第11話「王宮官吏ペイハイ」
ダンを引き連れ、王宮に足を踏み入れる。
国王専用の執務室にヒイラギは待機していた。
「戻ったか、ダン」
「おう、今帰ったぜ。ところで、急に呼び戻しておいて、何の話だ」
「実は____」
挨拶も早々に、ヒイラギはダンに事情の説明を始める。
説明が終わると、ダンは「ふーん」と自身の顎を撫でながら、
「漂着の騎士に仲間を殺された、か。全く、おっかねえ事もあったもんだなあ。まあ、取り敢えずは、シロメのおかげで一安心な訳だが」
「おい、貴様、呑気な事を言っている場合じゃないぞ」
ヒイラギは目を鋭くして、ダンを叱責する。
「流れ着いた騎士は、恐らく1人だけではない筈だ。この周辺を他のリリウミアの騎士達がうろついている可能性がある」
「ん、まあ、確かに、そう考えるのが普通か」
「手を打つ必要がある訳だが」
と、ヒイラギは私に視線を向ける。
「しばらくの間、シロメにこの周辺のパトロールを任せる。その間、ダン、身の安全を考え、貴様には街の外へ出るのを控えて貰う」
「俺に街から出るなって言いたいのか? おいおい、勘弁してくれよ」
「国王の自覚を持て、ダン」
ダンは抗議する様に大きな溜息を吐く。
ヒイラギはと言うと、そんなダンの様子に額をぴくぴくとさせていた。
「全く……貴様という奴は……とにかく、安全のためだ。しばらくは警戒体制を敷くことになる。分かったな、ダン!」
「あーい」
生返事をするダン。
ヒイラギはまた何か文句を言い掛けて、それを飲み込み、私に向き直る。
「と言う訳で、明日からで良いから、お前にはこの周辺のパトロールを任せたい。引き受けてもらえるか?」
「はい、分かりました」
断る理由もない。
と言うか、リリウミアの騎士達の漂着に関しては、その原因が私にあるので、この一件は私が責任を取るべきだろう。
「あ、そうだ、シロメ」
と、ダンがふと、
「パトロール中に騎士を発見したら、始末するんじゃなくて、出来れば生け捕りにしてくれよ。そうじゃないともったいないからな」
「生け捕り、ですか」
孕み袋____ゴブリンの子供を産ませる道具にする気なのだろう。
「もし1人でも生け捕りに出来たら、その時はその女とカーラを交換してやるよ」
「……! 本当ですか!?」
「ああ、お前が手に入れた獲物との物々交換だ」
それは良い事を聞いた。
「さて、シロメ、今日はもう休んで良いぞ。大使館に戻るのも良し、街を見て回るのも良し。お前の好きにすると良い」
ヒイラギのその言葉で、私達は緩く解散する事になった。
王宮から出た私は、折角なので、街をぶらぶらと歩き回る事にする。
自由に街の様子を観察して改めて感じたのが、ゴブリン達もヒト族と似たような生活をしていると言う事だった。
ただし、街の雰囲気はリリウミアのそれとはかなり異なる。
ゴブリン達の気性は荒く、街の至る所で怒鳴り合いや殴り合いの喧嘩が発生していた。
真面目に働いているゴブリンがいる一方で、酒瓶を片手に道のど真ん中で寝そべっているゴブリンもいた。
そして、不快だったのが、周囲から私に飛ばされる野次だった。
ゴブリンだらけの街で、見た目にはヒト族の少女にしか見えない私が歩けば当然目立つ。
そんな私に目掛けて、
「服脱いで、おっぱい見せろ!」
とか、
「おーい、暇なら相手してくれねえか! この俺の立派な下半身のな! ぎゃはは!」
とか、
「女ァ! 抱かせろォ!!」
とか____際限なく卑猥な言葉を浴びせられる。
……まあ、ゴブリンだし……仕方ないと我慢するしかないか。
「おい、ぶつかったぞ、女!」
と、遠くの方に意識を集中していた所為か、前から来ていたゴブリンにぶつかってしまう。
ぶつかったと言っても軽く肩が接触した程度なのだが。
「あー、肩がいてー、これ骨折れてるかもなー」
接触部の肩を押さえ、大袈裟な口調でゴブリンは痛みをアピールする。
骨折れてるって……あの程度の接触で、折れる程骨は脆くはないだろうに。
私は溜息を堪え、
「ごめんなさい」
と、謝っておく。
ぶつかったのはお互い様だと思うのだが、言い争いになりそうなので、一方的に謝罪をしておく。
して、ゴブリンの反応はと言うと____
「ああん? ごめんなさい、だと? 申し訳ないと思ってんなら、金出せ、金! 金を寄越せ!」
「……お金?」
「そうだ、銀貨1枚で許してやるぜ!」
まさか金銭を要求してくるとは。
……これって、もしかして当たり屋と言う奴なのだろうか。
本で読んだことがあるぞ。
私はどうするべきか迷い、
「銀貨、持ってません」
「銀貨がない!? じゃあ、何ならあるんだ?」
「金貨ならありますけど」
「じゃあ、金貨1枚で許してやるぜ!」
あ、やばい。
口を滑らせてしまった所為で、要求額を跳ね上げられてしまった。
「おら、早くしやがれ! もたもたしてねえで、金を出せ」
「……えー……ちょ、ちょっと待って下さいよ……ぶつかったのはお互い様ですよね?」
「はあ、お互い様だと!? お前、さっきごめんなさいって謝ったよな? 謝ったって事は、自分が一方的に悪いって認めたって事だよな? 違うのか? だったら、賠償もきちんとしやがれ!」
その理屈はおかしい。
あるいは、これが魔族の世界の常識なのか。
はあ……どうしたものか。
金貨1枚渡せば、このゴブリンは私を解放してくれるのだろう。
この時期に、あまり問題は起こしたくはない。
物事を穏便に解決したい訳だが……さりとて、要求を丸呑みするのは癪だ。
私が悩んでいると____
「……!? ぶはあっ!?」
風切り音が一つ。
突然、ゴブリンの頬に拳が炸裂し、その身体を吹き飛ばした。
「え?」
真横からの唐突な一撃に私は目を白黒させる。
一体、何が?
ふと、横を見ると、そこには拳を放ったであろう人物が涼しい顔で立っていた。
ヒト族の男性____かと思ったが、そうではない。
頭部に2本のツノが生えている。
長身のこの男性の正体……恐らくは、オーガだ。
実年齢は不明だが、青年の見た目をしている。
「お前がヒイラギからの伝えにあった、シロメだな」
オーガの男は重苦しい口調で口を開く。
私は「……そうですが」と小さく頷いた。
「お節介を言わせて貰うのであれば、ゴブリンとの揉め事を解決するのにこれ以上の手段はない」
と、己の拳を突き付ける男。
「因縁を付けて来たゴブリンは殴って黙らせろ」
「……はあ」
軽く相槌を打つ私。
男の出で立ちを観察する
上等な衣服に身を包み、髪などもきっちりと整えられており、清潔感がある。
「貴方は一体?」
尋ねる私に、男は襟元を正す仕草をして、
「俺の名前はペイハイ。クロガネ王国の王宮官吏だ。種族は見ての通りオーガ」
誇らし気に名乗るペイハイ。
「王宮官吏……お偉いさん、ですか?」
私の言葉のチョイスにペイハイは「ふっ」と鼻で笑い、
「まあ、宮仕えだからな。ところで、ヒイラギは王宮にいるか」
「……いえ、先程まで王宮にいましたけど、今は大使館にいると思いますよ」
「そうか」
ペイハイは頷くと、大使館の方へと足を向け、
「では、俺はこれで失礼する。また、会う事があったらその時は」
それだけ言い残すと、ペイハイは去って行く。
私は黙ってその後姿を見送った。
オーガと言う種族を初めて目にした訳だが、容姿は思いの外、ヒト族のそれに近かった。
身なりもきちんと整えており、恐らくだが、ゴブリン以上に文明的な生活を営んでいる可能性が高いと思われる。
オーガの国____クロガネ王国。
一体どのような場所なのだろうか。
私の処遇はグン王国の宗主国であるクロガネ王国が決定するらしい。
いずれ、訪れる機会がやって来るだろう。




