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第5話「ダランベール三姉妹」

 暖炉のある屋敷の一室。


 ロッキングチェアに揺られながら、私はぶすっとした表情で目の前の炉火を見つめていた。


「表情が険しいわね、お姉様」


 イライザがからかうように横から抱きついて来る。


 私は子犬の様にじゃれついて来る妹を少しだけ押し退けて、


「ほっといて」


 それだけ口にして大きな溜息を吐く。


 イライザはと言うと、


「シロメちゃんが魔族だって証拠が掴めなくてイライラしてるのよね」


 図星をついてくるイライザに、尚の事、不愛想になる私。


 と、部屋の扉が開いて、私とイライザだけだった一室に三人目の人影が現れる。


 白地に黄色いラインの入った騎士の制服____聖星騎士団の制服を身に纏ったあどけない顔の女性だ。


「今帰りました、お姉様がた」


 顔立ちの割に理知的な口調でそう告げるのは、私達三姉妹の末っ子のカーラだ。


「あら、カーラ。遅くまでお仕事お疲れ様」


 笑顔で妹の帰宅を歓迎するイライザ。私は「おかえり」とだけ短い言葉を寄越したのみだった。


「どうしたんですか。また、ご機嫌ななめなんですか、アンリエットお姉様は」


 少しだけ呆れた様子でカーラが尋ねて来る。


 余計なお世話だ。


「ほら、あれよ、シロメちゃんの件が上手くいっていないから、不貞腐れてるのよ、お姉様は」


 と、イライザは説明する。


 不貞腐れてるって……もしかして、子供扱いされてる?


「シロメ? ああ、クロバさんの娘さんが魔族なのではないかと言う嫌疑ですね。アンリエットお姉様、もしかして、本気でシロメさんが魔族だって疑っているのですか?」


 若干だが、馬鹿にするような調子のカーラに、私は勢いよく椅子から立ち上がった。


 思わず怒鳴りそうになって____


「まあ、でも、仮にそうなら、母娘ともども拷問にかけてみたいですね。我が子の悲鳴を前に鞭でいたぶられる母親。想像するだけでゾクゾクします」


 続くカーラの発言に私は毎度の事ながらドン引きして閉口する。


「ふふ、カーラらしいわね」


 一方のイライザは、何故か微笑まし気に妹の発言を受け止めていた。


 私、イライザ、カーラは種違いの三姉妹だ。母親は同じだが、父親がそれぞれ違う。


 私達は、亡き”英雄”マリー・ダランベールの優秀な血を引いており、周囲にはダランベール三姉妹と持て囃されている。


 私は聖日騎士団で、イライザは聖月騎士団で、カーラは聖星騎士団で、それぞれ順調に出世街道を突っ走っている所であった。


 ただ____


 身内に対して、あまりこういう事は言いたくはないのだが……イライザもカーラもその人格に大きな問題を抱えていた。


 まず、イライザ……彼女はレズのサディストだ。


 ダランベール家は多くのメイドを雇っているのだが、その大半がイライザのペットハーレムと言う名の性奴隷集団であった。


 夜中にメイドを可愛がっている(、、、、、、、)所をたまに見かけるのだが……その趣味の悪い事と言ったら。


 そして、カーラ。


 カーラは拷問好きのサイコパスだ。


 彼女が聖星騎士団に入団したのも、囚人を拷問するためなのだと本人が口にしていた(リリウミアには騎士団が三つ存在し、聖日騎士団は対魔族の戦闘組織、聖月騎士団は対ヒト族の戦闘組織、そして、聖星騎士団は国の治安を維持する警察組織だ)。


 リリウミアはもともと治安が良く、カーラも囚人を拷問する機会にあまり恵まれないようだったが、たまに現れる”獲物”に対し、彼女は秘めた欲望をあらん限りぶつけるのだ。


 イライザのペットハーレムを痛めつける事もあるのだが、本人曰く「調教され、痛みに快楽を見出した奴隷ではなく、拷問に対し、しっかりと苦痛を示す囚人の方が虐め甲斐があります」との事だそうだ。


 半分とは言え、血を分けた姉妹とは思えない異常性だ。


 それに引き換え____


 残虐非道の二人の妹に対し、私のなんと人間が出来た事だろうか。


 才能に溢れ、それにおごることなく勤勉であり、面倒見も良い。


 私でなければ、イライザとカーラの面倒など見切れないだろう。


 唯一の欠点と言えば、向上心が高すぎるが故に出世のために手段を選ばない事ぐらいだ。


 警察組織である聖星騎士団のカーラと結託し、ライバルの罪をでっち上げて蹴落とした事もいくつかあったが……そんなのは些細な事だ。


 私にそなわるその他多くの美点が、その小さな汚点を掻き消してくれる。


 私はふと思い立って、


「ねえ、カーラ、この際真実とかどうでも良いから、シロメが魔族だったと言う事にして、クロバの奴を罪に問えないかしら」


 そんな提案をしてみる。


 ようは、クロバをお縄にかけられればそれで良いのだ。


 優秀なカーラなら上手い具合に捏造工作をしてくれるのではないか。


「それはさすがに難しいと思いますよ」


 しかし、難色を示すカーラ。


「まず、リリウミアには大結界アマテラスが張られています。つまり、リリウミアには魔族など存在し得ないのです。そして、第二に、シロメさんはスキル持ちである事が確認されています。つまり、彼女はれっきとしたヒト族なのです」


 カーラは厳然たる事実を突き付けるように告げ、次いで、嘲笑するように、


「何故、アンリエットお姉様が、シロメさんが魔族などと言う妄想にとりつかれているのか、不思議でなりませんね」


 この妹、一言余計だ。


 姉を笑いものにするなど、無礼千万ではないか。


 私は怒りを堪え、


「シロメは日光に弱いだけじゃなく、太陽のシンボルに対し拒絶反応を示したのよ。きっと、魔族だからよ」


 そう訴えかける私に、カーラは妙にインテリぶった笑みを浮かべ、


「日光アレルギーはヒト族にも存在しますし、特定の絵柄に対する恐怖症と言うのも珍しいものではありませんよ。アンリエットお姉様、もう少しお勉強をされてはいかがですか?」


 だんだんと本性を現してきたと言うか、明らかに私を馬鹿にした様子のカーラ。


 さすがに一発くれてやろうか。


 姉を舐め過ぎている。この偉大なる姉君を。


 私の拳が震え始めた所で、


「あんまりお姉様をいじめないの、カーラ」


 イライザがカーラをたしなめる。


「シロメちゃんが魔族だなんて、本来はあり得ない事だけど……彼女、確かに何処か怪しいのよねえ。シロメちゃん、そして、クロバさんも、絶対に何か隠しているわ」


 イライザの発言にカーラは「なるほど」と少しだけ態度を改める。


 イライザは鋭い勘の持ち主で、その洞察にならば一考の価値があると言った具合か。


 ……少し信じがたい事だが、カーラの中では、私よりもイライザの方が上の存在だったりするのだろうか。


「んー……ちょっとだけ、お時間良いですか」


 カーラはそう言うと、壁に寄りかかって、静かに目を瞑った。彼女が考え事をする時のお決まりの行動だ。


 しばらくすると、カーラは目を見開き、


「ハーフの可能性なら確かにあり得ます」


 私とイライザに向き直り、カーラはそう告げる。


「魔族は魔族でも、ヒト族とのハーフ。それならばあり得ない話ではありません」


 カーラはやや知識人ぶった口調になり、


「大結界アマテラスは魔族とヒト族とのハーフにも有効である事が分かっていますが、過去の研究で、ハーフの中には大結界の中で少なくとも10日ほど生存した個体が確認されています。ハーフは大結界アマテラスに対する耐性を獲得し得るのです。耐性の獲得については、かなりばらつきがあるようですが、逆に言えば、大結界に対し、完全な耐性を持つハーフの個体が存在する可能性はゼロではありません。そして、こちらは周知の事実になりますが、ハーフもヒト族同様スキルの力を持ちます」


 純粋な魔族ではないにしても、シロメが半魔(ハーフ)である可能性は存在すると言う事か。


「魔族とヒト族とのハーフと言っても、実在するのはハーフオーガかハーフヴァンパイアぐらいなんでしょ。でも、シロメちゃんはそのどちらでもないって、お姉様は既に確認済みよ」


 と、口を挟むイライザ。


 そうだ。


 ヒト族と性交する魔族はいくつか存在するが、ヒト族とのハーフの子供を作り出せる魔族はオーガかヴァンパイアぐらいなのだ。


 ゴブリンやオークはヒト族の女性と性交し、子供を孕ませる魔族だが、その子供はあくまでも魔族。


 サキュバスはヒト族の男性と性交し、子供を孕む魔族だが、その子供はあくまでも魔族。


 ヒト族と魔族との間に生まれる子供には、ごく少数の例外を除き、ヒト族の遺伝のルールが適応されないのだ。


「何事にもルールの逸脱は付き物ですよ」


 またしてもかしこぶってカーラは告げる。


「私も詳細は知りませんが、実は近年、ハーフゴブリンの存在が確認されたのです。ゴブリンとヒト族との子供には本来、女性側、つまりヒト族側の遺伝子が伝わりません。ですが、何かしらの異常により、本来生まれる筈の無い存在が生まれた訳です。このように、希少ながら、ルールの逸脱は存在するのです」


 すると、つまりは____


「シロメはハーフオーガ、ハーフヴァンパイア以外のハーフと言う事かしら?」


 だとすれば、何の魔族とのハーフなのだろうか?


「シロメさん、かなり綺麗な容姿をしていましたよね? だとしたら、ハーフサキュバスが最も妥当だと思われますが」


「私、サキュバスの線を疑って”サキュバス祓い”をシロメに掛けたんだけど、何の反応もなかったわよ」


 ハーフサキュバスであるのならば、例えハーフでも”サキュバス祓い”は通じそうなものだが。


「____ハーフインキュバス」


 イライザはふとその言葉を口にする。


「ハーフインキュバスの可能性はどうかしら?」


「ハーフインキュバス、かしら?」


 これ程聞き慣れない単語も珍しい。


「何故、ハーフインキュバスだと思ったのかしら?」


 尋ねると、イライザは考え込むように天井を見つめて、


「お姉様、確か、シロメちゃんに太陽の絵を見せた時、初見時は苦痛の表情を浮かべたけど、その後、何の反応も見せなくなったって言ってたわよね? それって、”催眠術”の能力なんじゃないかしら?」


 ”催眠術”____確か、インキュバスにのみ備わっているとされる魔族の能力だ。


「”催眠術”で自分自身に暗示を掛けたのよ。これは太陽の絵じゃないって。だから、太陽の絵が平気になったのよ」


「いやいや、ハーフインキュバスって……そもそも、シロメは女の子よ」


「それは見た目の話でしょう?」


 何故か自信たっぷりにイライザは告げる。


「インキュバスって男性の個体しか存在しないけど、彼ら、元は女性で、見た目も女性のそれとほとんど変わらないって聞くわよ。シロメちゃんもああ見えて男の子なのかも知れないわね。いえ……恐らく、そうなのよ」


 思い出すように目を閉じるイライザ。


「あの時は勘違いかもって思ったけど、シロメちゃん、なんだろう……ちょっと男の子っぽい匂いがするのよね」


「……匂いって」


「顔は凄く好みなんだけど、何処か違うって感じたというか。これでも女の子を見る目はあるつもりよ、私」


 馬鹿馬鹿しい発言だが、鋭い勘の持ち主であるイライザの言葉は無視する事が出来ない。


 イライザの父親は、ハーフ獣人だった。彼女自身には獣人の遺伝子は受け継がれていない筈なのだが、何かしら獣人に特有の野生の勘が備わっているかも知れない。


「ハーフインキュバスですか。それが真実であれば、これは国防の危機ですね」


 カーラが大真面目に国防の危機などと言い出したので、私は思わず吹き出してしまう。


 すると、カーラは、


「インキュバスを舐めない方が良いですよ。彼らほど厄介な魔族は存在しません。知らないのですか? メアリー・トリフォリウムの一件____たった一匹のインキュバスが国を乗っ取り、滅亡させた話を」


「む、それぐらい知ってるわよ」


 インキュバスが魔王となる割合は高い。戦闘よりも他者を支配する能力に優れた種族であるためだ。


 その際たる例が、メアリー・トリフォリウムと言う名のインキュバスで、彼はインキュバスの能力を駆使し、たった一匹で一国を手中に収めたのだとか。


「ハーフインキュバスともなれば、それ以上に厄介な存在な筈です。決して捨て置く事の出来ない、ヒト族の敵です」


 ハーフと呼ばれる種族には、その純粋種よりも優秀な個体が多いとされている。例えば、ハーフエルフは純粋なエルフよりも高い知能と魔力を持つとされているし、ハーフ獣人は純粋な獣人よりも高い身体能力を持つとされている。


「初めはアンリエットお姉様の世迷い言かと馬鹿にしていましたが」


 いや、馬鹿にしていたってはっきり言うのか。


「例え僅かでも、国防の危機の可能性があるのならば、聖星騎士団の騎士として黙っておくことは出来ませんね」


 いつの間にか協力的になっているカーラ。目付きが急に鋭くなり、そして、口元には嗜虐的な笑みが浮かぶ。


 カーラは仕事モードに入っているようだった。


「アンリエットお姉様、確認ですが、シロメさんには”サキュバス祓い”は通じなかったのですよね?」


 私が「ええ」と頷くと、カーラは人差し指を立て、


「ならば、一つだけ試したい事があります」


 獰猛な笑みを浮かべ、カーラはそう告げる。

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