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第9話「仲間、酒」

 その後、何をしたのか、正確には覚えていない。


 記憶にあるのは、怒りのままに騎士を痛めつけた事実のみ。


 耳には騎士の痛々しい悲鳴が残響のように残っている。


 目を瞑れば、泣き叫ぶ騎士の表情____その幾つかが、思い出せた。


 立ち上がった私は、ボロボロになった騎士の死体と向き合った。


 騎士の死体は目を見開き、口を開け広げ……その様子が、彼女の壮絶な最期を物語っている。


 私は自身が血塗れであることに気が付く。


 返り血で全身が汚れてしまったようだ。


 私はふうと息を吐き____


「……私が殺したのか」


 そう客観的に目の前の光景を認識する。


 まるで他人事のように感じられる。


 また、私はヒト族を殺した。


 その事に、何一つ心が乱されない。


 何一つ罪悪感を覚えない。


 ……つまりは……もう、私は完全に魔族側の存在になってしまっているのだ。


「……おい、終わったか」


 背後からガンに声を掛けられ、私ははっとなって振り返る。


 ガンは恐れと……そして、僅かだが、親しみの視線を私に向けていた。


「いやあ、おっかねえなお前は」


 血塗れの私をじっと見つめるガン。


 ガンの視線は私から騎士の死体へと向き、


「さすがにもう死んでるよな、それ」


「……うん……もうくたばってるよ」


 と、私は騎士の死体を忌々し気に蹴り上げる。


 騎士の死体はごろんと転がった。


 ガンは「どうすっかなあ」と暗い天井を見上げた後、


「取り敢えず、死体を持ち帰るとするか。インと、その騎士の死体を」


 ガンは「ちょっと待ってろ」と言い残し、どこかへと消えていった。


 しばらくすると、大きな葉っぱを数枚携えてガンは戻って来て、


「こいつで死体を包んで運ぶぞ」


 ガンの指示でインと騎士の死体を葉っぱで包む。


 そして、私が騎士を、ガンがインを担ぎ上げ、街まで運ぶ事になった。


 休憩を挟みつつ街へと移動する私達の間にこれと言った会話はなかった。


 道中、ガンは「はあ、重てえなコイツ」だとか、「腹減ったなあ」と独り言を小さく漏らしていた。


 何かもっと言う事はあるだろうにと思ったが……私は何も口出ししなかった。


 街へ到着すると、私達は王宮へと向かい、その門前でヒイラギを呼び付けた。


 ヒイラギが現れると、ガンが事情を話し、


「分かった。後の事はこちらで処理する。お前達は詰め所で休んでいろ」


 ヒイラギにそう言い渡され、私達はインと騎士の死体とファングアップルの魔核を引き渡す。


 そして、私はガンに引き連れられて、とある建物の広間の様な場所に移動した。


 何も無い、ただ広いだけの空間。


 話によると、ここはゴブリンの兵士達の詰め所らしい。


 しばらくぼうっとしていると、ガンは立ち上がり、何処かへ消えていってしまった。


 一人になった私は、殺されてしまったインの事を考える。


 短い付き合いの、ただ偶然仕事を共にしただけのゴブリン。


 特段、親しみを感じていたわけでは無かったが……それでも、その死に、胸の痛みと憤りを感じた。


 ……不愉快だ。


 また、こんな気持ちを味わうなんて。


 大きな溜息が出る。


 詰め所で、私が苛々としていると____


「ほら、シロメ」


「え? うわっ」


 突然現れたガンにボトルを投げ渡される。


「まあ、好きに飲んでくれよ」


 ボトルを両手で受け止めた私に、ガンは告げた。


 私はガンの顔とボトルとを交互に見遣る。


 ボトルには濁った液体が入っており、蓋を開けると……。


「もしかして、お酒?」


 アルコールの臭いがする。


 私の問いに、ガンは肯定するように頷き、


「おう、酒だ、酒。まあ、ぐいっと飲んでくれや」


「……お酒なんて飲んだことないんだけど」


 まだ、未成年だし私。


 ガンは「へへっ」と笑い、


「良いから飲んでみろ。酒は良いぞ、酒は」


「……」


 私はじっとボトルを見つめ、決心したように、その中身を口にして____盛大にむせ返った。


 ……何だこれ、喉が焼けるような感覚がする。


 それに……甘い匂いの割に、苦い。


 初めてお酒を飲んだわけだが____


「……不味い」


 と、言うのが正直な感想だ。


 私の感想にガンは、


「おいおい、不味いはねえだろ。それ、結構上等なやつなんだぜ」


「いや、だって……」


 不味いものは不味い。


 どうやら、お酒は私の口には合わないようだ。


 ガンは不満気に溜息を吐くと、懐からスキットルを取り出して、恐らく中に入っているであろう酒をあおり始めた。


 しばらくガンと無言で過ごしていると、


「俺は嬉しかったんだぜ、シロメ」


 ガンが唐突に口を開く。


 酒を飲んでいる所為か、口調がやけに熱っぽかった。


 私は首を傾げ、


「……嬉しいって……何の事?」


「お前が怒ってくれた事だ」


「……?」


 いまいち、話が見えないのだが。


「インの奴が殺されて、お前はあの騎士に怒ってくれただろ。俺はそれが嬉しかったんだ」


 ……ああ、そう言う事ね。


 説明されて、ようやく要領を得た。


「俺達の事、ちゃんと仲間として認識してくれてるんだなって思って」


「……それは……だって……確かに付き合いは短いけど……初めての仕事に同行して貰った仲だし……」


 ガンは再び酒をあおり、


「俺達ゴブリンの命は軽い。軽く見られている。特にオーガの奴らには。奴らにとって、俺達は家畜の様な存在な訳よ。永遠の隷属民だってな。俺達が殺されたところで、眉の一つも動かしやしないさ」


 ガンの口調が少しだけ激しさを増した。


「俺だって同じさ。インの奴が殺されて……ああ、またゴブリンが一匹死んだんだなって……それだけだった。それ以外の感情はほとんどんなかった。きっと、そう言うのに慣れているせいだな」


 ガンがじっと私の事を見つめてくる。


 ガンの視線が気不味かったので、私は目を逸らし、


「私はただ……もう、あんなのはごめんだって思って……もう、仲間が殺されるのは……だから、頭に血が上って」


 これ以上、何一つ、例え些細なものでも、奪われたくはない。


 私から奪い取る事は許さない。


 奪い取る者には相応の報いを与える。


 その執念が私の魂に刻まれている。


「とにかく、だ。俺はお前にお礼が言いたいんだ。お前の怒りが、俺やインの奴の救いになった。ありがとうな」


「……」


 ガンにお礼を言われる。


 私はそれが照れくさくて、照れ隠しに、酒を口に含み、またむせ返った。


「ごほっ……ごほっ……!」


「ははっ、だっせえな、お前」


「うるさいよ」


 咳き込む口を押さえ、ガンに背を向ける。

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