第13話「ミン王国解放作戦」
午後11時まで睡眠を取り、その後、諸々の準備を済ませる。
日をまたぐ頃には、私はペイハイと共にグン王国を離れていた。
「お前に与えられた仕事、それは移動結界アポロンの破壊だ」
道中、ペイハイが作戦の具体的な内容を説明をする。
「何も全ての騎士達と戦う必要は無い。結界さえ破壊すれば、ミン王国の外周で待機している大勢のゴブリン達が一気に国内に流れ込み、奴らを一網打尽にする。そして、出来れば騎士達を生け捕りにしたい。無駄に殺してくれるなよ」
ペイハイは手の平サイズの筒を私に寄越して、
「信号弾だ。結界を破壊したら、打ち上げてくれ」
「分かりました」
底の方に何やら引き抜く事が出来そうなピンがある。これを引けば、反対側から信号弾が打ち上がるのだろう。
私は渡された筒を弄りながら、無言で歩く。
無言で歩いていると、沈黙がやや気不味くて、何か話題は無いかと思い____
「ヒイラギさんとは仲が良いんですか?」
「ヒイラギとか?」
「はい、随分と親し気だったので」
と、傍から見た印象を語る。
「親し気か……まあ、アイツがここに来てからの付き合いだからな。奴の事なら、大抵の事は理解している」
「へえ、そうなんですか」
ならば、と私は、
「ヒイラギさんってどうしてヒト族の国じゃなくて、魔族の国で生きる事を選んだんですかね」
以前、ヒイラギにぶつけた質問を今度はペイハイにもぶつけてみる。
「魔族の国の方が良かった。それだけの話だろう。少なくともアイツにとっては」
と、答えるペイハイは続けて、
「ヒイラギは一度、デントデリオンと言うヒト族の国で冒険者をしていた事がある」
「え? いや、ヒイラギさんって、リリウミアからこの”地下水道”に逃げて来たんじゃ?」
聞いていた話と違うが……。
「ああ、その通りだが。奴はリリウミアからここまで逃げて来て、先王ヘイリンの庇護を受けた後、デントデリオンに旅立ったのだ。そして、その数年後に、再びクロガネ王国を訪れ、我々の仲間となる事を決心した」
「と言う事は、ヒイラギさんって一度ヒト族の国で生きる事を選択していたんですね」
てっきり、一度も他のヒト族の国に訪れた事が無いと思っていたのだが……それは私の勝手な想像だったようだ。
「デントデリオンに旅立つ前、ヒイラギは彼の国が自身にとって理想的な国であると語っていた。だが、結局、デントデリオンはアイツの居場所ではなかったらしい」
「ヒイラギさん、デントデリオンで何かあったんでしょうか?」
「さあな、本人はただ、伝聞と実態には乖離があるだとか語っていたが」
デントデリオンは冒険者の国____私も……いや、私達も元は、そこを目指してリリウミアを脱出した。
そこに、自由があると信じて。
しかし、実はそれほど良い国ではなかったのだろうか。
「もうすぐ、ミン王国だ」
雑談を交わしていたら、いつの間にか目的地の近くまで来ていた。
大勢のゴブリン達が地べたに座っている光景が見え始める。
彼らは、騎士達に国を追い出されたミン王国の難民だろう。
私とペイハイが近付くと、ゴブリン達は立ち上がり、敬意を示すようにさっと膝を地面に着けた。
「これはこれは、ペイハイ様」
と、目の前から豪華な衣服に身を包んだゴブリンが、ぺこぺこと頭を下げながらペイハイの元までやって来る。
「状況はどうだ?」
と、ペイハイが尋ねると、
「死傷者数は30程。ですが、それよりも、食糧がないために、明日にでも支援がない限り餓死者が____」
ゴブリンは悲痛な様子で、自分達の危機的状況を長々と語り始めた。
なるべくペイハイの同情を買い、多くの施しを引き出すためであろう。
やがて、ゴブリンの話が終わると、
「支援の話だが、お前達にその必要は無い」
ゴブリンにばっさりと言い放つペイハイ。
その台詞に、ゴブリンは「そんな!」と悲愴な表情を浮かべるが、
「何故なら、今よりミン王国を解放するからだ」
そう言って、ペイハイは私の肩を叩き、ゴブリンに突き出す様に背中を押して来た。
私とゴブリンの視線が合う。
「誰ですか、この娘は?」
「名前をシロメと言う。ハーフサキュバスの少女で、お前達の救世主となる少女だ。今からこの娘に、結界を破壊して貰う」
「……え、ハーフサキュバス? いえ、それよりも、救世主とは……この娘が……?」
じっと観察するような目をゴブリンに向けられる。
容姿の所為か、かなり見くびられているような感じがする。
「彼女は強いぞ。ヒイラギが太鼓判を押すぐらいだからな」
「ヒイラギ様が? ……はあ、成る程」
言葉とは裏腹にあまり納得していない様子のゴブリン。
私はふと、背後に向き直り、ペイハイに「ところで誰ですか、この人」と尋ねる。
「こいつの名前はミン。名前の通り、ミン王国の国王ミンその者だ」
「国王?」
改めて、ゴブリンの出で立ちを観察する。
豪華な衣服。
頭上には小さな冠が据えられている。
確かに、国王と言われれば、それっぽい気がするが……。
「あの、ペイハイさんってこの人よりも偉いんですか?」
そっとペイハイに耳打ちする私。
目の前のゴブリンは一国の主だ。対するペイハイは一介の役人に過ぎない筈。
それなのに、ペイハイの方が、立場が上なような気がする。
私の問いに、ペイハイは眉をひそめ、
「当たり前だろ。俺は宗主国の役人で、こいつは属国の国王に過ぎないのだぞ。それ以前に、俺はオーガでこいつはゴブリンだ。そんな事も分からんのか」
ペイハイの口調から明確な怒りの感情を察し、私は思わず「すみません」とさっと身を引いた。
どうやら、両者の力関係に疑問を持たれる事も癪と言った様子だ。
それ程、ペイハイがミンよりも立場が上であると言う事実は、この世界においては常識的な事であるのだろう。
「……そんなに怒らなくても」
ぼそっと呟く私。
ペイハイは若干不機嫌になる私を無視して、
「そう言う訳で、早速準備に取り掛かれ。今直ぐ、全ミン王国民に号令を発しろ。結界の破壊が完遂され次第、お前達で侵略者たちを一網打尽にするのだ」
「はい、かしこまりました」
ペイハイは深々と頭を下げ、それからそそくさと何処かへと駆け出して行った。
「さあ、ここからがお前の本番だ」
ペイハイは前方の街を指差し、
「これよりミン王国解放作戦を実行する。シロメ、行動を開始しろ」




