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第43話「殺意と執念」

 ……止めだ。


 ヒト族として生きるだとか、正しく生きるだとか。


 そう言うのは、もう終わりにする。


 そんな事に何の価値もない。


 ようやく目が覚めた。


 世界を信じた私が馬鹿だったのだ。


 物事はもっと単純で……己が身を脅かす存在が現れた時、それを排除しなければ、一方的な蹂躙に遭うのみなのだ。


 ……気付くのが遅すぎた。


 敵は殺さなければ、害となる。


 恨みは晴らさなければ、後悔となる。


 だから、もう(いと)わない。


 目の前の敵は殺す。


 ただ、それだけで良い。


「そんなボロボロの身体で私に勝つつもりですか?」


 カーラ____目の前の敵が嘲笑を浮かべる。


「ふふ、舐められたものですね!」


 カーラが駆け、私に剣撃を放った。


 速い____が、受け止められない剣筋ではない。


 私はダガーを前へと突き出し、カーラの剣にぶつける。


 刃物と刃物が火花を散らし、重い衝撃を私の身体に伝えた。


「……ぐうっ」


 身体が軋み、うめき声を漏らす私。


 力を籠め、ダガーをカーラの剣に押し付ける。


 接近する私とカーラの身体。


 ……この距離なら!


「はあっ!」


 ダガーの両手持ちを片手持ちに切り替え、空いている方の手をカーラに差し向ける。


 カーラの身体に直接接触し、”吸精”の能力を発動すれば、彼女の意識を奪う事が出来る。


 私の手がカーラの露出した手首を掴みかけ____


「おっと、そうはさせませんよ」


 身体をひねり、私の手をかわすカーラ。


 前のめりになる私の横腹にカーラの膝蹴りが入る。


「ぐうっ!?」


「鍔迫り合いに持ち込んで、”吸精”の能力で生命力を奪って気絶させる。貴方の思考は単純ですね」


「……くそっ!」


 満身創痍の身体に鞭打ち、私は再びカーラとの距離を詰める。


「策略だけで戦闘能力はそれほど高くはない____と、私の事を評価しているのかも知れませんが、それは大きな誤解です。私は”英雄”の娘ですよ。本気を出せば、並みの騎士達が束になったとしても私には勝てません。まあ、もっとも、そう言う戦いは私の信条に反するので、極力控えるようにしていますが」


 何度もカーラに掴み掛かろうとして、私はその度に返り討ちにあってしまう。


 こちらが負傷して万全の状態ではないとは言え、カーラの反射神経は並みはずれたものだった。


「____【紫電】ッ!」


 やけくそ気味に【紫電】のスキルを発動させるが、軌道を読まれ、カーラに電撃をかわされてしまう。


「【紫電】! 【紫電】! 【紫電】! 【紫電】! 【紫電】! 【紫電】ッ!」


「そんな雑な攻撃、当たりはしませんよ」


 少しだけ距離を取って【紫電】を連発してみるが、カーラには直撃しなかった。


 優れた身のこなしだ。


 どうやらカーラの実力を見くびっていたようだ。


 頭が切れるだけで、戦闘はそれほど得意ではないと思っていたのだが、今まで戦ったどの騎士達よりも強い。


 能力の系統が違うので単純な比較は出来ないが、ザビーネに匹敵する実力を持っているのではないだろうか。


「なぶり殺しが私の趣味なのですが、淫魔との戦いにおいて長期戦は禁物との格言もありますし____これで決めると致しましょう」


 カーラは後ろに跳んで私と距離を取り、こちらに手の平を向ける。


「ラ ブラゾーノ デ スーノ(太陽の紋章よ)」


「!?」


 古代語の詠唱。


 刹那、光り輝く太陽の紋章が目の前に出現した。


 カーラが使用したのは、恐らく空中に光の模様を描くだけの魔法。


 ただの模様____しかし、それが太陽を想起させるものであるのならば、魔族に拒絶反応を引き起こす事が可能だ。


 激しい頭痛に襲われ、目を瞑り、頭を押さえる私。


 激痛の中、それでもカーラの攻撃に備え、ダガーを構える。


 そんな私に____


「がはっ!!」


 胸を突き刺す鋭い感覚。


 薄目を開くと、私の胸を冷たい刃が貫いていた。


 致命の一撃だ。


 視線を前へと移動させる。


 やや離れた場所に佇むカーラ。


 手には剣が握られており、その刃が私の胸まで伸びていた。


「驚いた顔をしていますね。【幻影の剣】のスキルでは、同一の大きさの剣しか生成する事が出来ない。そう勘違いして、油断していましたね。ですが、実際には作る剣の大きさや長さは自由に変える事が出来るのですよ」


 吐血する私にカーラは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「心臓を貫きました。貴方、母親同様しぶといようですが、これで終わりです。じきに貴方は死にます。ああ、そうだ。何か最後に言いたい事があれば聞いて上げても良いですよ」


 余裕綽々と告げるカーラ。


 ……憎い。


 母親を、メリエを、ロッドを殺したカーラが憎い。


 私の中にあるのは、痛みでも、悲しみでも、ましてや死への恐怖でもなく、激しい怒りの感情だった。


 殺したい。


 滅茶苦茶にして、殺したい。


 それが今の全てだった。


 私は息を吸い、


「……物心がつきたての頃……猫を殺した事があります」


「……? なんですか、急に」


「怪我をしていて、ろくに歩く事も出来ない……近所の猫でした」


 語り出す私にカーラは困惑の表情を浮かべた。


「……猫を殺した……理由も特になく。強いて理由を上げるのであれば……”楽しそうだった”から……あるいは、子供の好奇心……ただそれだけの理由で」


「んー、はあはあ、成る程」


 と、適当に相槌を打つカーラ。


「そんな私をお母さんは叱った……必死に言い聞かされた……生き物を傷付けてはいけないって……何かを、誰かを、平然と傷付ける者は……ヒトとして失格だって……だから、私は……もう何も傷付けない……幼心にそう誓ったんだ」


 思い出したことがある。


 私は”魔族”だったのだ。


 他者を傷付ける事を厭わない、非情の“魔族”だった。


 そんな私を変えたのが、母親だった。


 私に寄り添い、私を”ヒト族”として育てた母親。


 彼女のおかげで、私は”ヒト族”になったのだ。


 彼女がいなければ、私は”ヒト族”にはならなかった。


「……だけど……お母さんはもういない……お母さんは死んでしまった」


 ……母親はもういない。


 私を”ヒト族”に繋ぎ止める存在はもういないのだ。


「____お前達が殺したんだ!」


 叫び、足を踏み出す。


「……なっ!?」


 驚きに目を見開くカーラ。


 私は進んでいた。


 胸に刃が突き刺さった状態で。


 いや、刃を胸に押し込みながら。


 剣の切っ先から柄の方へと、身体を移動させていく。


 カーラは呆然としていた。


 自傷を伴う私の決死の進行に、ど肝を抜かれているのだ。


 私が一歩前へ進む度に、その先にある刃が胸の風穴を傷付け、鮮血を周囲に撒き散らす。


 それでも、構わず進む私。


 いくら傷付こうが、今の私には関係ない。


 私が今、為すべきこと____それは、カーラを殺す事だ。


「____カーラッ!」


「!? ……くっ!」


 あまりの気迫に恐れおののいたのか、カーラは剣を消失させ、【透明化】のスキルで自身の姿を消した。


 剣が消失した事で、私の胸の風穴を塞ぐものがなくなり、血液が一気に噴出する。


「その傷ならもって数十秒な筈____」


「逃がすか!」


 姿を消して逃亡を図るつもりのようだが、甘い。


 私には【気配察知】のスキルがある。


「カーラッ!!」


「……ひえっ! こ、来ないで下さい!」


 初めて耳にしたカーラの怯え声。


 【気配察知】のスキルで把握したカーラの位置に飛び込む私。


「や、は、離しなさい! この死にぞこないの化け物が!」


 そして、カーラを掴んだ。


 姿は見えないが、私は確かにカーラを捉えていた。


 人肌の感触がする。


 今なら、吸える!


 私は肉食獣の如き咆哮を上げ、”吸精”の能力を発動させた。


「んあっ!?」


 カーラの口から間の抜けた声が漏れた。


 その全てを吸い尽くさんと、私はカーラの生命力を貪る。


 カーラは並みはずれた生命力の持ち主の様で、必死に”吸精”を行っている内に、胸やけのような感覚に襲われ始める。


「……汚い手で……私に触れるな……魔族が……!」


 抵抗の意志を見せるカーラだが、ほどなく力尽きたように【透明化】のスキルの効果が切れ、ぐったりとした姿を私に晒した。


「……はあ……はあ……!」


 気を失うカーラ。


 私はダガーを手に取り、その首元に刃をあてがった。


「……残念だよ……お前の苦しむ最期が見られなくて」


 生命力を吸い尽くした時点で気が付いたのだが、これではただ(、、)殺すだけになってしまう。


 カーラの苦しむ姿が見たかった。


 私や私の大切な人達が味わった苦しみを与えたかった。


 それが叶わないのが残念で仕方がない。


 そんなどす黒い感情を抱いてしまう。


「……せめて……ちゃんと死んでくれ……カーラ!」


 憎しみを込め、ダガーに力を加える。


 その時____


「!?」


 それは爆発音だった。


「……うわっ!?」


 次いで、デッキが揺れ、片側へと傾く。


「な、何だ!」


 すぐさま状況把握に努める私。


 視界に映るのは傾いたデッキと、やや離れた場所で上がる黒煙。


「くっ!」


 さらにもう一つ爆発が起こり____私はその時、船が沈みかけている事に気が付いた。


 そう言えば、先程、滅茶苦茶に【紫電】のスキルを使用していたのだった。


 私の放った電撃のせいで、船が火事を起こしたのだろう。


 そして、船は今まさに沈没の真っ最中なのだ。


「……! カーラッ!」


 沈みかける船の上、ずるずるとデッキから河川へと滑り落ちるカーラの身体にしがみ付く私。


「逃がさないぞ!」


 私が咄嗟に発見したのは、カーラのベルトに挟まっていた手枷だった。


 私は素早く手枷を抜き取り、枷の片方をカーラの手首に、もう片方を自分の手首に装着した。


 これで、私達が離れる事はない。


「!?」


 連爆が発生し、それと同時に、私とカーラの身体が河川へと投げ出される。


 水面を突っ切り、水中へと____


 河川の流れは思った以上に速い。


 今の私に水流に抗う力はなかった。


 ”地下水道”の急流の中、徐々に意識を失う私。


 閉ざされる視界と薄まる感覚。


 そんな中でも、私は手首に感じる枷の締め付け____カーラとの繋がりを決して忘れはしなかった。


 敵への憎悪を忘れはしなかった。


 カーラ……お前だけは、必ず私の手で____

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