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第2話「ゴブリンの国」

 不思議な光景だ。


 見上げると、そこには月も、星も、ましてや太陽もない。


 暗い岩肌の天井が全天を覆っていた。


 ここは地底の世界。


 そんな地の底に、巨大な街が存在している。


 ゴブリン達の街が。


 ダンやヒイラギ達に連れられ、沈黙を保ったまま歩き続ける私。


 小さな影が蠢き、ひしめき合う街中の様子を、視線を這わせながら観察する。


 立ち並ぶ建物は粗野な作りにはなっているものの、しっかりと人が居住できるようなものになっていた。


 街中を走る道路は、リリウミアのそれに比べれば質は劣るものの、それなりに整備されている。


 そして、街角のそこここに、暗闇を照らす街灯が設置されていた。


 ゴブリンと言えば、野で原始的な生活を送っていると思い込んでいたのだが、いっぱしの文明がここに築かれていた。


 街中を歩いていると、周囲のゴブリン達が立ち止まり、私達____正確にはダンに頭を下げ、敬意を表していた。


 ゴブリン達の口々からは「魔王様」だとか、「ダン国王」だとか、そんな言葉が聞こえてくる。


「……本当に魔王なんだ」


 と、思わず呟いてしまう。


 街中のゴブリン達の様子から、ダンが本物の魔王である事をここにきて確信する。


 正直、半信半疑……いや、9割近く冗談だと思っていた。


 ダンは耳ざとく私の声を捉えたようで、


「おいおい、まるで、この俺様が魔王っぽくないみたいな言い草だな」


 ダンに突っかかられるが、私は視線を少し合わせただけで、黙って無視した。


 しばらく歩いていると、私達はとある建物のなかに足を踏み入れた。


 重苦しい鉄格子と拘束具が視界に飛び込んでくる。


 内部の様子から、私は建物が牢獄のような場所であると察する。


「ここは孕み袋の収容所だ」


「……孕み袋?」


 ダンが聞き慣れない言葉を発したので、思わず尋ね返してしまう。


 ダンは「ほれ」と通路を少し進んだ先の一画を指差す。


 そこには____


「……!」


 思わず息を詰まらせてしまう。


 鉄格子で隔離された暗闇の独房、そこにヒト族の女性がいた。


 首輪を掛けられ、両手を手枷で拘束されている。


「ゴブリンの繁殖方法は知っているか?」


 ダンが尋ねて来たので、


「……ヒト族の女性に子供産ませる」


「なんだ、ちゃんと分かってんじゃねえか。その女は繁殖のための道具、つまりは孕み袋だ」


「……」


 知識として、ゴブリンがヒト族の女性を攫い、性交して自らの子供を産ませる魔族である事は知っていた。


 しかし、実際にその事実を目の当たりにすると、それなりにショッキングであった。


 目の前の生気の抜けた様な顔をしている女性は、ゴブリンの子供を産むための道具にされているのだ。


 私はふと、ヒイラギの方を見遣る。


 ヒイラギは私の視線に気が付くと、意味あり気に肩をすくめてみせた。


「ゴブリンの生態の一つだ」


 と、その一言のみを発するヒイラギ。


 言葉の含み具合からして、やはり思う所はあるようだ。


 半魔(ハーフ)の私ですら、目の前の光景に多少の嫌悪感を抱いたのだから、純粋なヒト族であるヒイラギとしては当然の事だろう。


「取り敢えず、その女はここで預からせてもらう。それで良いよな?」


 ダンの言葉と共に、独房の一つにカーラが押し込まれる。


 私が身を乗り出して、抗議の姿勢を見せると、


「落ち着けよ、預かるだけだ。こいつを拘束しておくのに、ここ以上に安全な場所はねえぞ」


「……」


 なだめるようなダンの言葉に、私は大人しく引き下がる。


 ダンは「ふう」と溜息を吐いた後、再び集団の先導を始めた。


 収容所を抜け、私達は取り分けて立派な建物の前に移動した。


 建物の前には大きな門が存在し、その両脇を武装したゴブリン達が固めている。


「グン王国の王宮だ」


 と、ヒイラギが告げる。


「話し合いはこの中で行う」


 私は警戒を強めつつ、一団の意のままに王宮内に入り、とある一部屋の中に案内された。


 長机と向かい合った椅子。


 対話のための環境が整った一室をぐるりと見回す。


「まあ、取り敢えず、そこに腰掛けてくれや」


 ダンに促され、私は椅子に座る。


 連れのゴブリン達が移動を開始し、部屋にはいつの間にか、私、ダン、ヒイラギの3名のみが残されるに至った。


 ダンはくつろいだ様子で対面の椅子に腰掛け、頬杖をついて私を見つめた。


「改めて、俺はグン王国の国王ダンだ」


「……」


 私は返事代わりに無言で頷いた。


「お嬢さん……えーと……シロメ、だったか……お前の事を知りたいんだが、色々と話してくれないか」


「……」


 じっとダンの顔を見つめて、私は沈黙を保つ。


 私は自身の情報を与える事に警戒感を抱いていた。


 彼らが私の味方になり得るのか。


 信頼に足る者達であるのか。


 それが確定するまで、不用意にこちらの事情を明かしたくはない。


 下手に事情を明かせば、何か付け込まれる隙を与えてしまうかもしれない____そんな強迫観念すら今の私は抱いている。


「私をこれからどうするつもりですか?」


 逆に問いかける私。


 ダンは「ふうん」と唸ってから、隣に座るヒイラギを見遣る。


 ヒイラギはダンに一瞥を与えてから、


「それはお前がどうしたいかによる」


「……私がどうしたいか?」


「お前は先程、自分が半分だけ魔族だと言ったな。察するに、シロメ、お前は行き場をなくした半魔(ハーフ)なのだろう。違うか?」


 鋭い観察の目をヒイラギに向けられ、私は頷く。


 行き場をなくした半魔(ハーフ)____大体その通りだ。


 親友を失い、その先に存在した希望の未来を失った私。


 ヒト族として生きる事に意味を見出せなくなった私。


 今、私を突き動かすもの。


 それはカーラに対する殺意……ただそれだけだった。


 私はそれ以外の全てを失っていた。


「もし、お前が居場所を求めているのであれば、ここをその場所の候補にしても構わない」


 かしこまった様子でヒイラギがそう言う。


「……それって」


「ようするに、お前を俺達の仲間にしてやっても良いぜって言ってるんだ」


 粗野な口調でダンが口を挟んで来た。


「お前にその気があんのなら、な」


「……仲間」


「おうそうだ、仲間だ」


「……」


 またしても黙り込む私。


 仲間になる____その誘いに応じても大丈夫なのだろうか。


 甘い言葉で私を陥れようとはしていないだろうか。


 私が警戒の、ともすれば威嚇するような敵意の視線を二人に与えていると、ダンは「へへっ」と茶化すように笑い、


「手負いの獣だな」


「……?」


「傷を負った獣が攻撃的になるのと同じだぜ」


 けらけらと笑うダンに私は不快感を覚え、思わず立ち上がった。


 馬鹿にされているようで、気に食わない。


 ダンは涼しい顔をして、


「せっかくだが、時間をおいてもう一度話し合いをした方が良さそうだな」


 私ではなく、ヒイラギに対して、ダンは話し掛けた。


 ヒイラギは「そうかも知れん」と静かに同意する。


「お前の家に部屋が幾つか余ってんだろ。その一つを取り敢えずシロメに貸してやれ」


「大使館は俺の家でも宿泊施設でもないのだがな」


「似たようなもんだろ」


 何やら、ダンとヒイラギとの間で勝手に話が進められている模様だ。


 しばらく、私の目の前で話し合いをしていた二人だが、


「おい、シロメ、お前の事は取り敢えず、ヒイラギに一任する。今日の所は、寝る場所と食うものを用意してやるから安心しな」


 ダンはそう言うと一人立ち上がり、


「そんじゃあ、後はよろしく頼むぜ、ヒイラギ」


 そそくさと部屋から退出するダン。


 残された私とヒイラギは顔を見合わせ、


「ダンが言ったとおりだ。今日の所は寝る場所と食うものを用意してやる」


「……それは……どうも……ありがとうございます」


 一応の礼を述べる。


 ヒイラギは両腕を組んで、


「常に警戒しつつ他者と接するのは悪い事ではない。特に魔族の世界においては。しかし、胸襟を開く事も時には必要だ。大切なのはそのバランス感覚を持つ事」


 ヒイラギは立ち上がり、視線で「付いて来い」と私に指示する。


「お前がヒト族の世界で生きていたと言う事は、その目を見れば容易に想像が付く。そして、ヒト族の世界そのものに裏切られたと言う事も」


 見透かす様なヒイラギの言葉。


「お前は魔族の世界を知らない。この世界で生きたいのであれば、この世界の生き方を早く覚えておけ」


 教訓じみた事を言い放ち、ヒイラギは歩き出した。

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