第42話「魔族の性」
一体、今の私には何が残っていると言うのだろうか?
母親、メリエ、ロッド____大切な人達は皆、死んでしまった。
いや。
……殺された。
母親が言っていた____
悪事を働く者は、必ずその報いを受ける事になり、反対に、正しく生きる者には幸福が待っていると。
神様はこの世の全ての出来事を見守っていているらしい。
だから、決して他人を傷つけるような真似をしてはいけない。
……本当にそうだろうか?
母親の言葉が正しいのであれば……今のこの状況は何だ?
これは……この不幸は、報いなのか?
私がどんな大それた悪事を働いたと言うのだろうか。
私は、誰も傷付けずに生きて来た。
母親が騎士達に殺された後も……私は殺意を胸の奥側に押し込めて、誰一人、命を奪おうとはしなかった。
ずっと、ずっと、我慢して来た。
それなのに____
「……!」
その時だ。
周囲に気配を感じたかと思うと、無数の氷の矢が私の元に殺到した。
冷たい刃に包囲されるが____
「____散れッ!」
私は【赤電】のスキルを発動させた。
【赤電】____【紫電】より威力は劣るが、広範囲に雷撃を放てるスキルだ。
私の身体を中心に赤色の雷撃が周囲に迸り、迫り来る氷の矢をことごとく蒸発させる。
焦げた臭いが漂う中、私は立ちあがり、周囲を見回す。
私はいつの間にか、騎士達に囲まれていた。
”支配”の能力の効果が切れ、ここまで私を追って来たのだろう。
ならば、
「”動くな”!」
手をかざし、私は”支配”の能力を発動させる。
騎士が一人、また一人とインキュバス紋に包囲されるが、
「……ッ」
10人目の騎士に能力を使用した時点で、どうやら限界が来たようだ。
私は脳内とインキュバス紋が存在する太腿に鋭い痛みを感じ、”支配”の能力の使用を中断させる。
「……はあ……はあ……!」
荒い息を吐きながら、状況を確認する。
”支配”の能力により動きを封じられた騎士が10人と、自由に身体を動かすことの出来る騎士が5人。
5人の騎士達の内、カーラが悠々と前へと進み出た。
「……いやあ、驚きましたよ……貴方、想定した何倍も危険な存在のようですね」
口調に余裕が感じられるが、カーラは警戒の瞳を油断なく私に向けていた。
「やはり、生け捕りは危険……いえ、無理のようですね。ここで、貴方を殺すことに致しましょう」
カーラは【幻影の剣】のスキルを発動させ、その手元に剣を出現させた。
私は血塗れの自身の身体に触れ、それからじっとカーラを見つめ、問いかける。
「……私が一体、何をしたというのですか?」
私の言葉に、カーラが目を細める。
「私、何か悪い事しましたか? 誰かを傷付けましたか? 私はただ、母親や親友達と、平和に暮らしていただけなのに。これからだって、そうやって生きていくつもりでいました。そんな私を、どうして殺そうとするのですか?」
カーラは面倒臭そうに溜息を吐いて、
「貴方が平和に生きていくことなんて不可能なんですよ」
……不可能?
「神はヒト族に太陽と地上の世界を与え、創造と道徳の義務を課した。一方で、魔族に暗闇と地下の世界を与え、破壊と貪欲の義務を課した____まあ、古臭い言葉なんですけど……要するに、魔族と言うのは、ヒトを傷付ける事をその性質や宿命として持っているのですよ。善悪の話なんて下らないですけど、これはそう言った類のものではなく、魔族にとって、奪う事、殺す事、その他諸々の悪事、それらは正常な行為なんです」
「私は魔族なんかじゃ____」
「ああ、はいはい、そう言うのは良いんですよ! あのですね、貴方の身体に魔族の血が流れている以上、貴方は必ずヒト族に害を為すのですよ。それが貴方にとっての正しさなんです。それが貴方にとっての正常なんです。そして、その邪悪の芽を摘んでおくことは、我々ヒト族にとっての正しさなんです」
カーラはふっと笑って、
「まあ、正しさの話はさて置き……私が貴方を殺す理由……それは____貴方の苦しむ顔が見たいから、ただそれだけです」
本性を剥き出しにしてカーラは告げる。
カーラの言葉に私は奥歯を鳴らして、
「奪う、殺す……それが魔族の性____だったら……私とお前……一体、どっちが魔族なんだ!」
咆える私に、カーラの剣が迫る。
「……くっ!」
「へえ、その身体でよく抗えますね」
身体は動く。
私は辛うじてカーラの剣撃をかわした。
そして、
「____ラ ルーヂャ エレクトロ ディスサルトゥ(赤き雷撃よ、散れ)!」
「!?」
【赤電】のスキルを発動させ、渾身の魔力を赤い雷撃に注ぎ込んだ。
私を中心に赤い稲妻のドームが展開され、周囲を飲み込む。
このままカーラを仕留めてやる!
が____
「エレクトロ アル ヌル(雷撃は無に帰る)」
カーラの古代語の詠唱により、赤い稲妻のドームは消滅する。
「残念ですが、反魔法は私の得意分野でして」
「ぐうっ!?」
嘲笑うカーラの剣が私の肩口を抉る。
私はよろめきながら後退し、床に膝をつきかけて、その場に踏み止まった。
前を____カーラを睨む。
「囲みなさい」
カーラは剣先で私を示し、騎士達に命令をする。
次の瞬間には、カーラを含めた5人の騎士達が、私を中心とした円陣を組んでいた。
「さて、これで終わりにしましょうか」
冷たい口調でカーラは告げる。
「喜んでください。貴方の母親と同じ、剣で串刺しにして殺して差し上げますよ」
「……!」
「私は優しいですからね」
カーラの言葉に、私は母親の最期の姿を思い出す。
幾つもの剣をその身体に受けた母親の姿を。
踏みにじられた”剣聖”の尊厳を。
「……」
その瞬間____私の中で、何かが切れた。
私の中で積み上がっていた何かが崩れ落ちていった。
私は、大きく息を吐き____
「お母さんは言いました……私にただ、生きて欲しい、と」
「……なんですか、急に?」
「メリエは言いました……この先何があっても、彼女の知る私のままでいて欲しい、と」
そして____
「ロッドは言いました……憎しみで人を殺めるな、と」
カーラはやや困惑の表情を浮かべていた。
歯を食いしばる私。
頭の中では、大切な人達との思い出、彼らの言葉が巡っていた。
母親も、メリエも、ロッドも、皆が望んでいる事____それは、私がヒトとして真っ当に生きる事。
人殺しなどせずに、穢れのないまま生きる事。
私もそれを望んでいた。
だけど、そんな事____
「そんな事____無理なんだよッ!」
昂る感情のままに、怒りのままに、私は【紫電】のスキルを発動させた。
紫色の雷撃は騎士の一人に直撃し、高火力で以て、その上半身を吹き飛ばす。
手加減などない。
痺れさせて、動きを封じるための一撃ではなく、確実にその命を奪うために放った必殺の一撃。
その殺意の一撃を私は放った。
真っ二つになった騎士の身体____胴は宙を舞い、腰から下の部位はデッキの上に倒れて、断面から血を噴き出し、その場に血だまりを作った。
騎士は死んだ。
私が殺したのだ。
……私がこの手で、殺したのだ。
「……なっ!?」
カーラが驚き怯む表情を見せる。
「私が人殺しなんてしないと思ったかッ!」
拳を握りしめ、叫ぶ私。
「もう……もう、限界なんだよッ! これ以上、無理なんだよッ!」
動揺が騎士達の間に広がっていた。
「お母さんは死んだ! メリエは死んだ! ロッドは死んだ!」
涙を拭い、私は手を目の前へとかざす。
「人を傷付けるなだとか、正しく生きろだとか____そんなものに一体何の意味があるんだ!」
再び、紫色の雷撃を放つ____カーラに向けて。
「っ!? っと、危ない危ない」
カーラにかわされた雷撃は船の後部まで届いて爆発を起こし、船体を大きく揺さぶった。
「皆、死んでるじゃないか! 悲惨な最期を迎えたじゃないか! 正しく生きた所で、それが報われることなんて無かったじゃないか! この世界は何もかもがおかしいんだよ! 何もかもが間違っているんだよ! 間違った世界で正しく生きた所で、それが一体何になるっていうんだよ!」
今、初めて理解した。
正しく生きた所で、それが意味を成す事など無い。
私達を見守ってくれる神様など何処にもいないのだから。
世界は決して正しくなどないのだから。
正しく生きる者が報われる事など無い。
ならば……そんな生き方など、捨ててしまえば良い。
捨てるべきだったのだ、もっと早くから。
「初めからこうしておけば良かったんだ! お前達を皆殺しにしておけば! そうすれば、何もかも上手く行っていたんだ! 何も失わずに済んだんだ!」
紫色の雷撃を放つ。
それは、またしても騎士の一人を捉え、その上半身を吹き飛ばし、呆気なく絶命させた。
「怯むな! もうほとんど死にかけです! 囲んで斬殺しなさい!」
カーラが怒号を飛ばす。
その命令に応じて、2人の騎士が一気に迫り来る。
繰り出された剣の切っ先が私を捉え、
「……があっ!」
剣の刺突を胸に受け、吐血する私だが、
「この……!」
手を伸ばし、騎士の首元を掴む。
「殺してやる……お前達……全員……ッ!」
”吸精”の能力を発動させ、騎士から生命力を吸い上げる。
私から生命力を吸い上げられた騎士はその場に倒れ込み、もう片方の騎士が私に剣を振り下ろそうとするが、
「はあっ!」
こちらの方が速い。
ダガーを引き抜き、私は騎士の腹部に刃をお見舞いした。
【自然治癒】のスキルによる回復と”吸精”の能力による効果で、身体にはある程度力が戻っている。
「____死ねッ!」
黒耀白牙____母親の形見であるダガーから黒い光が迸り、騎士の腹部を抉り取った。
黒い光が収まり、それに続いて鮮血が噴き出す。
腹部に大きな風穴を開けられた騎士は、血潮を撒き散らしながらその場に倒れ、息絶えた。
ゆらりと、私はカーラに向き直る。
カーラは引きつった笑みを浮かべ、
「ようやく本性を現しましたね……この化け物が」
剣を構えるカーラを私は睨み付け、
「”化け物”……お前が私をそう呼ぶのなら……」
騎士の血を浴びたダガーをカーラに突き付ける私は、
「なってやる____お前の言う”化け物”に! 奪い、殺し、辱める……冷血で非情な魔族に!」




