこの道を行く唯一の理由……それは____


「私は全てを滅茶苦茶にしたい。ヒト族も、そしてこの世界も、決して赦しはしない」


 もう、この感情を知ってしまった。


 理不尽な運命に対するこの怒りは、既に私を動かす唯一の原動力になっていた。


「復讐こそが私の全てだ」


 復讐____そう、復讐だ。


 今に至って、ようやく理解する。


 平和な暮らしなど、どうでも良い。


 自分の居場所すら要らない。


 復讐こそが、生きる意味だ。


 生まれ変わった私が私に与えた、唯一の使命だ。


「復讐、ね。ま、それも良いけど____あんた、破滅するよ」


 呆れたようにサルスベリは言う。


「予言するよ。あんたがその生き方を選ぶのなら、この先、必ず破滅に至る。例え、今破滅しなくても、未来のどこかで」


「……破滅、か」


 私は鼻を鳴らし、


「それも良いかも知れない。より多くの者達を巻き添えに出来るのなら」


「呆れた大馬鹿者だねえ」


 サルスベリは大きな溜息を吐いた。


 私がダガーを構えると、サルスベリは眉間にしわを寄せ、その姿を狂暴な獣へと変容させた。


「行くよッ!」


 赤毛の獣が地を蹴り、私にその爪を振るう。


 縦振りのその攻撃を、私は紙一重でかわし、ダガーによる反撃を与える。


 ダガーの切っ先がわずかにサルスベリの腕部を捉えた。


 サルスベリはその獣の相貌を歪め、バックステップをして私との距離を取る。


「悲しいねえ」


 私と睨み合いながら、サルスベリはそんな呟きを漏らす。


「今のあんたの一撃には迷いがなかった。確実に私を殺しに来ていた。どうやらアタシは、あんたを救うどころか、下衆へと墜ちる手助けをしちまったようだ」


「そうだな。お前に感謝しないとな」


 おかげで、本当に最後の覚悟が出来たのかも知れない。


 サルスベリのおかげで、自身の迷いに気が付き、それを振り払う事が出来た。


 素直に感謝だ。


 サルスベリは傷付けられた自身の腕を舌で舐め、


「その顔、クロバにそっくりだね。強い意志を持った、決して譲らない、その表情。あの子も、こうと決めた生き方は決して曲げなかった。だけど、あんたとクロバは正反対だ」


 サルスベリは身を屈め____次の瞬間には、砲弾のように私の元へと駆けていた。


 その突撃を辛うじてかわす私。


 獣の姿は遥か後方まで抜けて行った。


「獣人は貞操にうるさいんだ。あの子があんたを孕んだ時、ハーフ獣人である母親のツメクサ____あんたの祖母は、それはもう激怒して、クロバは家を追い出された。親戚一同からクロバは酷い迫害を受けた」


 私は背後に向き直り、油断なく次の一撃に備えた。


「だけど、あの子は誰かを恨むような真似はしなかった。それよりも、ヒト族として正しく生きる事を選んだ。だからこそ、多くの者達があの子を認め、愛するようになった。アタシもその一人さ。本当に、太陽のような娘だったよ」


「で、その最期はどうだったんだ? 正しく生きた、その末路は?」


「自分の子供を命懸けで守り抜いた、誇りらしい最期だった筈だよ。ただし、その子供は救いようのない大馬鹿者だったようだけどね」


 サルスベリの声音に怒気がこもる。


 私も彼女の言葉に気分を害していた。


「何も知らない赤の他人が、べらべらと」


 私は吐き捨てるように言い放つ。


「お前と話していると不愉快な気分になる」


「同感だね。アタシも不愉快だよ。クロバの顔に泥を塗られている気分さ。だから……もう次で決着を付けようじゃあないか」


 張り詰めた空気が漂う。


 恐らく、サルスベリは次の一幕で私を仕留めに来る。


 そして、私もそのつもりだ。


「ここでお前を殺す、サルスベリ」


 サルスベリは強敵かも知れない。


 しかし、だからと言って退く気はない。


 ここが私にとって、運命の岐路になるだろう。


 生か死。


 サルスベリに勝利し、私は自ら決めたこの道を往く。


「はあッ!!」


 叫び、私は駆け出した。


「ふんッ!!」


 それを迎え撃つサルスベリ。


 こちらがダガーを繰り出すよりも先に、サルスベリの爪が私に迫る。


「くっ!?」


 一撃目、二撃目、三撃目____サルスベリは息も入れずに爪撃を放ち、こちらに反撃を許さない。


 私は苦し気な表情を浮かべて、ただサルスベリの獣の双眸に自身のそれを合わせていた。


 強者同士が全身全霊をぶつけ合う事でのみ生み出される極限の戦場。


 そのただ中に私達は存在している。


 体力と気力の全てが刹那の内に消費されるこの状況。


 だからこそ____


「捉えたッ!!」


 サルスベリが自身の勝利を確信し、必殺の一撃を繰り出す。


 サルスベリは己の勝利を確信した。


 そう、確信させられた(、、、、、、、)


「!?」


 勝利の歓喜に浸ったサルスベリの表情が、次の瞬間には、己の不覚を察し、悔いの色に歪む。


「がはっ!?」


 そして、さらに次の瞬間には、サルスベリの獣の心臓を黒い光が貫いていた。


 黒耀(こくよう)白牙(はくが)____私のダガーから放たれた黒い光が、赤毛の獣に致命の一撃を与えていた。


「……アタシとしたことが……抜かったねえ……」


 口元から血を吐きながら、サルスベリが呟きを漏らす。


 瞬く間の攻防____その間に、一体何が起きたのか。


 何がサルスベリを敗北に導いたのか。


 極限状態により、思考は擦り減り____だからこそ、認識は外からの力により大きく乱される。


 私は反撃出来なかったのではない。


 敢えて反撃せず、圧倒されている振りをして、サルスベリの中に”弱い私”を作り出していたのだ。


 思い込みによる存在____幻影の私を。


 私はその幻影を”催眠術”の能力により増幅させ、現実との著しい乖離を発生させた。


 ただサルスベリを見つめ、目を離さなかった私だが、それは彼女に”催眠術”を掛け続けるため。


 そして、最後の仕上げに、サルスベリに幻影の私を仕留めさせた。


 それが彼女にとって大きな隙になる。


 体力と気力の全てを一瞬の内に消費するこの戦い。勝利の確信により、戦意を途絶えさせてしまえば、再起は(かた)い。


 強者同士の本気のぶつかり合いだからこそ、この結末に至った。


 隙を生み出すことに長けた淫魔である私に軍配が上がったのだ。


「……ふう」


 サルスベリが鮮血を撒き散らしながら地面に倒れ伏すのと同時に、私も床に座り込む。


 まるで時の流れが加速し、数時間が一瞬で経過したかのような、そんな感覚。


 大波の如く疲労が押し寄せ、私は立ち上がる気力も失っていた。


 サルスベリはと言うと____


「……予言するよ……この先の未来で……あんたは必ず破滅する……」


 先程の言葉を、掠れる声で私に繰り返していた。


 反撃の様子は無い。


 サルスベリも私同様気力の全てを使い果たし、後は死を待つのみとなっていた。


「……クロバを救ってやれなくて……アタシは後悔しているんだよ……そして、出来る事なら……あんただって……救ってやりたかった……」


 ……救う? ふん____


「余計なお世話だ」


「……そうさね」


 獣の唸り声を上げるサルスベリ。


「……アタシはもうじき死ぬ……そんな死にかけがあんたに残す言葉は……ただ一つ」


 死に際の力を振り絞り、サルスベリはかっと目を見開く。


「自ら破滅の道を選びし者よ____汝の航路に呪いあれ!」


 そんな呪詛を残し、サルスベリは事切れた。


 しばらくすると、私は立ち上がる気力を取り戻し、サルスベリの死体へと近付く。


 しゃがみ込み、その額に触れ、死後の冷たさを確認した。


「汝の航路に呪いあれ、ね」


 私は皮肉な笑みを浮かべ、


「そんな事しなくても、私は既に呪われてるんだよ____この世界に生を受けたその時から、今までずっと」

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