第3話「クロガネ王国大使ヒイラギ」
ヒイラギに連れられ、私は屋敷とも言える、立派な建物の中に足を踏み入れていた。
「この部屋をお前に貸してやる」
ヒイラギに屋敷の一室を案内される。
ベッドが備え付けられた、就寝するのに何一つ不自由しない部屋だった。
「強制はしないが、出来る事ならこの部屋の中に留まっておいてくれ」
そう告げるヒイラギに私はこくりと頷いた。
「夕食は後で職員に運ばせる。今日は休息を取れ。明日の朝、また話し合いの場を設ける。それまでに気持ちを落ち着けておけ」
部屋から去って行こうとするヒイラギ。
私はふと、
「ヒイラギ……さん、でしたよね」
「ああ、そうだが」
「貴方は一体、何者なんですか?」
「自分の事は話さないのに、俺の事は聞こうとするのは不公平じゃないのか」
「……」
意地悪な言葉だが……全くその通りだ。
私が黙り込んでしまうと、ヒイラギは自身の獣耳を弄り、
「今の俺はクロガネ王国の大使だ」
「……クロガネ王国……大使……?」
「クロガネ王国はグン王国の宗主国で、ヘイロン国王が統治するオーガの国だ。そして、俺はクロガネ王国からグン王国に遣わされた大使。ちなみにこの建物はクロガネ王国大使である俺に与えられた大使館だ」
意地悪な言葉に反し、しっかりと答えてくれるヒイラギ。
私は彼の言葉の中から新たな情報を得て、
「……グン王国以外にも、この近くに魔族の国があるのですか?」
「この”地下水道”と言う名の地底世界には、多くの魔族の国が存在している。同盟や従属関係を結んでいる国々や、敵対し合っている国々もある」
「……そうなんですか」
驚きの事実だ。
まさか、ここ以外にも、魔族の国が多数存在しているとは。
”地下水道”はまさしく、魔族の世界と呼ぶに相応しい場所であるようだ。
「俺も初めて知った時は驚いた。まさか、“地下水道”が魔族の世界になっているなんてな」
「……ヒイラギさんは」
思わず尋ねてしまう。
「どうして、魔族の国に?」
私の問いにヒイラギは特に返答に躊躇う事なく、
「自由を求めて、リリウミアから逃げて来た」
「……え……ヒイラギさんもなんですか?」
リリウミアと言う単語に思わず反応してしまう。
「”ヒイラギさんも”と言う事は……もしかして、お前もリリウミアから逃げて来たのか」
「……え……あ……そう……ですね」
思いがけず、自分の事情を話してしまった。
間抜けか、私は。
ヒイラギは思案するような表情を浮かべ、
「まさか、お前、半魔なのにリリウミア内で暮らしていたのか。大結界アマテラスの内側で」
疑うような視線をヒイラギに向けられる。
魔族を排除する大結界アマテラスの効果は半魔にも有効であると言うのが定説だ。
疑われるのが癪で、私は自身の言葉が真実である事をヒイラギに強調しようとしたが、それは余計な行為である事に気が付き、それ以上なにも伝えようとはしなかった。
「でも、ヒイラギさんはどうしてヒト族の国じゃなくて、魔族の国を選んだのですか?」
純粋に興味がわいて来た。
私と違って純粋なヒト族であるヒイラギならば、受け入れてくれるヒト族の国など幾らでもある筈だ。
それなのに、何故、魔族の国に。
ヒイラギは自身の獣耳を弄り、
「話せば長くなるが……そうだな……結局のところ、そこで生きると決めた場所がここだったと言うだけの話だ」
どこか浸るような調子でヒイラギは言った。
「魔族はヒト族である貴方の事をすんなりと受け入れてくれたのですか?」
「全ての魔族がそうではないが、少なくとも、クロガネ王国の先代の国王ヘイリンは俺の力を認め、仲間として受け入れてくれた」
ヒイラギは部屋の扉に手を掛け、
「俺はまだ仕事がある。話はまた明日だ」
去り際、ヒイラギは、
「その時には、お前の話も是非聞かせて貰いたい」
部屋の中に一人取り残される私。
ベッドに腰掛け、ふうと息を吐いて、与えられた情報を整理していた。
”地下水道”に広がる魔族の世界。
そのスケールの大きさに圧倒される。
この地底世界には多くの国があり、国々で国交が結ばれており、ヒト族の世界同様、大使や大使館が存在している。
一通り、情報を飲み込んだ後、私の思案事項となったのは____
「……私はこれからどうすれば良いんだろう」
そして……何がしたいのだろうか?
今すぐ、私がしたい事____それはカーラへの仕返し。
だが、カーラへの仕返しが終わったら?
この胸の内の憎しみを晴らした後は?
今の私にはもう何も残されてはいない。
ロッドやメリエと共に冒険者になる夢は潰えた。
そして、今更……ヒト族の世界で生きたいとは思えない。
私は行き場を見失っていた。
私はどこを居場所にすれば良い?




