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第14話「サルスベリ」

 ペイハイと別れ、ミン王国の内側へと向かう。


 人の気配が失せた、静寂の国。


 街に足を踏み入れると、身体が若干重くなる感覚があった。


 移動結界アポロンが発動しているようだ。


 魔族除けの結界の内側でも生存する事の出来る私だが、一応、結界の効力自体は有効なのだ。


 数日間、人生で初めて結界の外側で活動し、それに身体が慣れた今の私は、如実に結界の効力を実感していた。


 さて、結界を発動させている装置はどこにあるのだろうか?


 恐らく、街の中心部にある筈だが……それよりもてっとり早いのが____


「丁度良い」


 【気配察知】のスキルを発動させた私は、周囲の動く人影に気が付く。


 建物の3ブロック先。人数は2人だ。


 動きの具合からして、恐らくだが、あちらはまだ私の存在に気が付いていない。


 まあ、そんな事、どうでも良いのだが。


 私はさっと早歩きになり、曲がり角から飛び出す形で2つの人影の前に出る。


 格好から片方は騎士、片方は船員であると判断。両者とも種族は人間だろうか。


 2人は私の登場に驚き、「誰?」と不思議そうな目をこちらに向けた後、


「……シロメだ!」


 と、騎士の方が私の正体に気が付き、警戒する様に腰を低くした。


「下がって!」


 騎士が船員を庇う様に前に出る。


 船員の方は、目を白黒させ、がくがくと震えていた。


 私はふっと鋭く息を吐き____瞬きの間に騎士との距離を詰め、その首元を掴んだ。


「くっ!?」


 うめき声を発する騎士。


 私が”吸精”の能力を発動させると、騎士は膝から地面に崩れ落ちた。


 一瞬の出来事に、船員は数秒遅れて、我に返ったかのように地面に尻もちをつく。


 私は船員の方に静かに近付き、


「”移動結界アポロンの発生装置の元まで私を案内しろ”」


 ”支配”の能力を発動させ、船員に命じる。


 インキュバス紋に包まれる船員は不自然な挙動ですっと立ち上がって、


「……!? か、身体が勝手に……!?」


 その意に反し、引率を始める。


 ぎこちない足取りで歩き出す船員の後ろに私は付いた。


 結界の発生装置の居場所を特定するのに、これ以上早くて楽な方法はないだろう。


 ミン王国の道路を踏みしめつつ、私は周囲に気を配る。


 今、この街中には50人程のヒト族が存在している。


 だが、時間帯の所為か、夜の見回りを除いて、そのほぼ全員が眠りについていると思われる。


 そのため、再度【気配察知】のスキルを使用しても、周辺に動く人の存在は感知出来なかった。


 このまま何事もなく結界の発生装置の元まで辿り着き、何事もなく仕事を完遂する事が出来るだろう。


 ”支配”の能力に操られた船員は、やがて堅牢な作りの大きな建物の中に入る。


 玄関ホールが眼前に広がり、その中央に____


「あれが結界の発生装置か」


 明滅する光を放つ、重厚な機械がそこにあった。


 玄関ホールの風景に溶け込まない、外から持ち運ばれた異物。


 あれが、移動結界アポロンの発生装置に相違ない。


「ご苦労様」


「うわあっ」


 私は用済みになった船員に”吸精”し、その意識を奪った。


 船員の間抜けな悲鳴を耳にしつつ、結界の発生装置へと近付く。


 これを破壊すれば、任務完了だ。


「随分と楽な仕事だったな」


 ミン王国の解放と言う大それた仕事……蓋を開けてみれば、ファングアップルの間引き作業よりも全然簡単で労力を要しないものだった。


「さて、じゃあ、さっさと、装置を破壊して____」


「そうはさせないよ」


 私が【紫電】のスキルで発生装置を破壊しようとしたその時、頭上から声が響いて来た。


 驚いて顔を上げた私が目にしたのは、天井から吊り下がる照明に片手を引っ掛けてこちらを見下ろす人影だった。


「!?」


 人影が飛び降りて来たので、私は背後に飛び退り、その出で立ちをじっくりと観察する。


 格好は船員のそれ。獣人の女性で、年齢は40代だと思われる。赤毛で、身体つきががっちりとしていた。


「あんた、シロメだね」


 やや古臭い喋り口調で、女性は尋ねて来る。


 私は身構え、


「そうですけど……貴方は?」


 身のこなしや、気配で分かる。


 この獣人の女性、騎士ではなく船員の格好をしているが____間違いなく、強者(つわもの)だ。


「アタシかい? アタしゃ、サルスベリってもんさ。あんたがぶっ壊してくれた貿易船の船長だったもんだよ」


 サルスベリは肩をすくめて、


「全く、大変だったんだよ。沈没船内から結界の発生装置と乗組員たちを回収するのは。アタシももう結構な歳なもんで、身体に無茶はさせたくないのさ」


 サルスベリはお道化た様子で、自身の肩を揉む仕草をした。


 それから、私に人差し指を突き付け、


「あんた、よくもアタシの船を駄目にしてくれたね。謝罪の一つくらいしてくれても良いんじゃないのかい?」


「……」


 私は何も答えず、サルスベリに鋭い眼差しを与えていた。


 サルスベリは「まあ、過ぎた事はいいさね」と肩をすくめ、


「それよりも、あんた、もしかして結界の発生装置を破壊する気なのかい?」


「……そうですけど」


「何で、そんなことするんだい?」


「仕事だからですよ」


「へえ、仕事?」


 サルスベリは顎に手を添え、思案する様に唸ってから、


「あんた、魔族達の仲間になったって事で合ってるかい?」


「そうですよ。ミン王国を侵略者である貴方達から解放する様に命令されています」


「成る程ねえ」


 サルスベリは「だったら丁度良い」と口にして、


「魔族達に伝えな。アタシ達は既に近くの岸からSOS信号を発信して、本国からの救助を待っている状態だって。だから、救助が到着し次第、とっととこの街を出て行くのさ」


 サルスベリの言葉に私は顔をしかめ、


「じゃあ、救助が到着するまで、大人しく占領されてろと」


「そういうことさね。この”地下水道”でアタシ達が安全と食糧を確保するにはこれしかないのさ」


「生憎ですけど、街の外は食糧を失ったゴブリン達で溢れかえっているんですよ。彼らに飢え死にしろと?」


「ああ、なるほどねえ……そんだったら、あんた、好きなだけ食糧を持っていくと良いさ」


「ふざけるな!」


 手前勝手な事を。


 怒鳴る私に、サルスベリはやや声を低くして、


「じゃあ、あんた、本当に結界を破壊する気なのかい?」


「当り前だ!」


「そしたら、アタシ達は瞬く間にゴブリン達の餌食になるだろうねえ。若い女達は、皆、孕み袋にされる。あんた、それで良いのかい?」


「……それは……当然の報いだろ……お前達が私にした事に比べれば……」


「へえ! お前達(、、、)、ねえ!」


 サルスベリは何か問いかけるような眼差しを私に向ける。


「シロメ、あんたが理不尽で酷い目にあったのは、アタシも理解しているし、哀れだとも思っている。そして、今、この街にいる者達の中に、あんたが恨みを抱いて当然な連中がいる事も」


 諭す様な口調のサルスベリに思わず私は黙り込む。


「仕返しがしたいのであれば……まあ、アタシは個人的には止めようとは思わないさ。だけどね、無関係な者達まで巻き込むんじゃないよ」


「無関係だと? 私はお前達ヒト族のせいで____」


「主語を大きくするんじゃないよ、馬鹿たれがッ!」


 かっと目を見開いて怒鳴るサルスベリの気迫に、後退る私。


 サルスベリはすっと平静な表情に戻って、


「交渉をしようじゃないか。必要分の食糧はあんた達に引き渡す。だから、救助が来るまでの間、この街に居座らせて貰う。この条件でどうだい?」


「……話にならない!」


 私はダガーを引き抜き、サルスベリにその切っ先を突き付ける。


「私に話し合いの必要は無い。邪魔するならお前を倒し、任務を完了するまでだ」


 私の宣言に、サルスベリは溜息を吐き、


「アタシにだって話し合いの必要は無いさ。こっちとしては、あんたを倒せばそれで終わりなんだからね」


 両の拳を威嚇する様にぶつけ合わせ、屈伸運動を始めるサルスベリ。


「あんた、まだ、未成年だろう? いくらアタシでも、子供を手にかけるのは、目覚めが悪くなるんでねえ……暴力は最終手段として取っておきたいのさ。でも____」


 強烈な闘気がサルスベリを包み込む。


「あんたが下衆に墜ちるのなら、こちとら容赦はしないよ」


 私とサルスベリ____両者の視線がぶつかり合う。


「最終確認をさせて貰うよ。あんたが結界を破壊すれば、間違いなく、アタシ達は魔族達から酷い目に遭わされる。アタシ達の中にはあんたの恨みに関わりの無い、善良なヒト族が数十人程いる。その中には、あんたの話を騎士達から聞かされて、あんたに同情してる心優しい者達もいたさね。……この話を聞いても尚、あんたは結界を破壊して、罪なき者達を不幸のどん底に叩き落そうとする気なのかい?」


 サルスベリの長々とした問い掛けに私は鼻を鳴らして、


「もっと分かりやすく命乞いしたらどうなんだ?」


「これが命乞いだと思うんなら、あんた、相当おバカなようだねえ」


 サルスベリの言葉に私はむっと顔をしかめ、それから大きく息を吐いて、宣言する。


「結界は破壊する。お前達は皆、地獄にでも落ちれば良い。これが私の答えだ」


「……ほうほう」


 サルスベリはふっと笑って、


「分かった。どうやら、あんた、本当に下衆に墜ちたようだねえ。じゃあ、もう容赦はしないよ」


 腰を低くして戦闘態勢に入るサルスベリ。


 騎士でないにも関わらず、自身の実力に相当の自信があるようだ。


 少なくとも、私よりも強いと、そう確信しているようだ。


 舐められたものだと思ったが……。


 目の前の獣人の女性からは、底知れぬ強者の風格が感じられる。


 私はごくりと生唾を飲み込み、


「ただの船乗りのくせに、随分と腕に自信があるようだな」


「侮るんじゃないよ」


 不敵な笑みを浮かべるサルスベリ。


「アタシの名前はサルスベリ。”地下水道”における航路を巡って争った、先のヒト族と魔族との大戦(おおいくさ)____人魔地底大戦において”赤毛の猛獣”と恐れられた元海軍大将だよ」

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