第4話「不安」
私の母親、“剣聖”クロバは荒れた幼少期を送っていたらしい。
喧嘩など日常茶飯事。たびたび傷害事件を起こし、リリウミアの治安を維持する聖星騎士団のお世話になっていたのだとか。
種族は人間に相違ないのだが、その身体能力の異常な高さからハーフオーガなのではないかとの疑いを掛けられた事もあるらしい。
どれだけ母親が凄かったのかと言うと、5歳の時点で聖星騎士団の騎士相手に丸腰で勝利する程だった。
そんな規格外の少女クロバは、8歳の誕生日を前にして、リリウミアから東部に位置する魔の山へと赴き、自分の強さを試そうとした。魔の山には地上最強の生物とも名高いドラゴンが生息している。
そして、少女クロバは敗北した。
敗れた相手はドラゴンではない。
一人の、女性の姿をした何かに少女クロバは敗北した。
そして、その何かは敗北した少女クロバにとある行為をした。
その後、少女クロバは気を失い____意識を取り戻した時には、リリウミア近くで倒れていた。
少女クロバはリリウミアに帰還し、母親や知人にはただ魔の山まで散歩に行って、何事もなく帰って来たとだけ伝えた。
魔の山から帰還して数か月後、少女クロバの妊娠が発覚する。
誰の子供を身籠ったのか。
そう____
魔の山で遭遇した女性の姿をした何かの子供だ。
後に少女クロバは知る事になるのだが、女性の姿をした何かの正体はインキュバスであり、少女クロバがされたとある行為と言うのは性交だったのだ。
まだその手の知識を持たなかった少女クロバには、何をされているのか分からなかったようだが。
子を孕んだ少女クロバには二つの選択肢が与えられる。
出産か中絶か。
少女クロバは当時8歳になったばかりだ。出産など言語道断。周囲の者達は中絶以外の選択などあり得ないとしていた。
しかし、少女クロバは出産を決意する。
自分の中で芽吹こうとしている新たな命を摘み取りたくはないと言った。
その年齢で出産など危険だと、周囲の者達は警告する。
それでも、少女クロバは、自分なら大丈夫だと、強い反対を押し切って____男児を出産した。
未熟児であったが、それでも確かに誕生した一つの命。
それが私、シロメだ。
かなり危ない状態だったらしいが、少女クロバには、高レベルの【自然治癒】のスキルが備わっていたためか、産婦が命を落とす事はなかった。
私を出産した後の母親は、人が変わったように気性が穏やかになったらしい。
母親として私を愛し、その世話をした。
そして、私が3歳の時(母親は、この時11歳)、衝撃の事実が発覚する。
3歳になった私の右太腿にインキュバス紋が出現したのだ。その上、日光や太陽のシンボルについて苦痛を示すようになる。
母親は自分の子供が半魔である事を知った。
この段階になって初めて、母親は魔の山で遭遇した何かの正体と、自分が何をされたのかを理解し始めたらしい。それまでは、自身の妊娠について、処女懐胎したとでも思っていたのだとか(母親の性知識のレベルはその程度だったのだ)。
私がハーフインキュバスである事を知った母親は、それを隠し通す事を決意する。
さらには、私が男子である事も秘密とする事にした。私が不帰の地とされるダンジョンへと追放される運命を回避するために。
私の出産を決意した段階で、母親は家族を含め周囲の者達とは絶縁関係にあった。
そのため、私の性別を知り得る者は私と母親と助産婦の3人のみ。母親は国からの出産年金を得て、ひっそりと私との二人暮らしをしていたのだ。
しかも、私の出産を手伝い、産後の生活を助けてくれた助産婦は、その後、不幸にも事故で命を落としたと聞く。
ハーフインキュバスであるためか、私の容姿は女子のそれと見分けが付かない。その上、私は”擬態”と”催眠術”の能力が扱えたので、不測の事態についても対応が出来る。
真実を隠し通す事は、十分に可能だった。
かくして、少女クロバはその子供シロメを”人間の娘”として育て始める。
〇
学校の昼休み。
教室の隅に固まって、私、メリエ、ロッドの3人は昼食を食べていた。
「どうしたんだ、シロメ。疲れた顔して」
学校から配給されたロールパンを齧りながら、ロッドが私を指差す。
「そうね、シロメ、今日はなんだか元気が無いと言うか」
ロッドに賛同するように頷くメリエ。
あまり表に出さないように気を付けていたのだが、2人には何事か察せられたようだ。
「……うん……昨日と今朝でちょっとあってね」
「もしかして、またアンリエットの奴か」
さすがはロッド、勘が鋭い。
私の沈黙を肯定と察したロッドは、
「あのクソ女、クロバさんに副団長の座を奪われたのがよっぽど悔しかったんだろうな。シロメにまで嫌がらせしやがって」
「ああ、またアンリエットさんの嫌がらせ? ほんと、迷惑な人よね」
そう言うロッドとメリエは励ますように私の背中を叩いた。
二人の慰めに、私は少しだけ気持ちが軽くなったような気がする。
「あの人、アンリエットさんがさ……私の事____」
私は一瞬だけ、言うまいか迷った後、思い切って打ち明ける事にした。
「私の事、魔族だって疑ってるみたい」
私の言葉にロッドとメリエは顔を見合わせ、
「シロメが魔族だって?」
ロッドは笑いを嚙み殺している様子だった。
「シロメが魔族って……それ、アンリエットさん、本気でそう言ったの?」
メリエは小馬鹿にするように尋ねる。
私がこくりと頷くと、ロッドが「いやいや、あり得ねえだろ」と吹き出し、
「リリウミア全土には魔族を退ける大結界が張られてるんだろ? シロメが魔族なら、今頃は灰になって消えてる筈だぜ。アンリエットの馬鹿、騎士なのにそんな事も分かんねえのか?」
ロッドの言う通りだ。
リリウミアには大結界アマテラスが張られており、魔族は国土内で生存する事は出来ない____筈なのだ。
何故だが私は平気なようだが。
「それに、シロメにはスキルがあるだろ。何のスキルなのかは俺の【スキル鑑定】じゃ分からねえけど、スキルを持ってるって事はシロメがヒト族である証拠だ」
そうだ。
スキルはヒト族に特有の力だ。魔族はスキルを持たない。
スキルを持つ私はヒト族の一員と言う事になる。
「ほんと、迷惑で失礼な人よね。どうして、シロメが魔族だなんて思ったのかしら」
「私が日光に弱いからだって言ってた」
私の答えにメリエは両の目の端を吊り上げて、
「よくもまあ他人の身体的ハンデにずけずけと……デリカシーの欠片もありゃしないわ!」
メリエは本気で怒っている様子だ。
……私のために怒りを覚えてくれる親友の存在に嬉しくなる。
その反面____親友を騙していると言う事に対する罪悪感で胸が痛む。
私がハーフインキュバスである事は二人にも秘密にしなければならなかった。
私の事情に二人を巻き込む事は出来ない。
二人を危険にさらしたくはなかった。
そして、何よりも怖かった。
私がハーフインキュバスであると知った時、ロッドとメリエはどんな顔をするだろうか。
拒絶された場合、私は立ち直れなくなるだろう。
「どうしたの、シロメ? そんな悲しそうな顔して」
心配そうにメリエに尋ねられる。
親友に拒絶される想像をして、知らずの内に私はその悲しみを表情に出していたのだろう。
私はぶんぶんと首を横に振って、
「なんでも無いよ」
悪い想像などきれいさっぱり忘れて、そう答えた。




