第40話「踏みにじられる尊厳」
「しかし____もし、攻撃を避けようとしたのならば、この娘を犬に食い殺させますよ」
カーラの残酷な宣言。
「……な、なんだと!」
ロッドは露骨に狼狽えていた。
「テ、テメエ! 卑怯だぞ! それでも騎士かよ!」
激怒するロッドにカーラは笑いを押し殺す様な仕草をしていた。
「良いですね、その表情。それです。その表情が見たかったんですよ。その苦悶の表情」
「……ロッド! 分かってるわよね! コイツの言う事は無視しなさい! 私の事は気にしなくて良いから!」
メリエが必死に訴えかける。
ロッドは迷う様にその場で足踏みをしていた。
やがて____
「くそっ!」
多数の火の玉が私とロッドの元に殺到。
ロッドは私を抱えて、火の玉から逃れる。
「成る程、お友達はどうなっても良いと?」
辛うじて全ての火の玉をかわし切ったロッドにカーラは冷たい笑みを向けていた。
カーラが指笛を吹くと____
「きゃあっ!? ぐっ! や、やめなさい! こ、この……ッ! があっ!」
「メリエ!」
軍用犬がメリエの肩口に噛みつく。
犬歯の隙間から血液が噴き出し、それがメリエの頬に付着する。
「や、やめろッ!」
「やめろ、ですか?」
必死になって叫ぶロッドにカーラが溜息を吐く。
「言いましたよね? 攻撃を避けようとしたら、犬に食い殺させると。貴方は攻撃を避け、結果、お友達は犬に食い殺されようとしている」
「……ッ」
黙り込むロッド。
……なんて、卑劣なやり口なんだ。
この女には血も涙もないのか。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「……くっ……メリエ……ッ!」
メリエの口から聞いた事もないような悲痛な叫びが上がる。
軍用犬は少女の身体に乱暴に喰らい付いていた。
「私は優しいので、もう一度チャンスを上げます。さあ、次の攻撃、行きますよ。貴方がどんな行動を取るのか、見ものですね。薄情に友人を見捨てて保身を図るのか、あるいは____」
カーラが言い終わらない内に、氷の矢の群れがこちらに殺到する。
ロッドの取った行動は____
「……ぐうッ!」
私を庇う様に仁王立ちになり、氷の矢を身体に受け止めるロッド。
「ロッド!?」
仰向けに倒れたロッドの身体には多数の氷の矢が刺さっており、あちらこちらから血が噴き出ていた。
「……くそっ……無理だろ、こんなの……見捨てるなんて……出来る訳がない……!」
「ロッド、しっかりして!」
身体に鞭打ち、ふらふらとロッドの元まで這うように移動する私。
出血量が尋常ではない。その上、近くで見ると想像以上に火傷の状態がひどかった。
私はロッドを守るように、その身体に覆いかぶさる。
「……があっ!?」
そんな私を騎士の一人が蹴り上げる。
私は床を転がり、上体を起こした時には、ロッドは騎士達の剣に囲まれていた。
「見えていますか、シロメさん」
カーラは語り掛けるように、
「これは、貴方が生み出した光景なのです。貴方のせいで、大切なお友達が殺されようとしている。お友達も、貴方の母親も、全て貴方のせいでその未来を閉ざされてしまった」
最悪の光景だ。
ロッドもメリエも、今すぐにでも命を奪われる状況にあった。
「貴方は不幸を撒き散らす悪魔です」
「……不幸を撒き散らす悪魔」
「ええ、そうです。貴方に関わった者全員が不幸になる。一体誰のせいで、クロバさんは死んだのですか? 一体誰のせいで、2人は殺されようとしているのですか? 全部、貴方のせいじゃありませんか。この最低最悪の悪魔が」
カーラの罵りの言葉が私の胸に深く突き刺さる。
私は唇を噛み、
「私は……不幸を撒き散らす悪魔なんかじゃない……!」
「はいはい、そうですか。まあ、そう思いたいのは分かりますが」
カーラはそれから思い付いたように、
「そうですね、お友達を救う機会を上げましょう」
カーラが指パッチンをすると、宙に一本の氷の矢が出現する。
「今から貴方に氷の矢を10本放ちます。もし、悲鳴を上げずに全ての攻撃を耐え切ったのであれば、そこのお二人は殺さないと約束します。ですが、もし、悲鳴を上げたのであれば____すぐにでもお二人の命を奪います」
言うが早いか、氷の矢が私の元に飛来する。
「……ッ!」
「勿論、貴方に拒否権はありませんよ」
激痛と共に矢の突き刺さった肩口から血飛沫が上がる。
だが、私は歯を食いしばって悲鳴を堪えた。
「さすが、”剣聖”クロバの子供。立派なものですね」
「……ッ!?」
続け様に2本目の矢が二の腕に突き刺さる。
私は荒い息を吐き、額の汗を拭った。
「いやあ、思い出しますねえ、クロバさんの最期を。貴方のせいで犬死をした”剣聖”の無様な姿を」
「……! ……ぶ、無様……だと……ッ!」
「ええ、”剣聖”に相応しくない、みっともない最期でしたね」
「くっ……黙れッ! お母さんはみっともなくなんか____」
怒り叫ぶ私の身体に、氷の矢が3本飛来する。
「____ッ!!?」
「へえ、これでも悲鳴を上げませんか。いやはや、健気ですねえ」
想像を絶する痛みに、思わず声が漏れそうになるが、ぐっと堪える。
と、喉元に違和感を覚え、
「……がっ……げほっ……ごほっ……!」
内臓がやられたようだ。
私は咳き込みながら、口から血を吐き、それらを床面にぶちまけた。
「残り5本ですよ、シロメさん。もう半分ですね」
カーラの声は弾んでいた。
「ところで、シロメさん。今なら約束を変えて差し上げる事も出来ますが、どうしますか?」
「……約束を変える?」
「ええ、お友達2人が死ぬのと引き換えに、貴方が生き残る。実の所、我々としては、貴方をここで始末しようが生け捕りにしようが、どちらでも構わないので。……さあ、どうしますか? 命乞いをして、お友達を差し出せば、貴方の命は助かる____」
「そんな事はしない!」
血反吐を飛ばしながら私は答える。
「……私が2人を見捨てるとでも思ったか!」
「はあ、魔族のくせにご立派な」
カーラは呆れたように私を見つめていた。
「哀れなものですね。そうやって、お友達を大切にして……ヒト族の真似事ですか?」
「……ッ!!」
そう語り掛けながら、カーラは6本目となる氷の矢を私に飛ばす。
「……はあ……はあ……真似事なんかじゃ……私は……ヒト族……なんだ……ヒト族として……生きるんだ……!」
「貴方は魔族なので、ヒト族の真似をしたところで、決してヒト族にはなれないのですよ。貪欲で野蛮な魔族らしく、卑しく生きる事をお勧めしますが」
7本目、8本目の氷の矢が続けざまに飛来する。
私は悲鳴を堪え、口から血を吐き出した。
私はカーラを睨んで、
「お母さんは……言っていた……私の心には太陽があるって……」
たまに聞かされた母親の言葉をふと思い出す。
「他人を思い遣る事の出来る……温かな心……それがある限り……それを忘れない限り……私はヒト族なんだ……!」
「はあ、心に太陽ですか? また随分と古臭い言葉を。私、そう言うの、虫唾が走るタイプなんですよねえ」
「____ぐっ!!」
9本目となる氷の矢は、私の爪先に刺さった。
脳内で火花が散る。
鋭利な痛みに今度こそ叫びそうになるが、唇を噛んで声を押し殺した。
「……残り……1本……!」
カーラを真っ直ぐに見つめる。
次で最後____10本目の氷の矢だ。
これを受け切れば、ロッドとメリエは助けられる。
「いやあ、バカを痛めつけるのは楽しいですね」
カーラの頭上では最後の氷の矢がゆっくりと旋回していた。
「自分はヒト族だとか、心に太陽があるだとか。その手の実存的な事実を無視した言葉に縋ったり、酔ったりするのって、すごく頭の悪い事だと思うんですよ。そう言う思い込みに何の意味があるんですかねえ?」
カーラの軽蔑の視線に、私は同じく軽蔑の視線を返す。
「……意味なら、ある……お前には理解出来ないだけだ……!」
「はあ……あーはいはい……その手の台詞はもう聞き飽きてるんで……まあ、取り敢えず、最後の一撃、行きましょうか」
冷たく光る氷の矢。
歯を食いしばって、最後の一撃にそなえる。
……これで、終わり。
だから、油断は出来ない。
最後の一撃に、カーラは何か仕掛けてくるだろう。
「ほら、行きますよ!」
「……ッ!!」
10本目となる氷の矢が身体に突き刺さる。
激しい痛み____だが、耐えられないものではなかった。
「……はあ……はあ……これで……10本目……!」
最後にしては、平凡……と言うのも違う気はするが……とにかく、呆気なく10本目の氷の矢を受け切った私。
「これで……ロッドとメリエは____」
約束通り、殺されずに済む。
そう安堵したのだが____
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
「____!!?」
眼前で舞い上がる血飛沫。
メリエの悲鳴。
その光景に、私は思わず呼吸を忘れる。
メリエの肩口に軍用犬の鋭い牙が深々と突き刺さっていた。
「……え……?」
私は目をぱちくりとさせ、
「な、なにやってるんだ! は、早く、やめさせろ!」
「んー?」
叫ぶ私にカーラはにたにたと笑みを浮かべる。
「はて? やめさせるとは?」
「ふ、ふざけてる場合か! 早くしないとメリエが!」
____メリエが食い殺されてしまう!
私は身体の痛みも忘れ、必死にカーラに訴えかける。
すると____
「ぷっ……ふふ……あはは……アハハハハハハ!」
「ッ!!」
「アハハハハ! ふふ、あはは……必死になっちゃって……面白い顔……! お腹が痛いです……!」
カーラが腹を抱えて笑い始める。
甲高い笑い声が響く中、視界では悲鳴を上げる気力も無くなったメリエが、軍用犬の牙に尚も翻弄されていた。
「良いですね、その顔! 頑張って痛みに耐えたのに、約束を破られて、目の前でお友達を食い殺されるその顔……!」
「……約束を破られて……?」
「あのですねえ……魔族との約束なんて守る価値もないんですよ! ばーか!」
「!!」
その言葉で理解する。
カーラは初めから____
「私を騙していたのか!」
「ええ、面白い反応が見られると思ったので。そして、実際に期待していたものが見られて私は満足ですよ」
悪びれる事なくカーラは言う。
「ねえ、今、どんな気分ですか? 教えて下さいよ。お友達を助けるために頑張って、それが無駄な行いだったと分かって」
「……こ、この……ッ!」
私は歯軋りをして、
「お前に恥はないのか! 人を傷付け、貶めて! 神と太陽に恥じる事はないのか!」
カーラは一瞬、きょとんとした表情を浮かべて、
「神と太陽に恥じる!? ふっ、あはは! 今時、ご年配のエルフぐらいしか使いませんよ、そんな言葉! ああ、そう言えばクロバさんもたまに同じ事を口にしていましたね! 貴方のその痛い性格って、なるほど、母親の教育のせいなんですね!」
馬鹿にするようにカーラは笑う。
私は怒り狂って、言葉にならない叫びを上げ続けていたが、
「……シロメ」
メリエが掠れた声を発し、私は押し黙る。
「……ごめんね……シロメ……」
「……メリエ!」
「ごめん……シロメ……ごめんなさい……」
メリエは涙を流して、私に謝っていた。
……どうして……何を謝っているのだろうか……?
「……私……もう、一緒にいられないみたい……」
「一緒にいられないなんて……そんな……!」
メリエは首を横に振り____そして、涙の中で笑みを浮かべた。
「……貴方と……ロッドと……3人でいる未来が欲しかった……でも……」
「”でも”、じゃない! メリエ、しっかりして!」
「……ごめんね……私、シロメと出会えた事……今回の事だって……本当に後悔なんて……していないの……大切な友達のために命を懸けた事……残念な結果になっちゃったけど……私、それでも良かったって……本気で思ってるのよ……」
まだだ!
まだ、何も終わっていない!
メリエは……私が助ける……!
「メリエ……!」
「ねえ、お願い……聞いて、シロメ!」
メリエは訴えかけるように、私を見つめている。
何かを必死に伝えるように。
「私の最後のお願い……シロメ……この先、何があっても____」
メリエは声を振り絞り、
「____私の知る、シロメのままでいて」
血塗れのメリエの口がそう告げ____そして、沈黙が訪れた。
動かなくなるメリエの身体。
私は何が起きたのか理解が出来なかった。
いや、目前の事実の認識を脳が拒否していた。
……これは、夢か?
悪夢か?
いや、夢じゃない。現実なんだ。
どうしようもなく残酷な現実。
「……メリエ」
私にとって、姉のような存在だった。
いつも私の事を気に掛け、優しくしてくれた。
そして、”弱い私”と対等な目線で接してくれた。
母親とは違うが……メリエもまた私にとっての太陽だった。
可愛らしい容姿に反して、少しだけ男勝りなところがあって、よくロッドにガサツだと弄られていた。
明るく笑ったり、ぷりぷりと怒ったり……きっと、この先も、変わらずに騒がしいまま大人になって、同じく大人になったロッドにでも「お前はいつまで経ってもじゃじゃ馬のままだよな」と笑われて____
そんな未来があった筈だった。
だけど、もうメリエは……そこにいない。
泣いて喚いても、神様にお願いしても、もう2度と会話を交わすことは出来ない。
そこには、血塗れの脱け殻があった。
決して喋る事も、笑う事も、怒る事も、泣く事も無い。
そこには、もう何もないのだから。
誰もいないのだから。
そう、メリエは____死んだのだ。




