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第44話「罰の時間」

 流れる水の音が聞こえる。


 頬にかかる水しぶき。


 目が覚めた私は、自身が岸にしがみ付いている事に気が付く。


 しばらく頭が働かずぼうっとしていたが、次第に今に至るまでの記憶を取り戻し、


「……私……生きてる……?」


 自分がまだ生きていると言う事実に驚く。


 私は致命傷を負って、その上、河川の急流に飲まれたのだ。


 普通は死んでいる筈なのだが。


「……【自然治癒】のスキル……それと、”吸精”でたくさん生命力を奪ったおかげなのかな……?」


 と、推測してみる。


 まあ、とにかく、私は無事だった。


 驚く事に、身体の傷も、おおむね癒えている。


 気怠さは感じるが、問題なく動くことは出来るだろう。


「……そうだ、カーラは」


 次いで、周囲の状況を確認する。


 すると、私の隣、同じく岸にしがみ付いているカーラの姿があった。


 どうやら気を失っているようで……息はあり、死んではいないようだった。


 その片方の手首には手枷がはめられており、鎖で私の手首の手枷と繋がっている。


「____カーラ!」


 憎しみを込めてその名前を呼ぶ。


 そして、その首に手を掛けようとして____一先(ひとま)ずは、陸に上がる事を優先した。


 カーラを担ぎ、私は岩肌を上る。


 ぜえぜえと息を切らしながら岸を上がり切り、奥地へと移動して、ずぶ濡れの身体を乾いた地面へと横たえる私。


 しばらく”地下水道”の暗い天井を見上げていたが、上体を起こすと、カーラの身体をまさぐり、その懐から鍵を発見する。


 鍵を自身の手首の手枷へとあてがってみると、その鍵穴と一致し、私はそのまま解錠した。


「……ふう」


 自由になった手首をさすり、私はカーラの身体をじっと見つめた。


 【スキル鑑定】のスキルを使用して見ると、




____対象者のスキル所有情報____


____なし____




 どうやら【スキルドレイン】のスキルにより、全てのスキルを私に奪われたようだ。


 試しに、水面に映し出された私と向き合い、【スキル鑑定】のスキルを使用してみる。




____対象者のスキル所有情報____


____【スキルドレイン(31)】、【蒸気噴射(16)】、【避雷(37)】、【自然治癒(46)】、【剣術(15)】、【威嚇(5)】、【スキル鑑定(43)】、【魔法干渉(11)】、【紫電(7)】、【魔力感知(23)】、【延焼(37)】、【赤電(21)】、【気配察知(34)】、【クリーニング(23)】、【鉄鎖(11)】、【透明化(30)】、【幻影の剣(25)】____




 新たにスキルが増えている。


 私は再びカーラの身体を見つめ、


「……カーラはまだ生きている」


 思わず、笑みがこぼれた。


「……力を失い……生きた状態で私の目の前にいる……周囲には私達以外誰もいない……」


 私は自身が最高のシチュエーションにいる事に気が付く。


 カーラに仕返しをするための最高のシチュエーションだ。


 私はカーラの衣服を()ぎ始めた。


 装備品を奪い、騎士の制服とその下のシャツを脱がせ、下着はそのままに____しようとして、妙な勘が働き、その中身を調べてみた。


 すると、彼女のブラジャーには内ポケットがあり、その中に金属製の魔法陣のアクセサリーが仕込まれていた。


 恐らくだが、騎士団の支給品で、氷の矢の魔法を放つためのものだろう。


 私は魔法陣のアクセサリーを奪い、それをカーラの身に着けていた装備品や衣服と一緒にして丸め、力一杯、河川のほうへと遠投した。


 下着姿のカーラ。


 彼女の身に着けていたものは、全て、河川の急流に飲まれ、彼方へと消えて行ってしまった。


 私はカーラの身体をうつ伏せの状態にして、その両腕を背中に回させる。


 そして、彼女の両手首を手枷で拘束した。


 ……さて、これで準備は整った。


 私は深呼吸をして____【赤電】のスキルを発動させる。


 威力をかなり抑えた赤い電撃が、カーラを襲い、


「……はうっ!」


 カーラの身体が跳ね、その意識が覚醒する。


「!? ……こ、ここは……?」


 カーラはうつ伏せの状態で、困惑した表情を浮かべながら周囲を見回した。


「……私の服……それに……腕が……」


 次いで、自身の状態に気が付いたカーラは、その困惑をさらに深め____かたわらで佇む私の姿を発見する。


「……シ、シロメさん」


「良かった、ちゃんと目を覚ましてくれて」


「これは……一体どういう……」


 私はカーラを見下ろし、


「貴方の身に着けていたものは全て廃棄させて頂きました。それと、その手首の手枷は____」


「ふぐっ!?」


「私から逃げられないようにするためのものです」


 カーラの横腹を蹴ると、彼女は苦し気なうめき声を上げた。


「カーラさん、拷問がお好きなんですよね?」


 私は再び【赤電】をカーラに放つ。


「ふがあっ!?」


 電撃を受け、カーラの身体は痙攣する。


「貴方の大好きな拷問の時間といきましょうか。安心して下さい。すぐに殺しはしません。何時間、いえ、何十時間と苦しみを与えてから、最後に最も苦しい方法で貴方を殺して上げます」


「こ、この……魔族が! 調子に____」


 カーラは私を睨み____次の瞬間には青ざめた表情を浮かべた。


「な、無い……!」


「無い、とは? ああ、もしかして、ブラジャーの内ポケットにあった魔法陣のアクセサリーの事ですか?」


「……くっ」


 図星のようだ。


 魔法で反撃するつもりだったのだろうが、そうはいかない。


「言いましたよね、貴方の身に着けていたものは全て廃棄したと。ああ、それと、貴方の所有していたスキルも全て奪わせて頂きました」


「……な……ス、スキルを……!?」


「つまり、今の貴方は全くの丸腰。私に抵抗する(すべ)などありません」


 冷たくそう告げ、私はもう一撃、【赤電】をカーラに放つ。


「んぎゃっ!? あ、あ……や、やめ……!」


「ほら、まだまだ行きますよ。大丈夫です、気絶しないように威力は落としていますから」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 ”地下水道”の暗闇にカーラの絶叫が響き渡る。


 しばらく、赤い電撃に翻弄されていたカーラだが、


「……う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああ! 来るなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 私が【赤電】の使用を止めたタイミングで、カーラは飛び跳ねるように立ち上がり、逃亡を開始する。


 両腕が拘束された状態で、不格好な走り方だったが、それでもぐんぐんと私との距離を離していくカーラ。


「待て、カーラッ!」


「うわあっ!?」


 ただし、カーラが懸命になって離した距離も、私の跳躍により、すぐに詰められてしまう。


 私はカーラを地面に押し倒し、その背中に座り込んだ。


「駄目じゃないですか、勝手に逃げちゃ」


「や、やめ……ゆ、許して下さい……!」


 カーラは涙目になって、


「も、申し訳ございませんでした! わ、私が悪かったです……この通り謝りますから、ど、どうか……もう拷問は止めて下さい……!」


 必死になって謝罪をするカーラ。


 そんな彼女を冷めた目で私は見つめていた。


「なんて、情けない顔……カーラさん、他人に痛みを与えるのが好きなくせに……いや、だからこそですかね……相当、痛みに耐性がないようですね」


 この手の人物が打たれ弱いと言うは、割とあり得ることなのかも知れない。


「痛みに強くなれるよう、みっちりと私が痛めつけて上げますからね」


 私はそう言うと、手に入れたばかりの【鉄鎖】のスキルを発動させる。


 すると、手元に鉄の鎖が出現し、私はそれをカーラの首に巻き付けた。


 そして、少しだけ力を加えて、カーラの首を締め上げてみる。


「がっ!? あがっ! あががっ……!」


 苦し気な声を漏らすカーラ。


「命乞いはもうお終いですか? 許しを乞うのであれば、手加減して上げても良いんですよ?」


「ぐ、ぐぎぎ……ず……ずみ゛ま゛ぜん゛でじだ……!」


「声が汚すぎて、何言ってるか分かりませんね。もっとはっきり喋れ!」


「……ゆ゛……る゛じ……で……ぇ……!」


 しばらく、カーラを窒息死寸前まで追い詰める責め苦を繰り返していたが、やや遠方に大きな水溜まりを発見し、次の拷問を思い付く。


「ほら、立って歩け、カーラ! こっちに来い!」


「……げほっ……は、はい……」


 私は立ち上がり、カーラの首に巻き付けられた鎖を引っ張る。


 鎖に引っ張られ、カーラもよろよろと立ち上がり、咳き込むながら私に付いて来た。


 顔が憔悴し切っている。


 酸欠で意識が朦朧としている所為か、私に対する抵抗の意志はほとんど見られなかった。


 私は水溜まりのそばまでカーラを連行し、その頭を掴んで地面に跪かせた。


 カーラの髪を掴み、その耳元で言い聞かせるように、


「目の前に水溜まりが見えますよね? この水を全部飲んで下さい。そうすれば、貴方を解放します」


「……水を? ……こ、この水を全部……ですか?」


 ぎょっとした視線を水溜まりに向けるカーラ。


 水量にしておよそ大樽10杯分。


 水はやや濁っており、不衛生な状態だった。


 臭いが凄まじく、もしかすると動物などの糞尿が混じっているのかも知れない。


 量的にも、水質的にも、とても飲み干せるようなものではなかった。


「……何、この水……くっさ……え……これを飲めって……む、無理ですよ……そんな……出来ない____」


「出来るか出来ないかじゃなくて、やるんだよ!」


「ひぎゃあっ!?」


 【赤電】を放ち、カーラを黙らせる。


「私に命令されたのであれば、黙って従って下さい。水を飲めと言われたのであれば……文句言わずに飲むんだよ! ……分かりましたね?」


「は、はい! 分かりました!」


「じゃあ、頑張って飲み干して下さい。全部飲めば、約束通り解放しますからね」


「はい、頑張ります!」


 電撃による苦痛は、カーラにはかなり効くようだ。


 カーラはすぐさま首を伸ばして、犬の様な態勢で水溜まりの水を飲み始めた。


 しかし____


「お、おうええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」


 水を口に含んだ瞬間、それを一気に吐き出した。


 私は目を細め、


「どうかしましたか、カーラさん?」


「……う……げえぇ……おうえ……む、無理です……こんな水……飲めません……!」


 そうカーラは訴えかける。


 汚い水なので、味も相当なものなのだろう。


 ……臭いもスゴいし。


「飲めないなんて事はないでしょう? 私は岩を飲み込めだとか、マグマを飲み込めだとか、無理難題を突き付けている訳じゃないんですよ? 水と言う、人が飲み込む事が出来るものを飲み込めと言っているんですよ? 分かりますか?」


「こ、こんな水……人が飲むものではありません……野生動物が口にするものです……!」


「だったら、お前が動物になれば良いだろ!」


「ひえっ」


 カーラの横腹を蹴り上げ、脅す。


「良いですか、カーラさん。今の貴方は人じゃありません。犬か猫のような動物なんです。そう思い込んで下さい」


「……犬……猫……?」


「そうです。貴方は犬なんです。だから、目の前の水も平気で飲む事が出来るんです」


 私はカーラの背中をさすり、


「大きな声で復唱して下さい____私は犬!」


「……わ、私は犬!」


「そうです、貴方は犬なんです。さあ、もう一度、大きな声で!」


「私は犬!」


「良いですね。何度も、何度も復唱して下さい。そして、水を飲むのです」


 私が(さと)すと、カーラは何か吹っ切れたように、


「私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! 私は犬! よし、飲める____おうえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 勢いよく、水を口に含んだカーラだが、結果は先程と同じ。


「おうえ……む、無理です……!」


 口の中の水を盛大に吐き出し、涙を流しながら、えずき始めるカーラ。


「……無理ですよ……本当に……分かるでしょ……? シロメさん、逆に聞きますけど……貴方、この水飲めますか? その位置からでも……臭いでヤバさが、分かりますよね……?」


 カーラが私の足に(まと)わりつき、懇願の瞳を向けて来る。


 私はしゃがんでカーラの前髪を引っ掴み、


「私が飲めるかどうかじゃないんですよ。貴方が飲むかどうかの話をしているんでしょ? カーラさん、言いましたよね。これは動物が飲む水だって。そして、自分は犬だって。じゃあ、貴方がこの水を飲めない道理はありませんよね? 貴方、嘘ついているんですか?」


「……こ、こんなの……こんな水、犬だって飲みませんよ!」


「お前は犬以下の存在だろうが! 良いから、飲め!」


 私はカーラの前髪を引っ張り、強引に水溜まりの中にその顔を埋めた。


 水溜まりの中でじたばたともがくカーラ。


 ぶくぶくと泡が立つのを眺めながらカーラの頭を押さえつけていた私は、頃合いを見計らって、カーラを水溜まりから引き上げる事にした。


「ぶはあっ! ……はあ……はあ……はあ……!」


「ちゃんと水は飲めましたか?」


「……はあ……はあ……はい……ちゃんと、飲みました……!」


「嘘は止めて下さい。ほら、前を見ろ。全然水量が減ってないじゃないか。貴方、本当にこれ全部、飲み干せるんですか?」


 カーラが虚ろな目をこちらに向けて来た。


 私は溜息を吐き、


「分かりました。貴方が言う事を聞かないのであれば、痛みによる(しつけ)が必要なようですね」


 ダガーを手に取り____その刃をカーラの右の手の平に突き立てる。


「んぎゃあっ!?」


「反応が大袈裟なんですよ。手の平をダガーで刺されただけでしょ?」


 ダガーでぐりぐりとカーラの手の平を抉りながら、私は呆れた声を漏らす。


「警告しますよ、カーラさん。次、水を飲んで、吐いたら……ダガーで貴方の指を一本切り落します」


「ゆ、指を切り落す……!?」


「それと、今から十秒数える内に水を飲もうとしなかったら、指を二本切り落します」


「そ、そんな……!」


 絶望の表情を浮かべるカーラの前で、私は「10、9、8……」とカウントダウンを始める。


 カーラは戸惑う様に瞳をきょろきょろとさせていたが、発狂したような声を上げ、それから意を決したように水溜まりに顔を突っ込んだ。


 水で頬を膨らませたカーラが水面から顔を上げる。


 そして____


「____ッ! ……はあ……んはあ……んぐっ……み、見ていましたか……私……水を飲みましたよ……!」


 私の目の前で、その行為をアピールするように、水を嚥下(えんか)した。


 カーラは確かに水を飲んだのだ。


 私はカーラの頭を撫で、


「偉いですね。よしよしして上げます」


「は、はい……ありがとうございます! 頑張りました!」


 頭を撫でられて、カーラは満更でもなさそうな表情を浮かべた。


 しかし、


「じゃあ、早く次行きましょうか」


「え? つ、次……?」


「え、じゃないですよ。何不思議そうな顔しているんですか? この水、全部飲むんでしょ?」


「……」


 私の言葉に、カーラの顔はたちまち絶望の表情を浮かべる。


 地獄はまだ終わりではないのだと。


 むしろ、始まったばかりなのだと。


 そう理解し、心が折れているようだった。


「カウントダウン行きますよ。10、9、8、7____」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ! もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 カーラは絶叫し、やけくそ気味に水溜まりの中に顔を突っ込む。


 そして、今度は____


「おうえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


 口の中の水を盛大に吐いてしまった。


「……げえ……げえぇ……!」


 さらには、水のみならず、胃の中の物まで吐き出し、ぜえぜえと喘ぎながら、近くにゲロ溜まりを作り出す。


 その様子を私は冷やかに見届けていた。


「吐いちゃいましたね、水」


 私はダガーの切っ先をカーラに見せつけ、


「じゃあ、宣言通り、貴方の指を切り落しますね」


「……!」


 手首を掴んでダガーの刃を小指に当てると、カーラは強引に私の手を振り解き____そして、私の靴を犬のように舐め始めた。


「……何の真似ですか?」


 尋ねると、カーラは必死な様子で、


「シロメさんに……いえ、シロメ様に一生服従します! で、ですから、もう勘弁して下さい」


「私に一生服従、ですか?」


「はい! シロメ様の言う事ならなんでも聞きますので!」


 私は溜息を吐き、カーラの首に巻き付けられた鎖を思い切り引っ張り上げた。


「があっ!?」


「なんでも言う事を聞く? 馬鹿言わないで下さい。目の前の水も飲めない貴方が、本当になんでも言う事を聞けるのですか?」


「……そ、それは」


 挙動不審になるカーラは、思い出したように、


「……ク、クロバさんが今の貴方を見たら……一体、どう思いますかね……」


「……!」


「こんな事、クロバさんは望んでいないと思いますけど」


 母親の名前を出され、一瞬凍り付く私。


 こちらの反応に何かしらの手応え、あるいは希望を見出したのか、カーラは説得するように、


「もう止めましょう、こんな事は。ヒト族として正しく生きると言う強い想いはどうしたのですか? ここで貴方が怒りのままに私を痛めつければ、結局の所、クロバさんは間違っていた事になります。一匹の凶悪な魔族を生み出すと言う罪を犯したヒト族の敵であったと。貴方、それで良いんですか? 母親の名誉のために____」


「黙れッ!」


 饒舌に喋るカーラの首を絞める。


 私は唇を噛み、


「そうだ……お母さんは……間違っていたんだ!」


 苦し気に私は告げる。


あの人(、、、)は、何もかも間違っていたんだ!」


 私はカーラを地面に張り倒し、ダガーを強く握りしめた。


 しゃがんでカーラの顔を掴み、右の瞳にダガーの切っ先を向ける。


「お前は正しいよ、カーラ。”剣聖”クロバは凶悪な魔族を産んでしまった。残虐非道で、関わった者全てを不幸にする化け物を」


「ひえっ」


 刃物を向けられ、カーラは怯えた表情を浮かべながら、短く荒い呼吸を繰り返している。


「見せつけてやる。魔族が持つ真の残虐性を。指なんかじゃなくて、まずはお前の片目を抉り出してやる」


「や、やめて下さい! お願いします!」


 喚き始めるカーラ。


 ……うるさい。


 私は靴下を脱ぎ、それをカーラの口に押し込んで、彼女を黙らせた。


 ダガーを振りかぶる。


 カーラは恐怖で目を見開いていた。


 ダガーを振り下ろそうとして____ふと、何者かに腕を掴まれる感覚を抱いた。


 驚いて、背後と周囲を見るが、周りには誰もいない。


 ____駄目よ、シロメ!


「……ッ」


 ふと、母親の声が聞こえた。


 ____人を傷付けては駄目!


「……お母さん?」


 それはただの幻聴だった。


 ここには、私とカーラ以外誰もいない。


 私は母親の幻に、引き止められているようだ。


 私の中にいる母親が、それ(、、)はいけないと私を(さと)しているのだ。


 ____シロメ、貴方は魔族なんかじゃない!


 必死に訴えかける母親の声に、


「……黙れ!」


 そう吐き捨てる私。


「何がヒト族として生きろだ! それが一体何になるんだ!」


 母親の幻を振り払うように、私は叫び、ダガーを握る手に再び力を入れた。


 冷酷な刃が、今まさにカーラの右目に突き刺さろうとして____


「……ぐっ!?」


 複数の風切り音。


 刹那、横から数本の矢が飛来し、その内の一本が私の肩に突き刺さった。


 すぐに立ち上がって、矢が飛んできた方向に目を向ける。


 すると、そこにいたのは____


「え____ゴブリン?」


 遠くで複数の影がうごめいている。


 暗い緑色の肌に、細い切れ長の目と尖った長い耳。身体の大きさは人間の子供程度でボロボロの衣服を身に着けている。


 実物を見るのは初めてだが、本などでその姿は知っている。


 ゴブリン____私のような混ざりものではない、純粋な魔族がそこにいた。


「……本物のゴブリンだ」


 数は全部で4匹。


 全員が弓で武装しており、私に矢を放ったのは彼らで間違いないようだ。


「見ろ、俺の矢が命中したぞ!」


 一匹のゴブリンが嬉しそうに叫ぶのが聞こえる。


 ……喋った?


 驚く私。


 ゴブリンって普通に喋る事が出来るのか。


「よし、あの女は俺のもんだ!」


「馬鹿言え! 命中したのは俺の矢だぞ、この間抜けが!」


「この嘘吐き共! 当たったのは俺の矢だ! 手柄を横取りするんじゃねえ!」


「おいおい! 誰の矢が当たったかは関係ないだろ! あの女は、最初に発見した俺の獲物だ!」


 何やら喧嘩を始めた様子のゴブリン達。


「……ッ」


 と、私は急な倦怠感に襲われ、近くの地面にしゃがみ込んだ。


 次第に手足が痺れてくる。


 私ははっとなって、


「……毒矢か!」


 肩に突き刺さった矢を慌てて引き抜く私。


 すぐに引き抜けば良かったものの……間抜けだった。


 恐らく矢には毒物が塗られていたのだ。


 今私の身体に起きている異常は、その毒物のせいだろう。


「……うっ」


 頭痛がして、耳も遠くなる。


 途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、私はゴブリン達の様子を観察した。


 ゴブリン達はこちらに近付いてきている。


「おい! 女がもう一人いるぞ! あの女も俺のもんだ!」


「この業突張(ごうつくば)りのガンめ! 手柄を独り占めするんじゃねえ!」


 ゴブリン達の中で一際足の速い者がいた。


 私の元まで一番に到着すると、


「お、なんだお前、まだ意識があるのか」


 私の肩を掴んで、顔を覗き込んでくるゴブリン。


「へへ、こりゃまた随分と綺麗な顔だな! おい、俺の名前はガンだ。ガン様と呼べ。今からお前はこの俺の所有物____」


「うるさい」


 耳障りな声。


 息も臭い。


 思わず私は【紫電】のスキルを発動させ、紫の電撃でゴブリンを吹き飛ばした。


「うわっ!? おい、ガン、大丈夫か!」


 ガンと呼ばれたゴブリンの身体が後続の仲間達の前に転がる。


 仲間のゴブリン達に囲まれるガン。


「息はある! まだ死んじゃいねえ! 心臓マッサージをするぞ!」


「おいおい、そんなの後回しだ! それよりもあの女やべえぞ! 早くずらかろうぜ!」


「お前は馬鹿か! あんな上玉逃がしてたまるかよ!」


 ガンを囲んでわいわいがやがや騒ぎ立てるゴブリン達。


 私はゆらりと立ち上がり、


「……ここから、消えろ、ゴブリン」


 ゴブリン達を睨んで、低い声で告げる。


「今の私は……気が立っている……早く消えないと……殺すぞ……!」


「「「ひええっ!!」」」


 3匹のゴブリン達は仲良く怯えた仕草を取り、それから意識を失っているガンを抱えて脱兎の如く何処かへと逃げて行った。


 ゴブリン達が去ったのを確認し、私は地面に腰を下ろす。


 すると____


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


「!?」


 立ち上がるカーラ。


 そして、両手を後ろで拘束された状態で、大声を発しながら、私の元から逃げて行く。


「……ま、待てッ!」


 不格好な走り方で私から離れていくカーラ。


 追い掛けようとするが……身体に力が入らない。


 それどころか、


「……う……頭が……!」


 頭痛のせいで、地面に倒れ込んでしまう。


「……待て……カーラ……!」


 最悪だ。


 ゴブリン達の横槍のせいで、カーラを逃がしてしまう。


 ……くそっ!


「……逃げるな、カーラッ!!」


 手足が動かない。


 身体が言う事を聞いてくれない。


 私の目からは涙が零れ落ち、地面に悔しさのシミを作った。


 今、生きる理由の全て。


 それが私の元から離れていく。


「……くそっ……くそっ……くそっ……!」


 呪いの言葉を吐きながら、私は徐々に自身の意識が遠のいていくのを感じる。


 そして、次の瞬間には____無念の暗闇が訪れた。

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