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第15話「”赤毛の猛獣”の脅威」

 張り詰めた静寂の中、睨む合う私とサルスベリ。


 彼女は、自身を元海軍大将と称した。


 恐らく、それはただのはったりではない。


 目の前の獣人には、ヒイラギからも感じた突き刺すような凄味がある。


 強者の中の……そのさらに強者。


 持って生まれた強さを、尚も磨き上げた者が至る至高の領域____サルスベリの強さはその域に達している。


 ヒイラギの時と同じで、今の私が普通に戦っても、勝機は薄い。


 だが____


「“動くな!”」


 ”支配”の能力を発動させ、サルスベリに命令する私。


 いかに高い身体能力を持っていようが、いかに洗練された武術を擁していようが、この力の前では全く意味をなさない。


 ”支配”の能力さえあれば、一対一の戦いで、私が敗北する事などあり得ないのだ。


 私の声に応じ、インキュバス紋がサルスベリの身体を包み込み____


「はああッ!!」


「!?」


 と、その瞬間、サルスベリの鋭い咆哮と共に、彼女の身体の輪郭が膨れ上がる。


 だぼだぼだった彼女の衣服は、膨張した筋肉により、はち切れんばかりになった。


 血のように赤い毛並みが眼前で躍る。


 驚き身構えた私の目に映し出されたのは____赤い体毛を纏った二足歩行の獣と化したサルスベリだった。


「……な……獣化……!」


 獣人に起きる獣化と言う現象。


 実際に目の当たりにするのは初めてで、衝撃的だった。


「あんた、面妖な力を使うねえ」


「!? ……しゃ、喋った?」


 獰猛な獣と化したサルスベリが口を開き、さらに驚く私。


 獣化が発動した獣人はその理性を失うと聞いていたのだが……サルスベリは先程と変わりなく平淡な口調で喋っている。


「アタシは獣人じゃなくて、ハーフ獣人だからねえ。自在に獣化を操る事が出来るんだよ」


 ハーフ獣人____そう言えば……純血種の獣人と異なり、自由に獣化が発動出来る上に、獣化の最中も理性を失う事が無いと聞いた事がある。


 混血種と言うのは、基本的に純血種よりも優秀な個体が生まれやすく、また純血種が持つ種族的な欠陥を有さないものなのだ。


 ……いや、それよりも。


「”動くな!”」


 再度、”支配”の能力をサルスベリに発動させる私。


 しかし、インキュバス紋が赤毛の獣の身体を包囲する事はなかった。


 ”支配”の能力が効かない?


 困惑する私に____


「その手の能力の特徴として、人型の対象に通じるものは獣型の対象には通じないって言うお決まりがあるのさね」


 サルスベリの説明に、


「……と言う事は、私の”支配”の能力は、獣化したお前には通じないと言う事なのか」


「……”支配”の能力?」


 不思議そうに首を傾げるサルスベリ。


「もしかして、あんた、その力(、、、)を”支配”の能力だと勘違いしているのかい?」


「……え?」


 それはどういう意味だ?


「あんた、知らないのかい? インキュバスの”支配”の能力って言うのは____と、まあ、こんな事、わざわざ教えて上げる必要もないさね」


 言い掛け、口をつぐむサルスベリ。


 ”支配”の能力だと勘違いしている?


 サルスベリの言葉の意味が分からない。


 他者を言葉により操るこの能力____”支配”の能力でなければ、何だと言うのだ。


 サルスベリは仕切り直す様に、


「さあ、それじゃあ、始めようじゃないか。それとも、その力(、、、)が通じないと分かって、降参する気になったかい?」


「誰が降参なんか」


 私はダガーを強く握りしめ、サルスベリを睨む。


「正面から、お前を叩き潰す」


「ふっ……それじゃあ……行くよ!」


 不敵に笑う獣の相貌。


 その言葉が合図となって、私とサルスベリの戦闘が始まった。


 風切り音____と、同時に、建物内が揺れた。


「……!」


 それは、一瞬の出来事だった。


 気が付いた時には、私は回避行動を取っており、私が元居た場所には、サルスベリの拳によるクレーターが出来ていた。


 まるで、爆弾でも使用されたかのような……サルスベリによるただの殴打(、、、、、)


 それが途轍もない破壊力をもって、床面を破壊し、室内の四方の壁を揺さぶった。


 ……速く、正確で、何よりも狂暴な一撃だ。


 私がそれを回避出来たのは、理性によって見切ったというよりも、本能的にその危機を察知しての事だった。


 たった一撃で理解した。


 サルスベリ____こいつ、ヤバい。


「へえ、今のをかわすとはねえ」


 獣の笑みと共に覗いたサルスベリの鋭い歯牙の並びに、私はぞっとして、急ぎ距離を取る。


「さすがはあの子(、、、)の子供だけはあるねえ」


「……あの子って」


「勿論、クロバの事だよ。あれ程強かった人間は、きっともう、この世にはいないだろうねえ」


 私は腰を低くし、サルスベリの次の一撃に備えていた。


「出来れば、もう一度手合わせしたかったんだけど……生憎と、クロバはもういない。だから、あんたで我慢させてもらうよ!」


 再び、サルスベリの突進。


 私は、彼女のそれに合わせて、兎に角遠くへと跳躍して攻撃を回避____しようとして、


「甘いよ!」


 一撃目の拳は回避した。


 しかし、驚くべき俊敏さで以て距離を詰められ、すぐさま二撃目の拳を振るわれてしまう。


「くっ!?」


 獣の拳が右肩に命中する。


 私もすぐさま次の回避行動を取っていたため、威力を逃す事には成功したが、それでも重い一撃を受けてしまった。


 私の身体が地面を転がる。


「……【赤電】ッ!」


 地面を転がる最中、私はどうにか意識を保ち、【赤電】のスキルを発動させる。


 赤い雷撃を身に纏い、サルスベリからの追撃を阻むためだ。


 稲妻のドームによる防御を維持しつつ、よろよろと立ち上がる私。


 思惑通り、サルスベリからの追撃は無かった。


 しかし、次の瞬間____


「……!?」


 本能的な危機感知能力が働いたのか、咄嗟の回避行動を取る私。


 それと同時に、すぐ真横を瓦礫の塊が砲弾の如く駆けて行った。


 瓦礫の塊は壁面に激突し、大きな空洞を作る。


「おや、外したねえ」


 サルスベリが口笛を吹く。


 何が起きたのか、私はすぐに理解する。


 【赤電】のスキルで守りを固める私に、サルスベリは粉砕された建材の塊を投げつけたのだ。


「でも、次は当てるよ!」


 サルスベリは足元の瓦礫を拾い上げ、それを再度私に投擲する。


「っ!!」


 反射的に飛び退る私。


 瓦礫が頬を掠め、その風圧で身体がよろめく。


 投げられたのは、ただの瓦礫____しかし、サルスベリが投げれば、それは砲弾も同然だ。


 当たれば、どうなるか分かったものではない。


「やるねえ! だけど、まだまだ行くよッ!」


 【赤電】のスキルによる防御により、呼吸を整える時間を稼ごうとした私だが……これでは、息を入れるタイミングがない。


 瓦礫が次々と迫り……私はそれを回避するのに精一杯だった。


「くそっ!」


 【透明化】のスキルを発動させ、姿を消す私だが____


「おや、姿を消せるのかい? だけど、無駄だよ」


「ッ!?」


 姿は消した……筈なのに、私の元に正確に瓦礫が投擲された。


「アタシはハーフ獣人だよ。見えなくとも、臭いと音であんたの位置なんか丸分かりなのさ」


 サルスベリはにやりと笑って____次の瞬間、一陣の風が吹き抜けた。


 姿をくらますために【赤電】のスキルを解除した私の元に、再度サルスベリの突進が迫る。


 これは私にとって軽い不意打ちだったので、反応に遅れてしまった。


「……くうっ!!」


 バックステップを試みるが、最終的にサルスベリの拳を交差した腕で防ぐしかなかった私は、その勢いに押され、一直線に後方に吹き飛ぶ。


 後方の壁には大きな穴が空いていたために、私の身体は屋外へと投げ出される事に。


 道路を砂利と共に転がる。


「……げほっ……げほっ……!」


 咳き込み、すぐに立ち上がる私。


 直接拳を受けた左腕に鋭い痛みを感じる。


 視線をそちらに移すと、殴打された箇所が目に見えてへこんでいた。


 ……うわ……グロい。


 すぐさま目を逸らし、私は地を駆けた。


 一度、サルスベリとの距離を取る。


 サルスベリは想像以上に強かった。


 身体能力に関しては、母親に比肩するのではなかろうか。


 何か、対策を考えなければ。

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